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第六話 そんなことをしてはいけない

 マリユスが帰ったあと、私は疲れてソファにもたれかかっていた。私なりに、気を遣ったのだ。


 でも、まだやることが残っている。確かめなくてはならないことがあるのだ。


 私はお茶会の片付けをしていたアルキアに声を掛ける。


「アルキア、あの方を呼んで」


 すぐにアルキアは察した。


「リラ様をですか?」

「そう。スプルース王国へ行く前に、話しておきたいことがあるの」

「かしこまりました。すぐに」


 アルキアはそう言って、パタパタと出入り口へ向かう。


 少しして、扉が開く音とともに、アルキアの驚く声が聞こえてきた。


「リラ様!」

「ああ、申し訳ない。大丈夫かい?」

「はい。少々お待ちください、殿下に取り次ぎます」


 聞こえてきたアルキアとリラの声に、私はソファから急いで飛び上がり、テラスの椅子に戻る。


 やってきたリラは、優雅に微笑んでいた。


「お別れの挨拶をするため、まいりました」

「そうですか……」

「マリユス陛下とは、気が合いましたか」

「ええ、いい方です。恋をしたいだなんておっしゃるくらい、可愛らしい方です」

「でしょう? そんな叔父だから、何とかしてあげたかったのです」


 リラはくすくすとおかしそうに笑う。私はリラへ椅子を勧めた。しかし、リラは固辞して、お茶会はもうしないのだとでも言いたげだった。


 そうやって線引きをして、私はもうすでにマリユスと結ばれるべきなのだ、と言っているかのようで、私はどこか冷たい印象を受けた。そう思うことは勝手なのだと分かっていても、いきなり距離を置かれたようで、少し悲しい。


 私とリラの距離は、随分と遠くなってしまった。


 私は、最後ならば、とこう切り出した。


「リラ閣下。このようなことをお尋ねするのははしたなく、無礼だと分かっています。お許しを」

「かまいませんよ。ここでのことは、決して外に漏らしません」


 リラの了解を得て、私は思い切って、胸の内に留まっていた疑問を吐き出す。


「あなたは、ご自分が王位に就くことをよしとしなかった。私とだって結ばれようとは思わなかった、それは」


 ——それは、私のことが。


 その先の言葉は、リラが引き継いだ。


「あなたが気に入らないからではないか、と?」

「……もしそうなら、悪いことをしてしまったと」

「何、そのようなことは杞憂です。あなたは十分魅力的ですよ」


 その言葉が本心なのか社交辞令なのか、私には区別がつかない。


 だってリラは、私を選ばなかった。


 しかし、すぐに私のその考えは間違っていたのだと判明する。


「マリユス陛下は女性が苦手ですが、私は女性が嫌いなのです。ああ、別に男が好きというわけではありませんよ。ただ、憎々しいだけです」


 リラは微笑んだまま、内に秘めた感情を剥き出しにする。


 それは嫌悪や憎悪をまとめて、本来なら自分の尊厳を守るためにも人目に付かないようにするであろう醜いものを、吐き出すかのようだった。


 私は言葉を失う。リラの底知れなさを思い知った気がした。


 リラの言葉は強く、吐き捨てられる。それは私に向けてではないと分かっていても、背筋が凍る。


「この国の貴族は、王族を政略結婚のおもちゃのように扱おうとする。昨今はその傾向が強く、私もマリユス陛下もそれで嫌な目に遭ったことなど枚挙に(いとま)がありません。加えて」


 リラの口の端が上がる。リラの中の、抑えきれない感情がそうさせていた。


「現ウィスタリア王国国王と身分が低いにもかかわらず結ばれた私の母は、とても風当たりが強かった。馬鹿な貴族の女たちに、それはそれは虐められたのです。今も王城の一角に怯えて隠遁せざるをえないほどに。だから、私は彼らに復讐をしなければならない」


 刺々しいその言葉に、私は耳を塞ぐことも忘れて聞き入る。


 復讐を。それほどまでに、リラはウィスタリア王国の貴族を憎んでいる。


 そんなリラが、ウィスタリア王国の王位など欲するだろうか。ウィスタリア王国を滅茶苦茶にすることはあっても、守ろうという意思は生まれようがないだろう。


 だからリラは身を引こうとしている。それは賢明な判断だ。リラが感情の赴くままにウィスタリア王国の貴族へ復讐をすれば、この国はどうなるというのか。


 リラはそんな私の思いを汲み取ってか、安心させるように頬を緩ませる。


「マリユス陛下はその企みに、乗ってくれたのです。私に同情し、貴族たちを一掃すると約束してくれました。私はその代わりにスプルース王国を任され、上手くやる」


 私はリラがただ復讐の狂気に飲まれているわけではないと知った。すべてを憎んで、何もかも壊すようなことはしない。マリユスと組むという選択肢を取れるくらいには、冷静だ。


 これでウィスタリア王国は生き永らえることができるだろう。しかし、何が起きるかは誰も保証できない。


「この国は、粛清の嵐が吹くでしょう。ですが、ご安心ください。あなたには何の関わりもないこと。あなたはただ、マリユス陛下をお支えし、幸せに暮らしてくださればそれでいい。それが巻き込んでしまったせめてもの私の償いと願い、と捉えてください」


 リラが私を選ぶわけなんてない。


 リラはそんなことをしてはいけないと思っているのだから。

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