第八話 あなたが幸せに
私とアルキアの胸にはブローチが付いている。この国の紋章を象ったそれは、もう誰も賞賛しない。それについて知っている人間とは、会わなくなったからだ。
マリユスが次の王位継承者として名乗りを挙げたとき、この国の歴史はガラリと変わった。王子たちが競う慣例は脆くも崩れ去り、圧倒的に実績と名声のあるマリユスが王位を獲得した。そして、競った王子たちは——第一王子イヴを除いて、国外追放となった。彼らは生涯、ウィスタリア王国の土を踏めないだろう。取り入ろうとしていた貴族たちは慌てふためき、マリユスとイヴに近づこうとしたが、すでに時遅し。マリユスの改革はあまりにも早く着手され、貴族の大半はその財産を没収されて、貴族としての身分さえも失った。一部残った者たちも命からがら国外へ脱出し、もはやウィスタリア王国では通用しない身分のまま、どこかの国に流れ着いている。
マリユスが没収した財産は資産家や商人たちにオークション形式で分け与えられ、マリユスの改革、つまり新大陸貿易に参戦するための体力と賛意をつけた。ウィスタリア王国、そしてほか小国を併合したスプルース王国が新大陸貿易に手を出し、今のところ順調だった。
それもそのはずだ。私の父、ソルフェリノ王国国王がマリユスを気に入っている。惜しみなく熟練の船乗りや商人を派遣し、スプルース王国には新たな港まで造られた。そのうち新市場が開設されて、商売は軌道に乗るだろう。
私はマリユスと過ごす傍ら、ときどきスプルース王国王城にいるイヴ・リラとアルキアの元を訪ねている。
「イヴ。ちゃんと休んでいますか? アルキアに心配をかけたりはしていませんか?」
リラは困ったような顔を向けてくる。
「大丈夫ですよ、ハル叔母上。アルキアが気遣ってくれていますから」
私はまだその呼ばれ方には慣れない。
そう、私はマリユスと結婚した。だから、マリユスの甥であるリラは、私にとっても義理の甥ということになる。年齢的にはリラのほうが若干上だから不可思議ではあるけど、致し方ない。
私はリラのことが心配だった。彼が抱えていた復讐は成功した、だけど彼の心は晴れたのだろうか。それだけが気掛かりで、ずっと彼に尋ねられずにいる。
リラは上品に笑う。
「大丈夫、心配はいりません。私は今、とても幸せですから」
その言葉は本心とも嘘とも分からない。
ただ、アルキアがいるかぎり、彼が本当に幸せかどうかは分かる。
「それならいいけれど」
「ところでアルキアが懐妊したことはご存知ですか」
「え? 知らないわ! どうして教えてくれなかったの!」
「いらっしゃってから伝えようと思っていました」
私は慌ててアルキアの元へ飛んでいく。
その後ろから、やれやれとばかりにリラがついてきていた。
多分、彼は今、幸せなのだ。
ずっと先の未来でも、彼とアルキアが幸せだと伝わっていてほしいと、私は願った。
おしまい。
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どばーん、と。