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人の気紛れに  作者: 御堂 三波 (みどう みうねり)
3/9

「そら見ろ、忘れた時に笑うじゃないか」

「忘れてた事に気付いて笑ったんだよ、ははは」

「そう言って首傾げてるのは何だ」


 常に手元へ置いている薄い緑のグラス、こういう時には決まってその中身を啜る。何が入っているのかは分からない。


「それで?臆病風に吹かれたジョニーが何だって?」

「言ってねぇよ誰だよジョニー。それすら忘れたとかいうそういう類いの高尚な戯れか?」

「良く分かったな。流石に中学出てるだけはあるよ」

「…………あぁ……まあ、そうだな」

「そんなお前に問いたい事があるんだが、一つ良いか?」

「……何」

「んんっ、えっとだな、少し真面目になるぞ?」

「所謂中二病の意識的活用か。まあ了解した」

「何でも彼でも中二病言うなよ。言ってる方も虚しくなるだろ、面白くないし」

「自虐も込めてんだ別に良いだろう」

「……まあ良いか。俺とお前の仲だしな。何でも彼でもじゃなかったな」

「で何だよ」


 考えるというより躊躇うように、暫く柱の中腹を眺めてから、矢張り何かを啜ってその儘口を大きく開いた。


「カサブランカだっけ、なんかそんな感じのさ、あれ……どうなんだろうな?」

「ああなんだあの話の続きか」


 意味は追及しないのが大人のマヌァーだ。


「勉強を楽しめないのは役立つ事を信じてないからだ」

「役に立つとは思ってる。寧ろその楽しみ方が分からない。知識欲は知る事それ自身に快楽を齎す。俺にはそれが無いから……強いて楽しむならだから役立てるしかないけど、まだ生きるのに慣れてないから、未来の俺を自分自身とは考えられない」

「……慣れは関係無いだろ。子供の方が夢に努力出来てる」

「夢に向かってじゃないだろ?」

「……じゃあ何に向かってだ」

「向かってじゃなく、夢を見てるんだよ、文字通り。夢見心地なんだ。叶える為に努力してそれを楽しんでるんじゃなくて、叶った気になって楽しんでるんだ。寧ろ仕事をしてる心地ですらある。叶った夢のその仕事をな?」

「……じゃあお前もそうしたらどうだ」

「それが俺には信じられないんだよ。というよりそんな信仰は、自分の存在を疑うような馬鹿に齎される筈が無い」


 雨の前触れが後を濁す。


「抑何で勉強なんてしたがってるんだ?役立てる気も無くかと言って知識欲すら無い奴が」

「後悔はするからだよ。記憶迄疑う気概は無いし、だから別に、色々曖昧なだけで、未来の自分を他人と思ってる訳でも無い。そういう気力すら無いから、ずっと中途半端に悩んでるんだ」

「だったらもう、悩む事を楽しむ方が早い気がするけどな」

「それこそある種の夢だね。それで生きられるなら。……まあ無理だよね、ははは、だから勉強したいんだよ余計にさ。だって仕事するなら、勉強で得られる物は大きいだろ?特にこんな、高校すら卒業出来なかった奴にはさ」


 澄んだ水溜まりは踏み潰されて後悔を生む。

 濁った水は鏡の如く、何故だかそれは地面を映すから。


「分からないってのもイラつくしね、やっぱり。うん、絶対分かる方が気分好いよ」

「勉強でそんなに変わるか?」

「頭使ってないと腐る一方だろ?理解力にも知識の影響は殊更だしさ。……他にしたい事も別に無いし、寧ろそのしたい事の為に勉強しなきゃいけないんだよ。と思ってるんだよ」

「……しなきゃいけないと思うから楽しめないんじゃないか?」

「あーそれあるわー」


 また避け難く。


「てか中途半端で言うとさ、なんていうか……未来の自分の為には頑張れないみたいなのも、結局言い訳だよねみたいなね。も思うね。元気な時には、後でこれやろうとか、そういう風に自然に、考えてる訳だしさ」


 或いは降り止まぬ雨は湿度を高め、ただそれだけの事だと呆れされる。


「楽しさってのは抑、もっと純粋で単純なものだと思うけどね。だからどうしようなく硬直的な……ね」

「それでも前提は土台として組み立てられる」


 けれども止めば耳障りも始まるから、外に出る気が無いなら雨の儘が好い。


「少し繋がりもあるからあれも話そう」

「……いいよ適当に、始めてくれよ」

「いやその前に、ごめん、あれ……あれだったわ。やっぱり勉強も少しそういう、重ねて楽しむような、そういうのはあった。だから余計に悩むんだけどさ。何も……だから、ははは、結局はだから、とことん中途半端って事なんだけど。その理由も何も彼もさ」

「それは分かってるよ」

「……そっか。悲しいね」


 また嬉しくもあり。


「感情の優秀さは人が存分に示してくれている。議論の余地すら無い」

「人の歴史は短いから淘汰を回避したとは未だ言い難いでしょ。齎した変化は自然に勝るとも劣らないけど、変えるだけ変えてさっさと居なくなるなんてのは寧ろ人の十八番だから、寧ろその感情の目指す所だから、それは……君のその道理は、それこそ人間的な矛盾を孕んでる。……それに、抑進化を解くなら、全生物に感情があって然る可きだから、進化を否定してるとすら言えるよ?」

「遺伝子に意思なんてある訳無いだろ。抑あれは単なる情報でしか無いんだ、進化などし得ない。淘汰と放散の、只管の繰り返しだ。きっと宇宙迄そうやって、な。或いは環境を変えれば、自ら放散を起こそうとすれば、それは最早進化と呼ぶに相応しい自律的淘汰、主観的天敵に依る客観的進化か?」


 化かされて和むのは人の徳だ。


「ってごめん、知識欲あったわ」



 何もせずに、何か出来たら良いのに。そう思った時には、そう書いていた。言うのと書くのとを感覚的に近付けられれば、今よりも更に自然に、小説家らしく生きられそうだ。そんな心地に夢を見られそうだ。或いは現を認知しないから。


 だから、どうせだから何も変わらないような小説を書きたい。読んでいて夢見心地な小説を。

 それはきっと、緩やかな流れに手掛かり一つ、迷う術を奪われた船旅に違いない。

 今度のは座礁した。或いは私が船酔いかな。縋りたくなったらお終いだ。



 頭が働かない。


「だけどこれって、所謂絶望だよな」

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