28.5
誰かを助けたことは、彼女が初めてではない。元より、騎士という仕事は主君たる王に忠誠を誓い、国のための武力になるものだ。その職務を全うするだけで、国民を助けることにもつながる。いささか間接的ではあるが。
しかし、コマネに言わせれば、僕はまるで悪役のようらしい。
主君や国民を守るためには、時に敵を切り殺さねばならないときもある。その時にためらっていては、味方に被害を増やすだけではなく、相手も苦しめるだけ。結果として絶対に殺さねばならないというのなら、一思いに意識を奪ってしまう方がいいと思うのだが、その発想がすでに悪役だと言われた。……まあ、僕としても、歌劇に出てくるような、英雄とは違うと、少しは思うが。
だから、何をしても、ヒーローだと言われたことはない。ましてや、こんなに、必死に弁明する者に出会ったことはない。
誰に何を言われようとも、主君のために剣をふるう。ただ、それだけだった。
だから、悪役と言われようと、怖い人だと避けられようと、気にしたことはなかった。結果を出せば、主君は認め、褒美を与えてくださる。なら、何も問題はない。
だが――。
「あ、あの……本当なんですよ?」
アルシャ嬢がこちらをうかがいながら、そう言う。そんな彼女の顔は少しばかり赤い。きっと、必死に弁明していたから、気が高ぶったのだろう。
「いや……君の言葉をまだ、疑っているわけでは……」
そう言って、僕は少し、口ごもる。
「……。……、君が、本当に僕のことをヒーローだと思っているとしたら、その……疑うようなことを言って、悪かったな、と」
嘘だ。違う。本当は、そう言ってもらえて嬉しいと、言うつもりだった。
昔から物怖じしない性格で、思ったことはすぐ口にできる性質だったのに、何故だか、今、感じたことをそのまま口にすることをはばかられた。
「いえ、分かってもらえたなら、それで……」
赤い顔のまま、はにかむアルシャ嬢。その笑顔は、心の底から安堵しているように見えた。
……僕が考えたことと、言ったことは同じではない。彼女に嘘をついてしまった。
僕の発言で、こんなにも安心している彼女に、なんて不誠実なことを。ましてや、彼女は今まで言語への理解が低かったが故に、東語を話せる者への信頼度が無情店で高まっている。
謝ろう、と思ったが、馬車が止まる。御者に『到着いたしました』と声をかけられ、完全にタイミングを失った。彼女の方も、僕ではなく外へと意識が向いている。
失敗したな、と思うと同時に、ほんの少しだけ、よかった、と思う僕がいて。
……いや、駄目だな。今後は気を付けるとしよう。




