おい、海いこうぜ!
「おい、海いこうぜ!」
武が大きな声で叫んだ。彼は小学校の時から、ガキ大将気質で、健一を舎弟扱いしている。
「今日は島祭りの花火大会があるから、本土からいっぱい綺麗な姉ちゃん達が来るぜ」
奈緒子は溜め息を付き、腰に手を当てて大きな声で言い放った。
「お祭りの季節になると、あんた達の頭の中って、毎年々々、ビキニの女子大生ばっかりね。いやらしいのを通り越して、逆に感心するわ」
この手のやり取りは、既に年中行事と化している。
「京子も来いよ。家庭教師だなんて言うなよ。」
「無理しなくても良いのよ。叱られるのは京子なんだから。」奈緒子が優しくフォローする。
「中学最後の夏休みだもん。お母さんに頼んでみる。それに泳げるのは、お盆ぐらいまでだもんね。」
彼女は、資産家の令嬢で島外から優秀な家庭教師を招いている。おとなしい控えめな性格で、いつも奈緒子のそばにいる。活発な奈緒子と仲が良くヒエラルヒーの最上階に所属している。先生からみれば極めて優秀で、素行の良い優等生だ。
京子がの話が終わらないうちに、武が話し出した。
「おまえ高校行くんか? へぇ~てっきり家を継ぐもんだと思ってた」
「まだ決めた訳じゃないけど~~、まぁっいいじゃない。お祭り京子いっしょに行こうね。」
「うん、わかった。いつものところね。絶対行くから置いていっちゃ嫌よ」
高校へ行かなくても、旅館の仕事ならできる。子どもの頃から慣れ親しんでいる。食事の準備から、食材の仕入、温泉を含む掃除一式、布団の乾燥など、お金の管理以外なら従業員と何ら変わらない。普段から苦労している母への白髪染めカラーも奈緒子の役割だ。
そんな母を近くで見ていると、自分だけが高校へ行っても良いのか。進路を決めなければいけないこの時期になって、蛇が鎌首をもたげるように重くのしかかり、決断する時期が刻一刻と近づいている。ずっと頭の隅から離れない。
「じゃっ、飯食ってすぐだぞ 遅れるなよ」
言うが早いか、みんな一斉に走り出した。
校庭の真ん中を元気よく笑いながらふざけながら駈けていく。残された砂に付いた足跡が、ジリジリと真夏の太陽に焼かれていく。