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未来へと

 ベアトリーチェとアルシャークが帰国の途についたという報告を受け、カレアム帝国の皇族はどこかほっとしたような、ようやく終われることができたというような安堵の気持ちでいっぱいだった。

 一旦この場は解散とする、という皇帝の言葉をうけ、謁見の間から出た早々、まずティティールが身に着けていたヴェールを取り外した。


「…本当に、ディア姉様と同じお顔でしたわね」


 ぽつりと零された言葉に、ナーサディアは少しだけ苦い表情を浮かべて同じようにヴェールを外した。


「一卵性双生児だから。…わたくしも、前はベアトリーチェのような髪と目の色だったのよ?」


「…ふぅん」


 どこか拗ねたような、それでいて面白くなさそうな表情。普段ならばこういった顔はあまりしないのに、とナーサディアはひょいとティティールを覗き込んだ。


「ティティール?」


「私、あの人やっぱり嫌いですわ」


「…ティティ」


「愛されるだけ愛されて、ディア姉様に対しての執着も気持ち悪いし嫌な感じ!」


「こぉら、ティティール」


 ファリミエが咎めるような口調で言い、二人と同じようにヴェールを取り外してから小さくため息を吐いた。


「貴女の気持ちも分かるけれど、ベアトリーチェ妃はナーサディアのたった一人の姉妹なんですからね。あまり悪く言うものではなくてよ」


「…そう、だけど」


 まだ年若いとはいえ、ティティールも皇族の一員であり宝石姫。

 我慢ならないとはいえ、正直に口に出しすぎるのは良くない。ファリミエは少しだけきつい口調で窘めるが、ティティールはあまり納得していないようだった。

 ナーサディアの過去を知っているから、ということもあるが、自分以外を気にかけて、とても優しくて芯の強い、姉となってくれた人を間接的にとはいえ虐げていた人、という思いしか持てなかったらしい。だから、どうしても我慢ならなかったようだ。


「まぁ…わたくしもティティの気持ちは分かるけど…」


「ファリ姉様?」


「わたくしの可愛い妹姫。大切な宝石姫としての仲間でもある。それを抜きにしても、ナーサディアはもう少しでわたくしの義妹になるの。大切じゃないわけないし、間接的に虐待をしていると聞いていたから…さっきは本当に必死だったんだから」


 自分を律することに、と続けるファリミエ。

 彼女自身、カレアム帝国の貴族であると同時にアトルシャンの婚約者。更には宝石姫の役割もきちんとこなしているのだから、淑女として感情を出しすぎないようにということは日々心掛けているのだが、今回は難易度が高かったらしい。

 ファリミエ曰く、『ナーサディアが顔を隠すこと、そして言葉を発することなく無言でいようと提案してくれたおかげで何とかなった』そうだが、それはナーサディアもそうだった。

 ナーサディアに執着していない、まるで昔に戻ったようなベアトリーチェの姿。やはり記憶を消して良かったのだと、そう実感できた。


「…不謹慎かもしれませんが、こうやってファリミエ姉様やティティールに大切にされているんだな、って思えるの、嬉しいです」


「まぁ」


「ディア姉様、でも本当に顔を見せないままのお見送りで良かったの?」


「ええ。もうわたくしとベアトリーチェ(あのこ)は関係のない者同士なんです。たとえ血が繋がっていようと、わたくしはここで生きていくことを決めた。…あの国にいる親は、もう必要ない」


 優しい声音ながらもはっきりと言い切ったナーサディア。

 声を出さないように、そして、姿も見せない状態での見送り。最後に自分の双子だった人を見送って、これで最後だというけじめをつけたかった。

 ヴェールを手にしたまま三人は並んで歩き、ぽつりぽつりとナーサディアが自分の心の内を零していく。


「本当に…大切な人だったんです。…捻じ曲げてしまった一番の原因はお母様で、あの子は悪くない。…そう、思いたかった」


「ナーサディア…」


「でも、駄目でした」


 あはは、と乾いた笑い声の後、どこか苦しさを伴った表情でナーサディアは続ける。


「取り返しのつかないところまで、捻じ曲がって、こちらの声は届かなくなっていた。だから…もう…駄目だな、って思いました」


 決定的だったのは、ナーサディアの手の甲についている宝石を気持ち悪いものと言いきられたあの瞬間。ギリギリまで、己の片割れを信じたい気持ちがあったからどうにかしたいという感情があった。

 それを木っ端微塵に壊したのは他でもないベアトリーチェ自身。


「ティミスに対しても酷い暴言を吐き出したあの子を、許すことなんて、できなかった」


 だから、捨てました。

 そう続けたナーサディアが泣きそうな顔をしていて、ティティールとファリミエはそっと距離を詰めて寄り添うようにしながら歩みを進める。


「わたくし達がいるわ、ナーサディア」


「そうよ。ディア姉様! これからは、うーんと、幸せにならないといけないんだから!」


 力いっぱい慰めてくれるティティールが可愛くて、そして、優しい言葉ながらも力強さが込められたファリミエの声音。

 全てがナーサディアを慰めるためだけのもので、ナーサディアを想ってかけられる言葉。

 血が繋がっていなくとも、家族にはなれる。

 それが、改めて実現されたんだな、と思える瞬間だった。


「姫達は、このまま三人でお茶会かな?」


 そして、また別の優しい声音。

 あ、とティティールの顔が輝いて、声の主の方へとかけていく。


「お父様!」


「やぁ、わたしの可愛いティティ。さっきはよく耐えたね、偉かったよ」


 目一杯の愛情を注ぎ、娘としてずっと愛することを選んだ、ティティールの番である皇太子ウィリアム。そして彼の妻である皇太子妃ディアーナ。二人が揃ってティティールを迎えにやってきた。


「皇太子殿下、皇太子妃殿下」


 ナーサディアとファリミエは、揃ってウィリアムとディアーナに対して礼を取る。


「二人とも、顔を上げてくれ」


「そうよ。ティティもだけれど…ナーサディア、…本当に頑張ったわね」


 ディアーナからも労りの言葉を貰い、くすぐったいような不思議な感覚に襲われるナーサディアだったが、隣に立っているファリミエにより背中に手を添えられ、そのままそっと支えられた。


「…皆様が、いてくれたから頑張れました」


 嘘偽りない本音。

 来たばかりの頃は、こんなにも真っ直ぐにこちらを見ることはなかったナーサディアが、強い意志で、しっかりとした心で、こうして言葉を紡いでいる。

 あの頃のようにつっかえながら話すことも無くなった。


「最初にティティールが、『血は繋がっていなくても家族になれる』そう言ってくれたから、…何より…ティミスが、わたくしをしっかりと支えてくれて、傍に居てくれたから…ここまでやれたんです」


 先程の泣きそうな雰囲気は消え去り、ナーサディアは美しく微笑んだ。

 王宮の廊下の窓から陽の光が差し込み、その場に降り注ぐ。

 宝石姫達を、その場にいる皇族を照らす、穏やかな温かい光が、場を包み込んでいた。


「ティミスがあの日、宝石姫を迎えに行く!と騒ぎ出した時はどうしたものかと思ったが…貴女で良かった」


 ウィリアムは懐かしそうに目を細め、真っ直ぐナーサディアを見つめてそう言った。


「それまでのティミスは、確かに皇族としての務めもきちんと果たしてはいた。だが、どこか物足りなさそうだったんだ。それが、君を迎え入れたことで途端に活気づいた…とでも言おうか。ありがとう、ナーサディア」


「そ、え、あの、そんな、私、何もしてないです!!」


 腰を折り、深くお辞儀をするウィリアムにさすがに慌て、オロオロとした様子でナーサディアは勢いよく手をぶんぶんと振る。

 あわあわとしているナーサディアだったが、聞こえてきた駆け足の音と、馴染みのある気配にふと動きを止めてそちらに視線をやった。


「ナーサディア!」


「ティミス…!」


 ようやく追いつけたー!と喜んでいるティミスと、彼と共にやってきたアトルシャン。

 駆けてきた勢いのままにナーサディアをぎゅうっと抱き締めるティミスに、どこまでも変わらないな…と呆れたような、微笑ましいような、何とも複雑な感情で弟を見つめるウィリアムとアトルシャンだったが、抱き締められている当の本人が嬉しそうに微笑んでいるのでそのままにしておいてやりたい気持ちもあったのだが、如何せん場所が場所。


「ティミス、ナーサディア、廊下だからね。今は離れなさい」


 笑いながらファリミエが注意をすると、素直にナーサディアが離れようとするも、ティミスがナーサディアの体をこれでもかとがっちりホールドして離そうとはしていなかった。


「ティミス…いけませんよ。場を弁えなさいな」


 はぁ、と大きくため息を吐きながらディアーナが窘めると、ようやく、それも渋々といった様子で体は離した。


「…はぁい」


「ティミス兄様、おいくつかしらー」


「ナーサディアのことが大好きだからね、仕方ない」


「兄様、子供みたい」


「まだまだ子供のティティには言われたくないなー?」


「だって本当だもの!」


 あはは、と朗らかな笑い声が響く。

 体を離しはしたが、ナーサディアの手を、ティミスは何でもないように、当たり前のようにぎゅうっと握ってくれていた。するりと指同士を絡めるように、しっかりと繋がれる手。

 それが泣きたいくらいに嬉しくて、ナーサディアは微笑みかける。

 もうすぐ、ティミスとの結婚式も控えているのだ。



 ──ようやく、長い呪縛から解き放たれたような、そんな気持ちだった。


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