12.5
アルシャ嬢がハンカチを受け取り、落ち着いた様子を見せて、僕は彼女の前を離れる。
『……ヒスイ。少しいいか』
僕は関門の番をしている中でも、一番物腰が柔らかい男に声をかける。しゃべりは丁寧だし、気も長い。彼にならアルシャ嬢を任せても大丈夫だろう。あんなことがあった直後だ、女性がそばにいるのが一番いいのだろうが、あいにく、女性は関門の番になることができない。そのため、ここには男しかいなかった。
ただ、ヒスイは男だとハッキリ分かるものの、中性的な顔立ちだから、先ほどの男たちを連想させることはないだろう。
『ええ、大丈夫です。あの女性のことですね?』
『そうだ』
アルシャ嬢の身なりが酷く汚れ怪我をしていること、東語を話していること。この二つを見て、ヒスイも察したらしい。亜人とはいえ、この国に生まれた者ならば、子供でもきっと分かる。
……、いや……。
『……先ほど、賊に襲われていた。賊自体は僕が対処したから、ここまで追ってくることはないだろう。だが、平気そうに見えて不安定なところもあるようだ。少し、気にかけてやってくれ』
僕がそう言うと、ヒスイは少し驚いたような表情を見せた。
『……なんだ』
予想外の反応に、僕はヒスイに問う。
『いえ……。そこまで説明するとは思わなかったもので。少々意外でした』
そう言われ、僕は少し、言い返すのに戸惑ってしまった。ヒスイも彼女のことを見て、なんとなく何があったのか分かっている。普段の僕ならば、後は頼む、と言って終いにするところだろう。
ただ、でも、彼女のことをしっかりと伝えた方がいいような気がしたのだ。
『……つい先ほど、僕が彼女を泣かせていたところを見ていなかったのか』
『ああ、なるほど……そういうことでしたか』
伝わったと思って話を進めていたら、全く分かっておらず、泣かれてしまった。だから、説明を省くのは適切ではないと判断したまで。
それだけだ。
『城に戻って、今回の報告を済ませたらまたここに来る。あれだけ東語が完璧に話せるのなら、ラトソール語よりヴィスティエの共用語の方がまだ聞き取れるかもしれない。耳が聞こえないわけでも会話を理解する頭がないわけでもないから、それをわきまえた上で彼女に話しかけろ』
『承知しました』
今から城に戻って報告等をし、今日中に終わらせねばならない仕事を終わらせてここに来るとなると……少し時間がかかるか。
夜遅くまでになるとは思わないが、彼女の精神面を考えると、戻ってくる時間は早ければ早いだけいいだろう。
また泣かれても、困るからな。