08.5
怪我の手当を始める前は、あれほど騒いでいた彼女は、いざ治療を始めると大人しくなってしまった。見るところがないからか、じっと治療されている手元を見ているが、時折、目をそらす。擦れている場所に水をかけたり消毒液をつけたりするところは見たくないらしい。
……それにしても、随分と綺麗な手だ。
服装からして、貧乏な娘ではないことは分かっていたが、思った以上に地位のある亜人なのかもしれない。これほどまでに荒れがないとなると、水仕事など一度もしたことがないに違いない。
擦過傷の手当と手首の固定が済むと、彼女は、ほっと息を吐き、こわばらせていた表情が少し緩んだ。
「あの、ありがとうございました」
彼女は軽く頭を下げる。
……それにしても、綺麗な東語だ。人間の中でも、これほど美しく発音し、喋る奴はそうそういないだろう。
ぎこちないラトソール語の謝罪とは違う、流暢な東語のお礼の言葉に、コマネがちらり、と僕の方を見る。コマネも、彼女が『継ぎ子』だと察したのだろう。
「気にしなくていい。それより、他に怪我はないな?」
僕が尋ねると、彼女は立ち上がってくるくるとその場で回り、自分の体を確認している。確認、して――。
「――おい!」
ためらいなくスカートを持ち上げて、脚を確認した彼女に、僕は思わず声を荒げてしまった。すぐに、怖がらせたか、と慌てたが、彼女はきょとんとしていて、状況を理解していないようだ。
無表情に加えて低い声と固い喋りが相手に威圧感を与え、恐怖を覚えさせると気が付いたのは、騎士団に入って、コマネと出会い、直接彼の口から言われたときからだ。
故に、もう治そうと思って簡単に治るような年ではない。
けれど、彼女は威圧感も恐怖心も覚えないのか――それとも、先ほどまでのことで危機感等に不具合が起きているのか。
「……あっ」
彼女はようやく気が付いたように、スカートを持ち上げていた手を放した。膝上くらいまで見えてしまっていた彼女の脚が、スカートによって隠される。
脚を出すのがはしたない、とは言わない。しかし、スカートを持ち上げて脚を露出させるのは褒められた行為ではない。その行動は、夜職の女が、男を誘うためにするものだ。
怪我を確認するため、とはいえ、もっと他にやり方があっただろう。僕たちの見えないところでやるとか。
「すみません、つい」
恥ずかしそうに笑う彼女の表情は、先ほど、ぎこちなくラトソール語を使ったときに見せたものよりも、ずっと自然に見えた。