33.5
どこにでもある、瓶詰の飴。それを渡しただけで、にこにこと喜ぶアルシャ嬢。
季節限定や特定の店舗にしか売っていないわけでもない。ここのブランドの定番商品。
特別感が何一つない商品をここまで喜ぶとは――甘いものが好きなのだろうか?
それならばもっとちゃんとしたものを買えばよかったか。会計はまだだし、取り換えた方が……。
「イタリさん、イタリさん、これも飴なんですか?」
僕がそんなことを思っていると、アルシャ嬢が僕の服を引っ張りながら、一つのショーケースを指さす。
ショーケースの中には、花と鳥をメインのモチーフにした、それなりの大きさの飴細工が飾ってあった。僕からしたらよくある飴細工の一つでしかないのだが、彼女にとっては珍しいものなのだろう。
「……ああ。オーダーメイドの注文品のサンプルだな。誕生日のケーキに付けるものから、記念日用のもの、プレゼント用など様々あるが……この辺りの価格帯ならば結婚式用だろう」
「へえ……! やっぱり、一杯使うものなんですか?」
「そうだな。披露パーティーの際にかなり利用される」
そして、飴細工が豪華であれば豪華であるほど、良い結婚だという風潮がある。特に平民の女性は、有名な職人の飴細工を結婚披露パーティーに使うのを夢見ていて、また、それを叶えてくれるだけの甲斐性がある男を探すのだと聞いたことがある。
「君も、もし、この国で結婚するようなことがあれば利用するといい」
「え……あ、そ、そうですね」
先ほどまで楽しそうに話していた彼女の顔が、少しばかり曇る。それは、ほんの一瞬のことだったが……。
僕との関係を清算した後、好きな男と結婚することもあるだろうと思って言ったのだが……。彼女としては、元の国に戻りたいものなのだろうか?
あんなことがあったにも関わらず、元の場所に帰りたいだなんて、随分と強い愛国心を持っているようだ。
ラトソールに帰りたい、と言うのであれば、その手続きを手伝うつもりではあるが……。
「……イタリさん? どうかしましたか?」
「――いや、何でもない」
彼女が屋敷からいなくなることを考えたら、ほんの少しだけ、体温が下がったような気がした。
アルシャ嬢自身は働くことに意欲的なようだし、いつかは出ていくと思うのだが。
……いや、『継ぐ子』をあのような土地に返すことに抵抗があるだけだな。
「……もう少し、別の飴もいるか?」
「えっ? いえ、これで十分です! せっかくイタリさんが選んでくれたんですから。それに一杯あっても食べきれませんし……」
そう言えば、甘いものが好きなようだから、もっと別のものを、と考えていたんだったな、と思い出し、僕は話題をそらしながら彼女に提案する。
最も、あっさりと断られてしまったわけだが。
特別なものでなくとも構わないくらいには甘いものが大好物なのか、それとも他国のものという時点ですでに珍しいから大丈夫なのかは分からないが、彼女が十分満足だというのなら、これでいいのだろう。