36.5
カゼミがなぜか同情的な顔で僕を見る。ヒスイには、一時的な婚約で、彼女が独り立ちできるようになれば適当に解消するつもりだと説明してあったのだが、カゼミには伝えなかったのだろうか。
カゼミは女だし、そういう恋愛話も好きなのだろうが、僕たちにそのような事実はない。元より、貴族令嬢は家の都合で嫁ぎ先が決まるもの。別に、今回のような場合も珍しくもなんともないだろうに。
そう思っていたら、カゼミが小さくため息を吐いていた。
「……まあ、いいですわ。ねえ、アルシャさん。アルシャさんさえよければ、勉強のこと以外でもわたくしを頼ってくださいな。まだ、こちらに女性の知り合いはいないのでしょう? わたくしはお兄様が騎士階級ですので、平民よりはよい生活ができていますが、貴族階級ではありませんから、侯爵家のお嬢様とは少々身分が釣り合わないかもしれませんが……」
「……! 全然、嬉しい、です!」
よっぽど嬉しかったのか、アルシャ嬢は目を輝かせ、言いなれているであろう東語を片言にして、興奮していた。僕が見る限りでも、かなり上位の喜びっぷりのように見える。
「肩書ばっかりあっても、友達なんて、一人もいなかったから。それに、少し前までは自分が侯爵家の人間とも思ってなかったので、侯爵家という肩書すらピンとこないんです。……あっ、いや、と、友達ではないですよね……」
人間であれば、確実に耳が垂れているであろう表情を見せるアルシャ嬢。その様子を見て、嬉しくなったのか、カゼミはぶんぶんとしっぽを振っている。
少し目線が落ちているアルシャ嬢には、角度的に見えていないだろうが、僕からは丸見えだ。いかに落ち着いて行動しているように見えても、こういう、しっぽと感情が直結しているのは、実に人間らしい。
「いいえ、いいえ! わたくし、とっても感激いたしましたわ! わたくしたちは友人です!」
「ほ、本当……?」
不安げな表情をしていたアルシャ嬢だったが、カゼミが本気で喜んでいるのがすぐに分かったのだろう。徐々に顔が明るくなっていく。
「教師と生徒、そして友人として、これからよろしくお願いいたしますわね、アルシャさん」
「はい……!」
手を取り合って、はしゃぐ二人。顔合わせは無事に済んだようだ。ヒスイの妹であれば問題はないと思ったが、僕の予想以上に二人の相性は良かったらしい。きっと、カゼミはこれからアルシャ嬢のよき相談相手、友人となることだろう。
無事に顔合わせが済んだようで何よりである。




