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あなたは、だぁれ?

 この人は一体誰なのだろう、とナーサディアは突如やってきたティミスをまじまじと眺めていた。塔の中にずっといるせいで、というのもあるが、基本的に自国の貴族以外に会うことはないために侯爵家も、影姫として教育を施している王妃すら教えていなかったのだ。影としての生ならば、外遊など必要ない。それが、王妃や侯爵家…もといエディルの出した結論であり、ナーサディアを何があろうともここから出さない、国外なんてとんでもない、という母の本音でもあった。

 だが、今のこの状況に、ティミスを追いかけてきたベアトリーチェも、エディルも真っ青になる。

 ベアトリーチェは、王太子から自宅の塔への案内を命じられたので付き添ってこうして来ていたのだが、まさかこの場所を迷うことなく歩いてきて、真っ直ぐ片割れのいる場所まで来るなんて思ってもいなかった。


 ティミスと相対したナーサディアは、身体に染み付いたマナー教育の賜物か反射的にカーテシーを行い、辛うじて挨拶をしてはみた。だが、自国と比較して遥かに強大な帝国に対しての基本的な礼儀は、『帝国の挨拶』を返すのが正解とされている。貴族ならば知っていて当たり前のその礼儀を守れない者は容赦なく罰せられる。

 …というのがウォーレン国での常識であるのだが、ナーサディアの立ち位置から考えればそれを教えられていないのは当然のことであった。


「ようやく会えた、僕のナーサディア」


 それをしていないにも関わらず、ティミスはナーサディアへと大変機嫌よく、にこにこと微笑みかけているではないか。

 どういうことか、状況が理解できないエディルは穏やかな笑みも忘れ、忌々しげにナーサディアを睨みつける。睨まれたところで、別にナーサディアは気にしない。だが、そんなエディルを不意にティミスが振り返って静かにひたり、と見据えたのだ。


「あ、」


「問おう、侯爵夫人。そして王太子妃よ」


 微笑んでいるのに目の奥は一切笑っていない。

 それどころか、視線には憎悪がたっぷりと込められており、エディルの睨む先にいたナーサディアを庇うようにして守るようにしていた。


「何故、彼女を隠蔽した」


 言えない。

『妖精姫』とも呼ばれるベアトリーチェと同じ顔をした双子にも関わらず、醜い痣があって他の人から後ろ指をさされることが嫌でたまらず、家の恥だと思っていたので外に出したくありませんでした、なんて。

 しかもこのくだらない理由はエディルとランスターしか知らない。

 そして、ベアトリーチェは『影姫としてナーサディアが存在しているようなものだ。だから、存在を知られてはいけない。秘密だよ』と言われ続けた結果、両親のくだらない理由は知らないままであった。

 双方、ナーサディアが隠されている理由を知らない、あるいは本当の理由を知らないので弁明しようにも何も言えず、ただ時間が過ぎていく。


「言えないような理由があるのであれば、こちらもそれなりの調査をさせていただこう」


「お、お待ちください!理由はございますが、これは我が家の事情もございます…!そして、ティミス皇子殿下にはそれは関わりのない事で…」


「へぇ」


 ずしり、と部屋の中の空気が重くなった気配がした。

 どうしてティミスがここまで怒っているのか、ベアトリーチェもエディルも分からない。


「侯爵夫人はご存知かな。…この国と、我が国の盟約のようなものを。いや、盟約ではなくある一種の『契約』かもしれないけれど」


「え…?」


「我が国では宝石姫、という存在が大変重要なことは知っているね?」


「無論!存じ上げております!」


「宝石姫の覚醒の条件は長く続く歴史でもよく分かっていない。だがね、一つ彼女たちには特徴があるんだ」


 ようやく殺気や怒気をしまい込んで、ティミスはにっこりと微笑んだ。


「身体のどこかに、大きな、それも原因不明の痣があるんだよね。生まれた時から。薬を塗っても飲ませても、聖力で治療をしても消えないし小さくもならない。どうしようもないものだ」


「……は?」


「そして、ある時を境に。…まぁ、そのきっかけも何が要因なのかは分からないけれど…、痣が一気に引いて種になり、突然身体の一部に宝石を生み出すんだ。ある者は額、ある者は鎖骨、ほかには手のひら、手の甲、…色々な場所にね」


 ナーサディアはそれを聞きながら自分の手の甲をそっと押さえる。まさか、そんなはずはないと。だが、内容からするに自分がその『宝石姫』であることには間違いない。


「宝石姫の、発する魔力はとても特徴的にして強大だ。魔力の質の特徴は我が帝国の純血血統者のみにして、宝石姫の番のみが察知できるものなんだけれど、それが数年前、この国から発せられた」


 ぽん、とナーサディアの肩に手が置かれる。


「ようやく探し当てたよ。僕の姫を」


「わた、し?」


「そう」


 ティミスの瞳に宿る感情をどう表せば良いのか、ナーサディアは分からなかった。熱っぽく、そしてどこか懐かしさすら感じてしまう不思議な感覚。だがそれ以上に伝わるのは温かな雰囲気。


「僕と一緒に行こう、我が宝石姫ナーサディア・フォン・ハミル嬢」


 迷うことなく手を伸ばし、ナーサディアの手が乗るのを待っている。

 信じても良いのだろうか。

 一番最初に、家族から与えられた絶望が深すぎてナーサディアはどう判断していいものやら分からなかった。

 ちらりと横目で母やベアトリーチェを見れば、ティミスが居なければ恐らく今にも殴りかからんばかりの様子が感じ取れた。帝国がどれほどまで強大かは分からないが、王太子妃であるベアトリーチェすら蒼白になっているのであれば、今こうしてティミスといれば自分には無害だということは分かる。


「あの…えぇと、皇子、殿下」


「ティミスって呼んで?」


「ティ、ミス…さま」


「うんうん、今はそれでもいいよ!」


「先程の、『契約』とは…」


「あぁそうか!それを説明しないといけないね!」


 ごめんごめん、と笑ってティミスはナーサディアの頬を撫でる。人に触れられたことが少なすぎるナーサディアは、びくりと体を強ばらせたが、ティミスは気にしなかった。


「色々な国との契約なんだ。もし、宝石姫が生まれたら、我が国に迎え入れることを無条件で許可してほしい。その対価としてその国民が魔法を使う時、宝石姫が生み出した魔力消費を半分にする魔石を提供する、という…ね」


 魔石を渡したとしても、宝石姫から得られる恩恵は莫大なもので何一つ問題は無い。


 そこまで聞いて、エディルははっと思い当たった。

 数代前の侯爵家から、『宝石姫』が生み出されたおかげで王家からとんでもない褒賞を得たことがある、と。そして慌てて疎んでいたナーサディアに視線をやれば、長袖のドレスの袖口から見えた大きなダイヤモンド。


 つまり、彼女は紛れもなく『宝石姫』なのだ。


 ぎり、と歯噛みする。そうだと知っていれば、もっともっと早く気付いていれば大切にしてもっと完璧な淑女にしたのにと。後悔したところでとっくに遅いのだが。


「あっでもね、宝石姫を実験台にしようとかそんなのはないからね?!僕にとって世界で唯一の存在なのに、そんな馬鹿みたいなことはしないよ!!」


 慌てて言うティミスの勢いに押され、こくこくと頷くナーサディア。

 それを見て安心したように微笑んでから改めてエディルとベアトリーチェに向き直った。



 ――ティミスのその目からは、一切の温かさが消えていた。

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