これからはあなたと一緒【後編】
空にかかる虹を見ていた人たちは、少ししてはっと我に返る。
水の加護を得ているティティールは、この日のためにファリミエと準備に準備を重ねていた。
どうか成功しますように、と思いながら。そして、きっとナーサディアのことだから、光の精霊たちからの祝福を送るだろうと予測していたのが見事的中したのだ。
「うふふ、予想的中ですわ!光の精霊たちは、必ずこうする、って思いましたの!」
「ティティ…。それに、ファリミエ姉様も…」
「ナーサディア、おめでとう。ティミスと幸せに…とは言っても、貴女はわたくしたちの可愛い妹であり姉、そして、家族なんですからね」
穏やかな笑みで、ファリミエは言う。
ぽかんとしているナーサディアに近寄って、そっと手を取り、力を込めすぎないように。けれど、しっかりと握る。
「いつでも遊びにいらしてね。…ティミスも、よ。皇族としての生き方は捨てるとはいえ、家族としての絆は捨てないのだから」
「姉様…っ」
じわ、とナーサディアの目に涙が浮かんでくる。
「まぁ、泣いてはいけないわナーサディア。せっかくの幸せな時間なのよ。…さ、笑っていてちょうだい?わたくしの可愛い妹。そして、愛しき妹姫」
「姉様、お幸せに!遊びに行くときは、姉様の大好きなチョコレートケーキをお持ちしますわ!」
「…っ、うん…。うん…!」
何度も、涙を零しながら、けれど幸せそうにくしゃくしゃの顔で何とか笑って見せるナーサディア。勿論、ティミスは彼女に寄り添い、優しく頭を撫でている。
「ナーサディア、いっぱい幸せになろうね」
「……うん…!」
泣いているけれど、それが嬉しさからくる微笑みだと分かると、精霊たちはナーサディアを慰めるように周りをくるくると飛ぶ。
色々な人に祝福され、ナーサディアは心から笑う。
そして、ティミスにも最大限の感謝と愛情を伝える。
見つけてくれてありがとう。あの国から、家から、大好きな使用人の皆と一緒に連れ出してくれて、ありがとう。ナーサディアが何よりも伝えたい、『愛してくれてありがとう』も勿論伝える。
そうすると、普段はあまり照れないティミスも、顔を真っ赤にしてしまう。
自分だけが、ティミスのこの表情を引き出せるのだと、そう思うとナーサディアはとても嬉しく思える。
皆へのお披露目が終わっても、帝国全土を包んでいる祝福の空気は途切れることはない。
これから数日かけて、ナーサディアとティミスの結婚を祝うための様々なイベントがあちこちで行われるのだ。
露店が出たり、街のあちこちを花で飾ったり。費用に関しては皇宮が全て受け持つという太っ腹ぶり。
何せ、滅多に現れない宝石姫は今代は三人もいる。しかもティミスはトントン拍子に結婚までしたし、ここから先も幸せに暮らすであろうことは、式の様子や普段の様子を見ていれば一目瞭然。
『幸せに暮らしました、めでたしめでたし』という物語の終わりが、ナーサディアは大嫌いだった。
どうして、幸せになれるという保証があるというのか。物語が終わった後、もしも他国であれば言語も分からないままだろうに…と、塔の部屋の中にあった童話や物語を読みながらずっと考えていいたのだ。
でも、今なら分かるかもしれない。
「幸せ、だなぁ」
嬉しそうに微笑んで呟いたナーサディアの体を、ティミスはぎゅっと抱き締める。
「これからも、だよ」
「二人で?」
「しばらくは、ね」
「…あ」
意味が分かり、ナーサディアは顔を真っ赤にする。それも可愛くて、ティミスは満面の笑みで応える。
そう、これからは二人で未来を紡いでいくのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「かーさまー!!」
「シャロン、そんなに急ぐと転びますよ」
「だいじょ、ぶ、んぇぁ!」
ぺしゃ、とその場で転んでしまったシャロンを助けるためにナーサディアは慌てて駆け寄る。
「だから言ったのに…。あらシャロン、泣いちゃだめよ。立つところをお母様に見せてくれる?」
「ぅ~…」
転んですぐに、がばりと顔を上げたシャロンは芝生がついていたりもしたけれど、泣きそうになるのを必死に我慢してぐぐぐ、と手に力を込めて立ち上がる。
ドレスについた土などを払って、泣きたいのを必死に我慢してナーサディアを見上げてきた。
「偉いわね、シャロン。さ、いらっしゃい」
両腕を広げてやると、転んで痛いのかよちよちと歩いてきて、ナーサディアにしっかりしがみつく。
「かぁさまぁ…」
「頑張ったわ。お父様にも『シャロンは転んじゃったけど、立派なレディだったから泣かなかったよ』ってお伝えしましょうね」
「…ん」
こく、と頷いてぎゅうぎゅうとナーサディアに抱き着いてくるシャロン。
今年四歳になるその子は、ナーサディアとティミスの子。特にティミスは親馬鹿っぷりを思う存分発揮し、娘を溺愛している一人だ。
レイノルドもまだまだ元気で、ひ孫を思う存分甘やかしにきている。ティティールやファリミエという宝石姫。彼女らの身内をはじめとした皇族の面々にも愛されている、ナーサディアのとても大切な子。
「…あら…」
「かーさま…おでこ、なんか、へんなかんじ」
「何だか、膨れているわね…。もしかして、たんこぶ?」
「いたくない」
ふるふると首を振っているシャロンの額をじっと見つめ、問題の箇所にそっと触れる。
痛みは感じないということなので、きっとすぐ小さくなるだろうとは思うが、ナーサディアはふとある思いがよぎっていく。
「まさか、ね」
「かーさま?」
「大丈夫よ。さ、お母様と一緒にお父様をお出迎えしましょうね」
「はぁい!」
シャロンは元気いっぱいに返事をする。
そんな娘に柔らかく微笑みかけて、シャロンを抱き上げたままでナーサディアは帰宅するであろうティミスの出迎えに向かったのであった。
「…で、シャロンの額になんか…こう、できもの?がある、と」
「うん。ティミスも見たでしょう?」
「…まさか、ね」
「…まさか、だよね?」
二人は思わず顔を見合わせる。
自分達の予想が当たっていればとんでもない騒ぎになると思いながら。
でも、何があろうともシャロンは守ってみせる。そうであったとしても、ナーサディアの母だった人のように言葉や物理的な暴力をふるったりもしない。
もしも、そうであれば、皇宮がまたとんでもない騒ぎになるだろうと予測はつくが、不幸などではない。
ティミスからも、ナーサディアからも愛されている。
きっと、もっと、幸せになるのは間違いないのだ。だって、自分たちもそうだけれど、たっぷりの愛情で育てられていくのだから。
「…そうだとしても、私が守るわ。大好きよ、愛しいシャロン」
「娘だけ?」
「ティミスのことが大好きで愛しいのは、あなたに見つけてもらえた時から今までずっとよ。…愛してる、ティミス」
そう言って、ナーサディアはとても綺麗に微笑んだ。
明日も、明後日も皆で笑いあって、幸せになっていく未来を思い描きながら、小声で話していたティミスとナーサディアは、左右から眠るシャロンの頬に口付けたのである。
これにて、宝石姫となったナーサディアの物語は完結です。
長い間、応援していただきましてありがとうございました!
コミカライズ、更には書籍化も決定しており、改めて告知等するかと思いますが是非よろしくお願いします。
本編はこれにて終了ですが、番外編なんかもちょくちょく投稿するかと思われますので、その時はどうぞよろしくお願いいたします!!