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神隠しのサイカイは。  作者: 八戸之部花信
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青空と雲と...?

焦鬼、ね。

私はさっき人生で初めて視た「鬼」を思い出し、震える息を吐き出す。


中々に、刺激が強い見た目をしていた。


太彦が握力に物を言わせて粉々にしてくれたから良かったものの、もし私1人で取り憑かれていたら、と考えると改めて恐ろしいと思った。


私に取り憑いていたという鬼は、蜈蚣の姿。


しかしその実、細かく見れば到底蜈蚣と呼べるようなモノでは無く、例えるならば蜈蚣を真似た末に生まれた出来損ないのような、歪な造形で。


光を吸収しているかのようなどす黒い体から生える脚は、爪の先の先まで黒く、ふつうの蜈蚣ならばないはずの鉤爪が異様な存在感を放つ。


目は闇のような体にそぐわないほど紅く爛々と輝いていて、───ふつうの蜈蚣よりもあった。

いくつも幾つも多かった。


やはりあれは蜈蚣などては無い。


似ても似つかない程に醜悪な、鬼だったのだろう。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


物思いにふけっていると、すっと太彦が立ち上がる。

どうしたのだろう、と顔を上に向けると、ニコッと笑う太彦と目が合った。

輝くような笑顔だ。

...これだからイケメンは...。

顔が良いのも考えものだなぁ。

じっとりとした目で見る私に構わず、太彦が家に来てくれ、と言う。

何故?と訊くと、旅をするにあたって準備するものがたくさんあるからだと答えた。

確かに。言われてみればいつまで続くのか分からない旅なのだし、しっかりと準備をしなければいけない。

そういう訳で、私は太彦に連れられて家にお邪魔する事になった。



太彦の後ろを歩きながら、根の国というらしいこの世界の空を眺めてみる。


爽やかに晴れ渡る空と、美しい雲。そして竜。


...そして竜?????


漫画のような行動だけど、やるしかない。こしこし、と目を擦ってからもう一度見てみる。

竜だ...。

白く長く、流麗な体躯をなびかせて天を駈ける、神話の存在がそこにいた。

とても、綺麗だった。

生憎と詳細が分かるほど近くはなく、私の目も良くなかったけれど、それでも感動する。


息を呑む程美しい、文字通り雲の上の存在。


根の国。古くは黄泉の国、幽世(かくりよ)とも呼ばれる。

妖魔神仙の棲む、恐ろしい世界だ。

けれど。

自分も鬼に憑かれておいて何を言うかと思うかもしれない。それはもっともだ。


それでも、恐ろしいだけではなく、とても美しい世界だと思えるような気がした。


そう思わせてくれたこの存在に深く感謝しながら、太彦に声を掛けられるまで、私は飽きること無く眺め続けていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


じんわりとした感動に包まれながら、太彦に遅れたことを謝罪してから着いていく。


竜を見るのは初めてか?と訊かれ、こくりと頷いた。


声を出さなかったからか、どうしたと尋ねられたので感動したのだと告げれば優しい顔になる。


横並びで歩きながら、太彦は竜について教えてくれた。


竜。雨を好み、水と風を操る。普段は綺麗な水の流れる河や雲の中に居て、知能が高く、慈悲深い性格であり、日照りで生き物が困れば雨を降らせて助けようとする。


もちろん、生きているし知能もあるから性格も千差万別ではあるし、実際短気な竜も居るらしい。

しかし、滅多にお目にかかれない上に短気とは言っても竜クオリティな短気なので、ちょっと口調が荒いけど根はいい奴的なのがせいぜいとの事。

しかし、竜も攻撃する事はある。

舐めてかかると痛い目にあうし、喉元にある逆鱗という器官に触れると滅茶苦茶に怒る。


そこで太彦は、ある昔話を語り始めた。


かつて、根の国に人間が来た事があった。

ちょうど今の私のように。来た人間は1人では無く、幾人か居たそうだ。現世に戻る為の門を開ける為には大掛かりな儀式が必要な為、しばらく滞在させる事にした。

そこまでは良かった。


しかし、人間の中に。

その中に馬鹿な奴らが居た。


自分達を神の世界に招かれた特別な者だと思い込んだのだろうか。

竜が居ることをを知った途端、勝手なことを騒ぎ立て始めたのだ。真に勇気のある者が誰なのかを試す、と。

その為の方法として、あろうことか竜の逆鱗に触れようとした。

勇気ある者を試すだなんだと言ってはいたけれど、様子を知る太彦によれば好奇心と娯楽目的なのは丸わかりだったそうで。

もちろん神や話の分かる妖怪、仙人達は辞めるように説得し続け、神通力も使い、一時は辞めたように見えたのだという。

────それが演技だとは思わないほどに。


神をも欺く演技まで披露して、

やる事は下衆以下だった。


結果、馬鹿の1人が逆鱗に触れてしまった。

竜は慈悲深い。命など滅多に奪わない。

偶然ならば竜は見逃しもする。

優しすぎる生き物だから。

しかしその竜が触られたのは休息をとっていた時だった。

長い体躯を横たえていた時を狙われたのだから、偶然では無いことは誰の目にも明らか。


しかも理由が娯楽目的。


見世物のように扱われ、逆鱗に触れられた竜の怒りは凄まじく、しかもその者たちが貴重な宝物やら重要な結界やらをいくつか破壊していたことが露見。


ちなみに、根の国の宝物にはたいてい守り主が憑いている。


そして今回破壊された宝物も、例外では無かった。


それらの守り主である付喪神達が龍王に泣きつき、晴れて(?)殺傷の許可が龍王から降りた。


始めはこの期に及んでも竜の首を取る!と息巻いていた愚か者達も、最終的には音を上げた。

竜の操る雷雨と荒天によって。

暴風雨を超えていたと、太彦も遠い目をしていた。


暴風雨強化版は2日続いた。恐らくそいつらが音をあげなければもっと続いていた事だろう。ようやく自分たちのした事の重大さに気付いた者たちは、この時になってやっと神々に助けを乞い、許しを求めてきた。

...まぁ、神も仙人も知識ある妖怪達も皆匙を投げ、

というか諦めるよう促し、絶望した末に落雷によって処されたらしいから無駄だったのだけど。

……というようなことを、太彦は目を伏せながら語った。

馬鹿なことをする人も居るものだな、と思う。




竜の話を皮切りに、太彦は昔話を何話も話してくれた。


それで気付いたけれど、太彦は優しい性格だ。今のような人間がやらかす話の時は少々気まずげというか、申し訳なさそうな顔をする。

気にしなくてもいいと云えば、一瞬驚いた顔をしてからへにゃりと複雑そうに笑った。上手く隠せていると思い込んでいたらしい。


そんな風に太彦と打ち解けながらしばらく歩く事5分。


日本昔ばなしに出てくるような、古い日本家屋が集まっている場所に着いた。


「良い所だろ?」


「うん、落ち着く場所だね」


得意げな太彦に、思わず肯定の意を示してしまった。


一軒一軒の間には垣根が(あつ)えてあったり、竹の塀があったりする。

碁盤の目とでも言うような整理された建てられかたで、

1本の広い道に沿って建つ家の敷地の境には小川が蓋をされて流れていた。目で見える箇所では鯉が泳いでいたりして華やかだ。


理想郷とはこういう事を言うのだろう、そう思わせる魅力があった。

今は初夏だからか、葉も青々としている。


あの世がこんな場所なら、死んでも別に怖くないな。


そんな事をふっと思った。


人影は疎らだけど、どうも家の中に居るらしい。話し声や笑い声が風に乗って聞こえてくる。


太彦の先導でそのまま道を進むと、周りよりも一回り大きな屋敷が見えてきた。

迷うことなくその屋敷の敷地に入る太彦。つまり。


「ここが太彦のお家?」


「おう。まぁ上がれよ。俺はちょっと物を取ってくる」


そう言うと、屋敷の奥に消える太彦。

やっぱり太彦の家だったか。納得と同時に、疑問が沸きあがる。

太彦が大真面目に俺は神だ!と言い放った時は大丈夫かなこの人とか思ったけど。

周りより一回り大きな屋敷。作りも立派。


何者だよという話だ。

後でなんの神なのか訊いてみよう。


戸口から中の様子を伺うと、予想通り広い部屋があった。中央には囲炉裏と、それを囲むように藁座布団(わらざぶとん)が4つ。

高い天井と、意外なことに階段とロフトがある。外から見た感じは完璧な日本家屋なのに、内部は太彦が色々と手を加えているらしい。

しかし太彦の技術が高いからか違和感なくまとまっていて、自分なりに快適にしている様子だ。

太彦らしいと言えば太彦らしい。

もう少し覗き込めば、外からも見える縁側と部屋がいくつも。

土間には(かまど)があり、きちんと手入れがされて使えるようになっている。

あらかた室内を見終わり、それでも入るのを躊躇っていると、足音が聞こえてきた。


「待たせた...ってまだそこに居るのか。早く上がれよ」


呆れたようなこの屋敷の主の声に背中を押され、私は太彦の家にお邪魔するべく足を踏み出した。

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