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北木島エレジー  作者: さしあたり
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塀の上の怠け猫

 瀬戸内の小さな島に住む、4人の中学生のお話です。物語は1日だけです。彼女らは、生まれてからずっと島の中で育ちました。そんな彼女らは、高校受験を意識し始め、初めて島外へと目が向きます。悩みながらも明るく将来の展望を描きます。


 桟橋の欄干にいつも一匹の野良猫が昼寝をしている。島の人は怠け猫と呼んでいる。跨がるように4本の足をだらりと垂らしている。喜多木島に小さな観光船が訪れる度に、一声「にゃ~」と鳴きしぶしぶ、港町の狭い通路へと消えていくのだ。

 瀬戸内海に散りばめられた宝石のような島々は、その雄大な景観が日本遺産に登録されている。良質な花崗岩の産地として名を知らしめていたが、近年は安価な海外製に置き換わり当時の面影はない。


 奈緒子は、幼ない頃、父親を丁場の落石事故で亡くしている。それ以来ずっと母親が経営する旅館を手伝っている。ちょっとした観光雑誌には必ず掲載される老舗旅館である。3代目女将に成る可くして育てられた彼女は、どういう訳かとんでもないお転婆娘で、女の子よりも男の子と遊んでいる方が活き活きとしいる。小さい頃は、男子と取っ組み合いの喧嘩もした。しかし、自分より年下の者には、決して手を出さ無かった。

 それどころか弱い者いじめをしている奴を見つけると、相手が誰であろうと後先考えずに向かっていった。そんな彼女だから運動は得意中の得意でスポーツ万能である。自然と周りに人が集る、明るい性格の持ち主である。


 「お祭り行けそう?」京子からのLINEが届く。奈緒子はLINE派ではなく、電話派だ。

「たぶん大丈夫! お祭りの日だからいつもよいお客さんが多いけど、夕食の準備が終わった辺りで一段落付けそう」


 15の夏、最上級生になった夏休みは、中学総体の走り幅跳びで県大会ベスト4に終わった。やりきった感はあるもの、すぐに受験勉強へ切り替えられるわけがなく、何から初めて良いのか分からないのが実情だ。お盆までは、補習授業があり、主要科目のプリントをせっせと解いている。

 その日も、いつものように朝9時15分から補習が始まった。普段の日より、いくらか始まるのが遅い。それでも彼女たちにとっては、充分に早起をしなければ始業に間に合わない。


 クラスの担任は、非常に教育熱心で、暑いさなかに学校に出勤しては、補習という名のありがたい念仏を唱えるのだ。

 もちろんクーラーなどない。

 1時限目から英語、数学、国語と続く。授業の始めにプリントを配られ、適当な時間に答え合わせをする。これを3回繰り返す。頭では分かっているのだが、折角の夏休みなのにどうして自分たちだけが勉強しなければいけないのかと言う思いで、授業にまったく身が入らない。

 というわけで、女子は開襟シャツの襟を広げパタパタと下敷きで顔と胸元を扇ぎ、男子は、ズボンの裾を膝までまくし上げている。

「せっかくの夏休みなのに教室で勉強なんてやだやだ」

「仕方ないでしょ、マリちゃんは、それはそれは教育熱心な立派な先生なんだから。ほんと、いやになっちゃう」

 京子が続けた。

 マリちゃんとは、担任の先生のあだ名だ。1年中、蓄膿症を患っており鼻水が止まらない。生徒たちは愛情を込めて花津まり(鼻詰まり)と呼んでいる。


 窓の外では、グラウンドを補習に向かう遅刻寸前の生徒達が、全力疾走で校舎へ駆けていく。

 木造二階建ての校舎は、老朽化が進み、来年には立て替えも決まっている。木製の床には穴がいくつも開いており、雨漏りのする天井や樋もほったらかしで修復されることはもうない。


 補習は午前中で終わり、生徒たちが下校する時間になると、決まって怠け猫が、校門の前で「にゃ~」と一声鳴きし、どこともなく消えていくのである。


ここまで読んでもらってありがとうございます。

感想などがお聞きできれば幸いです。

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