第四話 噂の真相
人の噂とは無責任なもので、今、王立学校ではレナートとナタリアの婚約が危ぶまれていることが話題になっていた。
「聞きまして? サフラン侯爵が娘のリリア様をレナート様に売り込んだとか」
「それでナタリア様がお怒りなんでしょう?」
「他にもあちこちでレナート様に詰め寄る女性が」
廊下を歩いているだけで、持ちきりの話題が耳に入ってくる。レナートは一度婚約を解消したのだから、正式な婚約を結んだといってもまた解消することに抵抗はないだろう、とウィスタリア王国の貴族たちは都合よく思っている。私がいなくなったことで、これからもっと競争はヒートアップしていくだろう。まあ、私はもう関係ないけど。
今日も外はいい天気、もう王城に帰ってのんびり過ごしたい、そう思っていたところに、名前も知らない同級生の女子たちが話しかけてきた。
「あの、ハルフィリア様。私、ハルフィリア様にはレナート様よりも第一王子のイヴ殿下がお似合いだと思いますわ」
「そうですわ、レナート様ったらまだまだ子供ですもの。王族たるもの、貴族のあしらい方くらい身につけておられないと」
「第二王子のユーグ殿下はレナート様よりナルシストと聞き及びますし、正直私たちから見てユーグ殿下もレナート様も選択肢として、ないと申しましょうか」
散々な言われようだった。でも同意できるあたり、現実は残酷だ。
同い年の女子から見てもそうなのだから、もっと海千山千の貴族たちからすればレナートは操り人形として便利、くらいに思われているのだろう。本人の人格はかけらも評価されていない。ついでに兄のユーグもけっこうな評価だった。何だかかわいそうにも思えてきたが、私にはどうしようもない。
私は話題を逸らそうとした。第一王子についてはあまり知らないし、情報を得ようと尋ねてみる。
「では、第一王子殿下はどのような方なのです? お二人よりもずっと魅力的なお方なの?」
女子たちはわっと黄色い声を上げて、興奮気味に語る。
「そうなのですわ! イヴ殿下はお母上譲りのすみれ色の髪に、いつも凛とした立ち居振る舞い、上品な所作と本当に物語の王子様のようなお方ですの!」
「悪い噂も一つも耳にしませんし、国王陛下からの覚えもよいとか! ただ、野心のない方で、王位継承者の争いには加わりたくないとおっしゃっておられるそうですわ」
「もったいない……このままではイヴ殿下は外国に行ってしまわれますわ!」
私は——その第一王子イヴの評価が、最近よく会っているあの人物そのものだということに気付いた。
なるほど、そういうことか、と思わなくもない。
しかしここでそれを言うわけにはいかないし、悟らせるわけにもいかない。
「お話を聞かせてくれてありがとう。面白かったわ」
私は努めて冷静に、ちょうど鳴った授業開始の合図のベルのおかげで逃げ切った。
☆
リラとのお茶会の席で、私は話を切り出す。
「リラ閣下。私に隠し事をなさっておられますね?」
すみれ色の髪を揺らして、リラは微笑む。
「何のことでしょう」
「主に身分のことです」
「ああ……ですがそれは、私はあくまであなたとマリユス陛下の間を取り持つ役割だからこそです」
リラはそれ以上のことは言わない。王女殿下の知ることではない、と言わんばかりだ。
私はもうリラが第一王子のイヴだと見当をつけている。今更違うと言われることはないだろう、だから単刀直入に尋ねた。
「では、リラ閣下は私のことはお好きではないのですか? 誰かに渡してしまう算段をするくらいに?」
少しの間、リラは悩む素振りをして、ティーカップに添えた指を離した。よく考えれば、野心ばかり強いウィスタリア王国の貴族たちは礼儀作法に疎く、リラがその貴族たちと同じだと考えることは甚だおかしかったのだ。
「殿下、私はこういう企みをしています。第一王子イヴとマリユス陛下が入れ替わって、この国の国王にマリユス陛下が、スプルース王国国王に第一王子イヴが就任する、という企みです」
リラはこともなげに話す。ウィスタリア王国の将来を左右する一大事の企みを、請われたなら喋りましょう、とでも言うつもりか、それとも私を巻き込む、あるいは巻き込まざるをえないし私にも関係がある、と言いたいのか。
言葉に嘘があるとは思えない。悪意も感じられない。ただリラは淡々と話す。
「第二王子ユーグと第三王子レナートは王の器ではない。しかし第一王子イヴは野心もなく、王の補佐が役目と弁えている。であれば、他の王位継承権を持つ人間を連れてくるしかなく、もっとも王位に近く血縁も遠くない人間となればマリユス陛下しかいないのです」
そうでしょう? とリラは私へ確認する。
その理屈は分からなくはない。だが、あまりにも大胆だ。今の王位継承者レースをご破算にして、おそらくはウィスタリア王国の貴族たちの思惑も根底から破壊するようなことだ。誰も彼もが慌てふためき、次の国王はそれを御する必要さえある。
それが許されるのか。私は、どうしても確認したかった。
「リラ閣下、あなたは第一王子イヴ殿下でしょう? なぜそのように他人事のようにおっしゃるの?」
リラはようやくティーカップの取手を摘んだ。
「もういいのですよ。だから私は、リラでいいのです」
その声は、どこか諦めの色を含んでいた。
王位に執着しないということが許されるのならば——けれど彼は第一王子という立場にある、現実には許されない。
だから、彼はマリユスと共謀して、静かに自分が王位継承争いの舞台から身を引く脚本を書いていた。
私は、それを肯定も否定もできない。
リラが望むことが正しいのかどうか、分からないからだ。




