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思った時には手遅れ

 基本的に、平民、貴族問わず生まれた子息・令嬢を漏れることなく報告せねばならない義務がある。そして、貴族ならば貴族名鑑にも名を連ねなければならない。

 貴族の場合、家の位によっては年頃の王子の妃、もしくは王女の配偶者となる可能性もある。妾との隠し子やら、貴族ならば有り得る問題から家を守るためにもそれらの報告が必要なのだが、ナーサディアは貴族名鑑に登録されていなかった。生まれた、という事実は登録されているのに、もうひとつの肝心なものが登録されていなかった。

 恐らく侯爵家がナーサディアを完全に隠し通してしまっていればこうして発覚することはなかったのだろうが、今回は相手が悪すぎた。

 しかも、単に隠すというよりは蒼の塔に追いやられた状態で生きてきている。名目は『王太子妃の影として存在を知られてはならない』というものだが、そんなものは家の事情でしかない。貴族名鑑に載せていなければならないはずの娘が、隠し通されていたという事実は変えられない。


 ナーサディアを無事に保護したティミスは、塔で彼女に仕えていた使用人達もまとめて自国に連れて帰る旨を申し伝えたものだから、ウォーレンの重役たちは慌てふためいた。

 ハミル侯爵家の秘匿され続けていた令嬢が、あの宝石姫として覚醒し、カレアム帝国へと向かうことになるということ。そして、この令嬢がかつて少しの間噂されていた『ハミル侯爵家の化物姫』だということ。

 ナーサディアのことを蔑んだ人々は少なからずそれを覚えていたため、戦慄もした。

 幼い彼女が顔を隠して痣を見せないようにしているのに、無理矢理手を離させて痣を見せろとはやし立てたり、パーティー会場のど真ん中に引きずり出し笑いものにしてみたり。

 幼子にするには鬼畜すぎる所業の数々をやらかしており、『最近化物姫はパーティーに出てこない』『化物は討伐されたのだ』など、心無いことを言いふらし嘲笑っていた彼等が、今更後悔してもとっくに遅い。


 国からの知らせを聞いた貴族の数々は、どうにかしてこれを帝国の皇子に伝わらないよう、ハミル侯爵家に手紙を送り付けてきた。

 だが、そもそも侯爵夫妻がナーサディアを虐げてきた張本人、筆頭なのだ。

 自分たちの身の安全がどこにもないのに、他人の安全などに気を配っている場合ではなかった。


「どうしたら…良いの…」


 形の良い爪をガリガリと噛んで、今更ながらエディルは大層後悔していた。

 ベアトリーチェが王太子妃、ナーサディアがあの『宝石姫』であるというならば、これ以上ないほどの栄誉であるけれど、自分たちはナーサディアを精神的に痛めつけ続けてきた。

 そして、あの時の心底興味のなさそうな眼差しを思い出して背筋が震えた。あそこまで興味を無くされているのであれば、何を言おうと、どうやって懐柔しようともナーサディアは父母になど見向きもしない。あれほど大切にしていた双子の片割れであるベアトリーチェに対しても同様の眼差しを向けていたのだから。

 あんなに思い詰めなくても、と思ったところで、結局は夫妻の考えの幼稚さが招いた結果の自業自得だからどうにもならない。


「こんなはずではなかった…こんなことになるだなんて…」


 泣いてもどうにもならないのに、涙は溢れてくる。


「ナーサディア…!」


 痣さえ無ければ、と何度思ったことか。でも、それこそが浅はかな考えだということに至れていないから、無責任にエディルはナーサディアに『()()()()()()』と願うのだ。


 別にナーサディアは怒りを抱いていない。悲しくもない。ただ、もう、どうでも良いだけなのにそれも認めたくない思いが強すぎる。

 しかも、ベアトリーチェにも泣かれてしまった。美しく愛らしい彼女の泣く姿に、どうしようもないほどこちらも悲しくなってしまう。


 ティミスがナーサディアを連れて行った先は、恐らく滞在先の王宮。どのような話をされているのか、考えるだけで恐ろしいが、やってしまったことに対する報いは受けねばならない。そう、()()()()

 母親の役目すら求められていないとも知らず、エディルはただひたすら願っていた。







 一方、王宮ではナーサディアと共に転移してきていた塔の使用人達が、オロオロと周囲を見渡していた。塔とは比べものにならないほど広い客間。見るからに高価そうな装飾品や、誂られたでティーセットに、ふかふかとしているであろうソファー。

 カーテンもレース地のものと、分厚い生地のそれが見事なドレープになっており、1ミリのずれもないのでは、と思うほどだった。


「ナーサディア様…私たち、どうしたら…」


「あ、…っ、いきなりこんなことになって、ごめんなさい…」


「お嬢様が謝られる必要はございません。ですが、わたくしめらでよろしかったので?」


「なにが…?」


「カレアム帝国に向かう際の、側仕えの者たちです。我らには身に余る光栄ですが…その…」


「あなた達が、良いの。…私の痣を気持ち悪いとも、何とも言わず、ただの『私』の世話を焼いてくれた、あなた達が」


 ぎこちなくも、笑顔を向けてくれようとしている幼き主に、執事やメイド、料理人、掃除係の下女、数少ないこれらの使用人達は跪いて深く頭を垂れた。


「ご意志のままに、我が主」


 そんなに畏まられても困る、とナーサディアはオロオロして執事へと駆け寄る。


「…どうなされましたか、お嬢様」


「い、今まで通りにしていて…!わ、わた、し……ここ、こんなに、綺麗なお部屋に、いたことなんて、ない…!」


 ティミスと二人並んでいた時は冷静なように見えたが、どうやら今になって力が抜けてしまったらしい。

 半泣きのナーサディアの頭を優しく撫で、落ち着けるようにと軽すぎる体を優しく抱き上げ、ソファーへと下ろしてやる。


「我らがおります、お嬢様。大丈夫ですよ」


 優しく微笑んでやれば、ようやく肩の力は少しだけ抜けたようだ。こく、と頷いて足を揺らしながらナーサディアは窓の外にある月を見上げた。


「…………きれい」


 もう、着けていなくても良いのだろうと判断したから、顔半分を覆っていた仮面をそっと外す。

 それでようやく使用人達は、ナーサディアの本来の顔を見た。


 ベアトリーチェと同じ、『妖精姫』と呼ばれるほどの整った、眩い姿を、きっと忘れない。

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