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北木島エレジー  作者: さしあたり
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ぐだぐだ言っても何も変わらない

 18時を少し回ったくらい。太陽が西に傾き幾分日も陰り、旅館の前のアスファルトの道へ打ち水をしている。気持ちだけでも少し涼しげに感じた。

 門から玄関までのアプローチは30メートル程もあり、石畳の小道の片方には丁寧に剪定されている日本庭園が築かれている。反対側は本格的な日本瓦の乗った白壁である。

 綺麗な玉砂利を敷き詰めた道の飛び石の上を歩く。少し早めに到着した京子に奈緒子が色浴衣を着せている。男連中を待つ間に、二人は熱心に和装小物を吟味している。宿泊客に貸し出す逸品揃いだ。


「奈緒子ってほんとになんでも出来るのねぇ、感心しちゃう。」

「ん~ 特に習った訳じゃないけど~、ほらっ、門前の小僧、習わぬ教養って言うじゃない。京子だって見てりゃすぐに出来るようになるわよ。」

 巾着、扇子、羽織紐、髪飾り、簪など身につけてみては、お互いに見せ合いっこして感想を言い合う。

 昔から変わらない大きな大黒柱、玄関には赤い絨毯が敷かれ、受付の横には、懐かしいピンク電話が置かれている。


 しばらくして、たばこ屋の角を勢いよく曲がり、全速力で武と健一走ってきた。膝に手をおき大きく肩で呼吸をし息を整える。

「間に合った!」

 彼らも、また浴衣に着替えるのだ。

 それぞれ母子二人で、素早く着付けた。

「奈緒子、浴衣ってノーパンなんか?」

 健二が小声で訪ねる。

「まったく遅れてきたと思ったら、いきなり何言い出すのよ」

「あらあら、健二ちゃんは、奈緒子贔屓かい。ノーパンが御所望なら、おばちゃんが、もう一回、着付けしてあげるよ。若い子の裸も見たいしね。ちなみに男はふんどしだからね」

 これには、武も健一もたじたじである。玄関の踏み込みで、よく冷えた水飴をいただき、真っ赤な西日を受けながら祭りの会場へと向かった。


 浴衣に着替えた4人は、祭りの喧騒を離れ、海神社の本堂を目指す。石畳の階段が、何段も何段も続き、さらにその先には参道ではなく山道続く。両脇には、手入れの行きとどいた、檜や欅の大木が何本も植えられている。コンクリート製の大鳥居をくぐりようやく本堂に辿り着いた。誰も息が上がっていない。

 無言で、手水舎で手を洗い、口をすすぐ。賽銭箱に僅かばかりのお小遣いから硬貨を投げ入れる。参道に入ってから、誰も口を開いていない。4人は一列に並び、目を瞑り両手を合わせ柏手を打ち、丁寧にお参りをした。祭りの喧騒は、ここまでは届かない。


 社務所に向かい、おみくじを順番に引いていった。武が一番に引く。誰にも見えないように、隠すように掌の中で広げた。

 本殿から宮司が現れ、本坪鈴の前まで降りてきた。

「よくお参りしてくれました。見てましたよ。作法もバッチリですよ。普段から参ってくれているようですね。結構な山道なので疲れたでしょう。氏子総代に冷たい物を頼んでおきます。それからお礼にお守りを差し上げましょう。巫女さんから受け取ってください。もちろん他の人には内緒ですよ。」


 しばし休憩し、来た道をゆっくりと引き返す。

 半分ほど降りた辺りから、祭りの喧騒が聞こえてきた。そしてすぐに、烏賊焼きの香ばしい匂いが漂い始めた。

 狛犬の頭の上に、怠け猫が、ちょこんと座っている。

「こんな所まで来てるんだ。」

「こいつも賑やかなところが好きなんだ」


「腹減った。」と健一が叫ぶ。

「早く下に行って、もっと賑やかせてやろうぜ」

「言うが早いか、石段を駆け下り始めた。」


 参道を下ってきた、彼らは、観客の多さに度肝を抜かれた。昼間の賑わいなど、話にならないほど混み合っている。牛歩のごとく遅々として前に進まない。

「今年は多いな」

「これじゃぁ、進めないよ」

「それどころか、食いもんにもありつけんわ」 

「腹減った。兎に角、何か食べよう」

 それぞれ左右の出店を物色しては、あれこれ思案している。中学生のお小遣いでは、欲しいものを何でも変えるわけではない。

「おれは、お好み焼き」

「私は林檎飴」

 それぞれ好きな物を買い、人の流れに身を任せて進んで行く。


 京子の襟元が開き、帯の下の伊達締めが見えている。武と健一が、さりげなく周りから見えないように、壁になる。そのすきに着崩れた浴衣を奈緒子が素早く直す。混み合う縁日の中の一瞬の出来事。

「みんな、ありがとう。」

 しばしの間、射的や金魚すくい、りんご飴や綿菓子など、思い思いに過ごした。


 雑踏を抜けだし昼間走り抜けた海岸沿いの防波堤の上に一列に並んで座る。

「中学3年で進路を決めろって考えてみたら大変だよね」

「高校へ行くたって、この島にはないし、本土にも渡し船で通えるような学校なんてありゃしない」

「そしたら、寮か下宿になるよね」

「今時、下宿はねぇな」

「ほら、寮のある高校って偏差値の高い私学とか体育系の部活が強いところだろ」

「県大会ベスト4じゃ厳しいか」

「公立で少しぐらい遠くても、やっぱり高校ぐらいは出ておきたいよね」

「早起きするかしかないか」

「フェリーは便数が少ないから、漁師のおっちゃんに頼むか」

「それ良いかも!」

「いっそ今はスルーして三年先に同じ大学を目指すとか」

「もっと良いかも」


 誰しも、この日常がいつまでも続くことを望んでいる。いずれ離ればなれになることを知っている。しかしその事に触れる者はいない。その時期は、あと半年もない。

「中学で進路を決めるって、大変だよな。小学校まではなんにも考えてなくても、みんな同じ中学へ進学するのが当たり前だった。高校へ行くだけで、4人がバラバラになるなんて想像もしてなかった。残酷!」


「今、ここでぐだぐだ言っても、何も変わらない。よし! 三年後、同じ大学に行こう」

「ちょっと、待って、まだ私、国立付属へ受かるかどうか分からないんだから。」

「京子なら大丈夫、後から俺たちが追っかけて行くさ」


「私、決めた!」

「早!」

「旅館を手伝いながら本土の高校へ通う」

「奈緒子らしい」

 男らしいの間違いだろと、すかさず健二が茶化す。

「よ~し、私も絶対国立付属に受かる。みんな後から追いかけてきてね」


「武と健二はどうする?」

 二人はしばし顔を見合わせる。

 武が口火を切った。

「俺は、最低ランクでもいいから、本土の公立高校を目指す。金のことであんまり親にも迷惑掛けたくないしな。」

 それなら俺もと、健二が追従する。


 祭りの夜に、とりとめのない話が永遠と続く。ある者は林檎飴を食べながら。ある者はヨーヨーで遊びながら。


 誰もが口を開かない。

 防波堤の上に座り、真っ暗な海と波の音を聞きながら、今、この瞬間が永遠に続けば良いのにと切に願った。

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