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弟子という名の何か

 愚かなり、と。心の中でレイノルドは呟いた。

 何も変わらない、変わろうとしない。変わることなど出来はしない。

 レイノルドは結界内に閉じ込められたまま浮遊の魔術で運ばれつつ、内部で罵声を吐き出し続けるサルフィリを冷たく一瞥した。

 どうやったって破壊できない結界に、サルフィリはまるで鬼のような形相で内部からバンバンと叩いているが、ここまで阿呆だったのだろうか、と改めて思ってしまう。

 少し考えれば分かるだろうに、と内心レイノルドは思いながら、先導して案内してくれるカレアム帝国の魔導師団について歩いていく。


 其処は、王宮の地下通路。

 何かあった時のためにと、通路全体を魔術を使えなくするための特殊素材で覆い尽くしている上に、ある一定の方法でないと魔術を練り上げるための魔力を何もかもを全て、綺麗に遮断する素材で作られている地下道を、レイノルドを始めとした魔術師団の彼らは歩いている。

 結界内で騒ぐサルフィリなど、誰も気にしない。

 それがただ腹立たしくて、サルフィリは更に声を張りあげようと息を吸ったその時だった。


「喚くな」


 ただ、レイノルドのその一言。

 それだけで、サルフィリが閉じ込められている結界内をレイノルドが放った電撃が走った。


「ぁぎ、っ…!!」


「…ほざくな、かつての弟子だった者よ」


「が……っ、………ぁ……が……」


 死なない程度に弱めているとはいえ、そこそこの威力の電撃は筋肉を収縮させ、びくりびくりと痙攣を引き起こした。

 痛みも伴い、まるでそれは拷問に等しいもので、サルフィリは痛みに襲われながらも『どうして』と心の中で泣き叫ぶ。

 だって、こんなことあってはならない。サルフィリはレイノルド唯一の弟子にして、優秀な魔術師なのだ。

 彼女は疑うことなくそれだけをずっと信じていたのに、レイノルドのこの仕打ちは何だというのか?と、薄れそうな意識を必死につなぎ止めながら心の内で問いかけるが、答えなど返ってくるはずもない。


「れ、れ…ぃ…の、……さ、ま」


 弱々しくレイノルドを呼ぶ声にも反応は示さない。

 サルフィリがやろうとしていたのは、ナーサディアを始めとしたこのカレアム帝国皇族に対しての虐殺。()()()()()()()()鹿()()()()()と感じ続けていたサルフィリの逆恨みが、馬鹿げた行為を思いつかせた。

 彼女ごときに出来るはずもないのだが、夢を見るくらいなら自由にしてやろうとだけ、レイノルドは思っていた。

 まずもって、カレアム帝国の民は平民ですら、魔力運用能力が相当高い。周辺諸国と比較した場合、差が顕著に現れてくる。

 更に、帝国周辺は魔導師部隊が日々結界石に魔力を充電することで、結界の強度を衰えさせることはない。絶対に。彼らは帝国民、そして彼らの主である皇族を守る義務があるのだから。

 転移魔法を使い、結界内に侵入しようとしてくる輩も勿論存在するのだが、転移先内部からの受け入れ魔術が展開されない限りは結界の強制突破しか内部に入る手段はない。

 普通に陸路で、あるいは水路を使用してやってくる場合はそれに該当しない。きちんとした手続きを以てして許可証を持った上で入国するのは当たり前のこと、ただ、それだけ。

 サルフィリの魔力は確かに高い。だが、レイノルド曰く『魔力が高いものの本人のコントロールはあくまで平凡』とのこと。優秀な能力を持ち得ているのに、使い方を知らなければそこで成長も止まる。

 だからこそ、サルフィリの両親は魔術の師の元で彼女を少しでも成長させようとした。レイノルドが師として選ばれたのは本当に()()()()だった。

 だが、幸運すぎる偶然が重なり続けた結果として、サルフィリの思考回路は捻くれてしまった。

 自分は選ばれた存在であるのだと、だから大魔導師であるレイノルドの弟子に選ばれた…否、レイノルド自ら乞うて弟子になったのだ、と。そんなわけがないと考えればすぐに分かるのだが、サルフィリの思考回路はそうならなかったのだ。

 レイノルドは彼女の思考を少しでもまともなものにしようと努力はしていた、が。指導される側が受け入れなければ何も変わりはしない。

 ずっとずっと、言い続けていたのに、だ。


 しかもサルフィリはナーサディアやベアトリーチェ、ハミル侯爵家に関する報告書を、わざとレイノルドへと渡さなかった。これこそが、ナーサディアが虐待を受けることになった、まず第一の要因である。


 結果、サルフィリは全てを失った。


 レイノルドの弟子の地位も、ナーサディアがかけてくれたほんの僅かな温情も、あわよくば助かるかもしれなかった可能性のベアトリーチェお抱え魔導師になるという些細な希望ですら、自ら全てを放棄した。


 己の身内に対して振るわれる言葉と物理的な暴力を、誰が許したいと思うのだろうか。


 加えて、レイノルドが対応していれば防げていたであろうナーサディアへの虐待の数々。何度も何度も、繰り返しナーサディアへと謝ったが、レイノルドの気持ちはしばらく収まらなかった。

 大魔導師たる祖父が、こんなにも気にしてしまうなんて、とナーサディアは思ったけれど、こうして『今』側にいてくれているのであれば何も寂しくはない。そう伝えるとレイノルドは感謝の気持ちとナーサディアの強くなった心に打たれて更に涙を零してしまったのだ。


 だからこそ、これからは全てを投げ打ってでも守り通すと決めた。

 誰にも邪魔はさせないし、遠慮などしてやらないと思いながら長く続く廊下をひたすら歩き続ける。

 かれこれ十数分は歩いていただろうか。ようやく着いたその場所は、白一色。結界から投げ捨てられるようにして、サルフィリは放り出された。


「……?」


 ここは、と言いたかったが、まだ口も体もがうまく動かせないサルフィリは視線だけで周囲を確認する。

 レイノルドと、彼の後ろに控えている魔導師団。どけ、邪魔だと心の中で毒づくが誰にも声は届きはしない。魔導師団から向けられる侮蔑の混ざった視線には、遠慮なくこちらも鋭い眼差しを返してやったが、更に冷たく侮蔑を含んだ眼差しを向けているレイノルドを見てしまうと、それだけでサルフィリの目に涙が浮かぶ。

 今までそんな目は向けられたことがない。私は弟子なのに、と言おうとしてふと気付いた。


「…ぶろ、ち…、な…ぃ…」


 途切れがちに発せられた言葉に、レイノルドは『ん?』と首を傾げるがすぐに理解したようで笑い出した。


「祖国などもうとうの昔に捨てた。その国の大魔導師の印なぞ、不要である」


「そ、…な…」


 改めて聞かされ、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 別にサルフィリが泣こうが喚こうが、もう覆らない過去でしかない。レイノルドはあまりにあっさりと『ウォーレン王国の大魔導師』の地位を捨てた。

 それは、大切な家族のため。あの時守れなかった大切な家族を、害為す者から守ろうと、レイノルドは己に誓ったのだ。ナーサディアが、辛い思いをしないように、そして何かあった時に頼れる大人の存在を増やすために。


「何故お前がショックを受ける?」


「おし、し…っ、…れ、れいの、る、ど、さま」


 縋るように、少しずつ痺れの取れてきた体で手を伸ばすが、レイノルドは躊躇することなく拒絶した。


「寄るな」


「なんで」


 思ったよりはっきりと出た声にサルフィリは驚きながらも、拒絶されたことに対しては更に驚いた。


「お前が儂にこだわり続けるのは、『大魔導師唯一の弟子』の名が欲しいだけだからだ」


「……っ」


 図星を突かれ、サルフィリは目を見開く。


「だから、お前は駄目なのだ」


 レイノルドは、手をかざす。

 そこに収束されていく、光の筋。細い棒のような形状から、みるみるうちに成長し、やがて槍のような形状へと変化した。


「野放しにした、儂の過ちだ。そして」


 躊躇することなく、光の槍を頭上へと掲げる。


「お前を信じた儂が、最も阿呆であった」


 そこに居たのは、冷酷無比と名高い『大魔導師レイノルド・フォン・ハミル』。

 一切の迷いもなく、もう少しで動ける状態になるともがいていた

 サルフィリの胸元へと突き落とした。


「……!」


「では。さらばだ。弟子だった者よ」


 誰も、止めなかったのだ。サルフィリにトドメを刺したレイノルドを。

 心のどこかで、カレアム帝国の魔導師団が止めてくれるのだと高を括っていた。かつてのあなたの弟子でしょう!とか、何かしら反応すると思っていたが、誰も、何も発しなかったし、ただ『見ているだけ』だったのだ。

 カレアムの魔導師団は、万が一の時のための連絡役としてそこに居たにすぎない。

 全員が人形のように無機質な表情で、ただサルフィリを眺めている()()の行為があまりに恐ろしかった。

 お前に味方は居ないのだ、と最後まで突きつけられているような感覚に襲われたサルフィリの体を、あまりに呆気なく光の槍が貫く。痛みが襲い、とめどなく血が溢れ出してくるがそれでも全員微動だにしない。


「…な、…んで」


 ごぷ、と口から血が溢れた。会話しようとしても痛みで頭が回らない。

 痛い、熱い、辛い、苦しい。

 あまりに様々な思考が巡り、サルフィリはもうどうして良いのか分からない。助けてほしくて手を伸ばしてもレイノルドは冷たく見ているだけ。

 そうか、自分で治癒魔法をかければもっと早く動けるようになったのだと思って手を動かそうとしたが、それも叶わなかった。


「……ぁ、っ!」


 サルフィリが行動するタイミングで、両の掌が細めの光の槍で地面に縫い付けられる。

 上から見るとまるで磔にされているような状態で、傷口からはとめどなく血が溢れてくる。痛みに思考が回らずに何も魔法が発動できない。

 ()()()()()()()()()()()訓練は受けていたはずなのに、実地で何の役にも立たなかったな、と。そう思ったのはレイノルド。

 それだけショックが大きかったのかと思う反面、やはりコイツでは駄目だったし己の見る目の無さを痛感した。


「レイノルド様…」


「かまうな。あれはどうせあのまま死ぬ。儂がやらずとも…恐らくいや、間違いなくティミス殿下が殺している」


「それは、その…」


「せめてもの情けじゃ」


 サルフィリやベアトリーチェに対しての怒りの大きさが最も大きかったのは、他の誰でもなくティミスだ。ナーサディアはまだ諦めという感情でしかなかったのだが、そのナーサディアを一番大切に思っているのは他ならないティミス。

 サルフィリの処分については弟子の不始末として自分が引き受けると言ったから、こうしてレイノルドの手によって終わった。


「体が動かないように電撃でダメージを与えたというのは分かりますが、これではナーサディア姫様が受けた心の傷を考えるとあまりにも…その、大きすぎる慈悲では?」


「そうか?」


 はて、と目を丸くしているレイノルドを見て、魔導師団のメンバーは顔を見合わせる。

 てっきり彼らの壮絶な魔法戦があるのではと思い、その場にいる全員が防御魔法の準備など様々対処しようとしていたのだ。


「…そうか、お前たちにはそのように見えていたか」


 軽く笑いすら零しながら話していたレイノルドの表情が一瞬にして無になる。


「五月蠅いじゃろう?」


「え」


「ぎゃあぎゃあ叫ばれのたうち回られて、血でも飛んできては洗浄魔法の手間が増えてしまうではないか」


 その目から、表情から、一切の恩情は感じられなかった。


「なるべくならば声も聴きたくないし会話もしたくない、顔も見たくなかったが…」


 魔導師団の一人が、そっと視線だけをサルフィリに向ける。


「可愛い孫と、その婿殿を害そうなどと考える阿呆に対して何故、真摯に向き合う必要がある?」


 彼女の目が最後に宿したのは、まさに『絶望』。


「何度か結界内に不法侵入しようとしたときに、焼き殺してやった方が良かったな、こうなっては」


 ゆっくりと、レイノルドがサルフィリへと再度、向き直った。

 薄れていく意識の中で、せめて最後だけは師であった人の笑顔を見たかったに違いないが、レイノルドの目はどこまでも冷たいままだった。


「これを弟子に受け入れたことが、儂の人生最大の失敗じゃ」


 こふ、と咳き込んで口から血が少しだけ飛んだ。

 サルフィリの視界が、闇に染まっていき、体から完全に力が抜ける。最後に見た光景はサルフィリが望んだものではなく、見たくないものばかりで、悲しみと絶望に包まれたまま、失意の中で息絶えた。


「……」


 レイノルドは、決して人に対して厳しくはない。当たり前だが、自分の大切なものに対して危害を加えようとしたものに対しては、とことんまで遠慮しない。

 彼がサルフィリへとかけた最後の優しさはかつての師によって最期を迎えさせられるということだけだが、同時にレイノルド自身の不始末をするためだけのものだった。


 それを知る者は、今ここにいる魔導師団のメンバー数人と、レイノルド。そして、ティミスだけである。

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