焦り
魔法大国カレアム帝国。正妃と側妃、合わせて子は皇子が四人、皇女が五人いる。正妃の第一子が皇位継承権は優遇されるが、実力、健康さ、人柄、色々なものを総合して考えられている。皇太子として現在は第一皇子が、彼を支える存在として帝国内の公爵家令嬢が皇太子妃になり、既に隣に立ち支え合っている。
その帝国の第三皇子、ティミス・イルグレッド・ルイ・フォン・カレアムはある理由があってウォーレン国へとやってきていた。
一つは王太子と王太子妃への祝い物を送るため、表向きの最大の理由はこれ。もう一つの理由がティミスの本命だった。
もう一つの最大の理由は、ティミスの唯一でもある『宝石姫』と呼ばれる存在を探すこと。魔力の反応は既に検知出来ており、今代は皇太子を始めとして第二皇子、続いて第三皇子にも『宝石姫』が現れた!とカレアム帝国では大騒ぎになっていた。なお、皇子だけでなく、皇女に対しても『宝石姫』は存在する。
魔法大国という二つ名を持つ帝国の王宮内に存在すると言われている魔法石。地、水、火、風、光、闇、全ての属性の力を湛え、帝国民はこれのおかげで一人一人の特性にあった魔法を、他国と比較してより少ない魔力で効率的に行使できる。魔法石の基盤を支える存在とも言うべきが、『宝石姫』。それぞれの属性に合った石を身に宿している。火ならばルビー、水はアクアマリン、地はトパーズ、風はエメラルド。闇はアメジスト、そして光はダイヤモンド。
一つの属性に一人の姫。全員揃うことは極めて稀だと言われ、もしも揃うことがあれば紛うことなき『奇跡』なのだ。一人いるだけでも奇跡と言われる存在が、今代は三人も居る。もしかして、残りの宝石姫もいるのではないかと、カレアム帝国では民が沸き立っていたが、まずはウォーレンで感知できた姫を迎えねば、ということでティミスがやってきたのだ。
だいたいの場所は把握していたけれど、大まかに『ウォーレンに存在する』というところまでしかできていなかった。そのため、祝いの席にかこつけてやってきたティミスは、くまなく魔力探知を行った。
そうして見つけた反応は、何故か二つ。
一つは王宮内。もう一つがナーサディアのいる塔の場所。だが、王宮内の反応はとても弱かった。もしかして、物凄く小さな欠片を宿した宝石姫がいるのでは?と側近に言われ、念の為にと謁見した相手がベアトリーチェだった。
王太子と王太子妃の祝いに来たのだから、表向きの理由を話して謁見は叶った、のだが。
「違う」
挨拶を済ませながら、ついポロリと零れ落ちた言葉に、ベアトリーチェは困惑した。何が違うというのかはよく分からないが、何となく嫌な雰囲気を持っていたからだ。祝いの言葉を述べてくれているのに、その言葉は上辺だけでするすると滑るような感覚に襲われた。
キョロキョロと辺りを見渡したティミスは表面上穏やかな笑みを浮かべたまま、並び座る二人にこう問い掛けた。
「一つ質問してもよろしいでしょうか。…ここから…ええと、大体この辺りにある場所、そう、ここだ!」
ティミスが手を出し、空中にウォーレンの王宮周辺の地図を投影する。次いで、ある場所を点で示してにこやかなまま続けた。
「ここ、少し調べても良いでしょうか?場所から察するに…恐らくどなたか、貴族の邸宅だとは思いますが」
「ティミス皇子殿下、何故そのような必要が?」
「不思議な魔力反応を見つけてしまったのです。もしかしたら、何か学術的に貴重な発見かもしれない。我が国が魔法大国だと言われているのはご存知かと思いますが、どうにもそういった反応を感知してしまうと確認したくなり…」
「あぁ、なるほど。確かあの場所は王太子妃の実家のあたりです。そうだよね、ベアトリーチェ?」
「(あれは…っ、あそこは…)」
点が示す位置は、紛れもなくナーサディアがいる『塔』。
顔色を青くしてガタガタと震え出すベアトリーチェに、王太子であるウォリアーは心配そうに己の妃の手を握った。
「ベアトリーチェ?体調が悪い?」
「え、っ…あ、いや、大丈夫、ですわ…」
はっ、と我に返り慌ててほほ笑みを浮かべる。
だが、ナーサディアの存在は知られてはいけない。両親が、ベアトリーチェが、必死に隠しているのだ。
ベアトリーチェの影として生かされている彼女の存在が公になると、色々と不便なことが起きてしまう。
ほぼ幽閉同然に塔に閉じ込め、7歳からほとんど外に出されていない。家の敷地内なら、僅かな時間出たことはあるが、社交界には一切出していないのだ。双子であることを覚えている者は、もうほとんどいない。
これからもそうしていくつもりだったのに。
「ティミス皇子殿下、恐れながら…そちらの地図に記されております場所は、わたくしの家でございます。ですが、何もございません。わざわざ訪れずとも、わたくしが確認をいたしますよ?」
優美な笑みで柔らかく提案してみたが、ティミスの底冷えするような視線に一瞬貫かれ、ベアトリーチェの体がぎくりと強ばった。
「失礼ながら、王太子妃殿下には感知できぬ種類の魔力かもしれませんね。だから、わたしが確認をきちんとしたいんだ」
言い知れぬ圧を感じ、かろうじて『それは、失礼しました』と謝罪の言葉を口にできたのだが、せめてそれならばウォリアーに知られてはいけない。己と同じ顔をした、顔半分アザで覆われたあの子を、見せる訳にはいかないと、必死に思考をフル回転させた。
「…でしたらわたくしがご案内いたしますわ。王太子妃として、そして我が家の場所への案内係として、わたくしほど適任はおりませんもの」
到着までに、ナーサディアを隠してしまえば良い。
そう、思っていたのに…。
じわりじわりと押し寄せてくるざまぁの気配(書いてて楽しいのです)