なめとんか
今日は、年に1度の島祭りの日である。町役場の観光課が客寄せのために盛大にピーアールしている。真っ昼間から島の海神社の参道へ向かう道は、屋台が所狭しと並び、地元の漁師が的屋を押しのけて自ら漁で取った新鮮な魚をその場でさばき、観光客や見物客に振る舞っている。もちろん無料だ。真っ昼間から酩酊している者も少なくない。
祭り自体は古くからのもので、源平の合戦以来のものだと言われており、由緒正しいきものである。
喜木多島は、有人島としては小さな方だが、周りをぐるりと良好な砂浜が覆っており夏なると至るところで海水浴が楽しめる。遠浅で海水が透き通るように美しい。祭りの時期になると毎年、大勢の観光客がやって来ては、都会にはない自然を満喫している。本番は、夕方からなので、それまでに海水浴を愉しむ人々も多い。
「ゴッメーン、遅くなちゃった。なかなかお母さんが開放してくれなくって。」
「そんなことだと思ったぜ、まぁっいいや、早く行こうぜ。」
息を弾ませながら、とぎれとぎれに言う京子は、必死に走ってきたのだろう。教育熱心な両親に掴まっていたに違いない。髪は乱れ、タンクトップの首筋からは、かわいらしい赤色の水着の肩紐が覗いている。
「行こう! 京子」
「武と健一が先に行って場所とってるって。」
「うん」
彼女たちは、息が整う間もなく、海岸沿いの防波堤の上を全力疾走で走った。
島で1番大きな海水浴場は大勢の人でごった返していた。道から少し下がった砂浜は海に向かってき50メートルぐらい、横幅は1.5キロほど。
都会的な海の家と昔からある海の家が二、三十軒並んでいる。そこここに所狭しと、ビーチパラソルやソフトマットが並んでいて、砂浜の見える割合の方が遥かに少ない。
遠浅の海の向こうを小さな貨物船が、煙突から黒煙を出しながらのんびりと進んでいる。
「遅いぞ、京子 浮き輪でも探してたのか~」
「ごめん お母さんが・・・」
「いいから、いいから、いつものことだって。早く泳ごうぜ」
奈緒子と京子は、素早く服を脱ぐと水着姿になり、せっせと準備体操を始めた。このあたりが都会の子と違うところで、島で育った人々は海の怖さをよく知っている。そしてなにより一連の動作が素速い。
小麦色に日焼けた肌に赤や黄色の水着がよく映える。彼女たちは一目で地元の子とわかるのだが、着こなしにしろ、身のこなしにしろスムーズでとてもかっこよい。
二人の身長は160センチちょっと。成長期も終わりに近づき、徐々の大人の体型へと変わりつつある。
よく日焼けした肌にオレンジ色にショッキングピンクのストライプの入った水着がよく似合う。膝から下の方が遥かに長い足に小さな膝小僧。キリッとしまった足首とウェスト、一見して華奢に見られがちなスレンダーな身体は少し怒り肩で、かえって堂々としてみえる。まだまだ発展途上の胸が妙にバランスしていている。男女を問わず思わず振り向きたくなるだろう。最近流行りの中間色の口紅をつけブルーミラーのサングラスでも掛ければ、さらに注目を集めること必至だ。
我先に海へ向かって走り出す。誰からともなく沖合にある鮫進入用防止用のネットに向かって泳ぎだした。距離にして200メートルはあるだろうか。途中には立てるほどの浅瀬があり4人は一休みして、再びネットに向かって泳ぎ出す。最初に到着したのは京子、続いて奈緒子。
「やっぱり、京子にはかなわないや。今日は勝てると思ったんだけどなぁ~」
「まだまだ、修行がたりんな、この私に勝とうなんざ十年早いぜ。えっへんっ」
「潜ろうか」
「うん、砂取ろうよ」
海面から海底までは10メートル程。まるで散歩に出かけるように、するりと真っ逆様になり、しなやかなバタ足だけで海の底を目指した。
きれいな砂の波紋がどこまでも続いている。海藻がゆらゆらとゆっくり揺れている。透明感の高い水が海の底を明るく照らしてくれる。
長い指のきれいな手が、海底の砂を一掴み握る。砂塵がスローモーションのように舞い上がった。今度は、砂を握りしめたまま、一直線に海面のキラキラを目指す。彼女達に取っては、見慣れた日常の一コマだ。
水面から顔を出し、互いに付き合わせた。ちょっと息が荒い。
「ほら、こんなに」
「見て、見て、私もこんなに。耳痛くない? キンキンしない?」
「唾 飲み込めば直るよ」
二人は互いに手のひらにある一握りの砂を見せ合う。少しもったいなさそうに海に返し、ゆっくりと仰向けに浮かび、波の流れ身をまかせている。
視界には真っ青な空だけ広がっている。
「ねぇ、奈緒子ってやっぱり 旅館継ぐの? 私なんかさぁ~ 中学になってから勉強、勉強で、なんとなく親の言うとおり高校は本土の国立附属を受けるんだろうなぁってほんやり考えていた。後のことなんて全然わかんないもん。」
「私が後継ぎだって言う人もいるけど、まだ将来のことなんてほとんど考えて無いよ。ん~~でも、少しは考えているかな。みんなにそう言われると否定も出来ないし、それなら、後継ぐのかって言われると、それもって感じ。」
「なぁ~んだ、良かった。奈緒子もまだ決めてないんだね。一緒だね。奈緒子ってさぁ~顔もいいしスタイルもいいでしょ、頭もそこそこだし男子にもモテるじゃない、ほんとすごいなぁ~って思ってたんだよ」
「えぇ~そんなことないよ。京子だって胸大きいし、ほらっ、2組の山本が京子のこと好きだってクラスの子達が噂してたよ。告られるかも?」
「え”~、遠慮しとく。私は本土の付属高校へ行ってって素敵な彼氏つくるんだから」
後を追って武と健一が海の中で合流した。今度は4人で潜る。ほどんと毎日、海に来ては同じことを繰り返しているのだが、この年代は飽きることがない。
4人は小一時間ほど泳ぐと、パラソルのあるた砂浜に戻り駄弁り始めた。
「京子、ジュース買って来いよ。」
「俺、ビールがいいな。」
すかさず奈緒子が言った。
「自分で買って来なさいよ。」
少し間を空けて、言葉を継ぎ足す。「驕ってくれるなら、私が行ってもいいかも」
「奈緒子には、かなわないなぁ。よしっ 今日は俺のおごりだ。みんな好きなもの言えよ。」
奈緒子は注文を聞き海の家へと走りだした。彼女の後ろ姿を何人もの男の視線が追っている。
しばらくして、両手にいっぱいジュースや何やらを持って帰ってきた。何やらは、何やらである。
「今日の花火大会どうする?」
「しけた花火見て何が楽しいのかねぇ。」武は赤い顔で言う。この島では、何かあったときには必ず酒を飲む。祭りはもちろん、祝い事、お悔やみなど。日本の田舎には良くある風景である。
「じゃぁ あんた達こないの?」
「そんなこと無いけど、どうしてもっていうんなら行ってやってもいいぜ」
「無理に来てもらわなくっても結構。まぁっ 来たいなら私の家の前に18時集合ね」
「京子は大丈夫? 来られそう?」
まるで小さな子供をあやすように、俯いている京子の顔を下から覗き見る。少し思案し「頑張ってみる」とキッパリ言いきった。その瞬間、三人がブラボーと叫び。拍手が巻き起こった。
「俺達ってさぁ、来年は受験だろ。でもって再来年はみんな高校いってさぁ、バラバラになっちゃうのかなぁ。俺 ずっとこのままがいいなぁ」
「私だって、今のままがいいわ。でもね、みんな一緒の高校に行けるかもしれないじゃない。」
「バーカ、俺とおまえは頭のできが同じぐらいだけど、京子は、国立の良いところに行くだろ、そんでもって、奈緒子は跡取りだし、やっぱりバラバラになっちまうんじゃないか?」
奈緒子を見ながら武はきっぱりと言った。
「それにしても、おまえいい胸してるなぁ。卒業するまでに1回揉ませてくれよ。」
武は奈緒子の胸をじっくりと見て目が離れない。
「1回1000円でどうだ?」
「こりゃ~、なめとんか、最低でも2万円は欲しいわ」
「じゃぁ~、間をとって1万5千円で?」
「どんな間の取り方や?」
「何で関西弁になるねん!」
二人のやり取りを聞いて思わず吹き出し、つられてみんなが大笑いした。周りの人たちが4人の方を訝しげに、そして羨ましそうに見ている。