44.5
アルシャ嬢が玄関ホールにいるのを見て、出迎えてくれたのだと思い、少しばかり嬉しくなってしまった。ここに来てからずっと、屋敷や外を散策することもなく、部屋にいることが多かったから、少しは慣れたのかと思って。
しかし、実際はただ、カゼミを見送った帰りだという。
あのようなことがあれば、気を張って当然だとは思うのだが、いつまでも周囲を警戒し続けるのも大変だろう。少しでもこの屋敷で落ち着ければ、と思って、自由に行動したらいいという意味で、出迎えをするという彼女の提案に乗ったのだが、なんだかすごく、挙動不審になってしまった。
もしかしたら、社交辞令だったのだろうか? それなのに僕があっさりと承諾してしまったから、今更、本気ではなかったと言いにくくなってしまったのだろうか。
それは悪いことをしたな……。
「あ、あの、わたし、勉強道具、使いっぱなしにしてきちゃったので、もう部屋に戻りますね。……お仕事、お疲れさまでした。また、夕食で」
そう言って、逃げるように彼女が去っていく。勉強の片付けなど使用人にやらせればいい。仕事道具と違って見られて困るようなものもないだろう。大方、この場からいなくなるための方便だろう。
本当に、ただ、自由にして構わないという意味だったのだが、命令したようにとられてしまっただろうか。
彼女の後ろ姿を見送ると、背後に気配があった。
チェニールだ。
チェニールは、がば、と僕の肩へ乱暴に腕を置き、「よう旦那、見てたぜ」と肩を組もうとしてくる。
「旦那も隅に置けねえなあ。こんな堅物で仏頂面だから、避けられてばかりだと思ってたが」
「……何を言っている? 大体、お前も同じような顔だろう」
僕と瓜二つ。本当は血がつながっているのでは、と思うほどに顔は似ているのだから、僕が仏頂面だというのなら、この男も似たようなものになると思うのだが。……この男がへらへらと笑っていると、僕が笑うとこんな顔になるのか? と少しばかり不安になる。
「冗談だろ、旦那」
「冗談も何もない。……人の失敗を笑うな」
この男のようにもう少し雰囲気が柔らかければアルシャ嬢に威圧感を感じさせずに、自由にしていいと伝えられたのだろうか。……いや、この男はこの男で胡散臭いというか信用がないように見えるから、それは微妙なところか?
「失敗?」
「アルシャ嬢を怖がらせてしまっただろう。……なんだ、その顔は。言いたいことがあるなら言え」
呆れたものを見るような反応。そんなおかしなことを言ったつもりはないのだが。
怖がられるのは普段のことだ。
「いーや、何でも。ま、とりあえず一旦部屋行こうぜ、旦那」
チェニールが、僕の肩にのせた方の手を、軽く握り、パッと開いた。情報を持ってきた、という暗黙の合図である。
釈然としないが、チェニールとの会話をここで始めるわけにもいかない。
僕は肩に置かれたチェニールの手をのけ、部屋へと向かった。




