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 手の甲にダイヤモンド(ナーサディアはダイヤモンドだとは信じたくない)が宿り、双子の片割れと同時に行われる王太子妃教育を受け始めて、もう5年が経過していた。ベアトリーチェは正式に王太子の婚約者となり、王太子妃となった。無論、ナーサディアも同じような扱いを受けていた。教育という意味で。

 塔からは変わらず出られることはなく、ただ毎日王太子妃教育をするための教育係が王宮から派遣されてくるだけ。日々学問を修め、マナー等ありとあらゆる物を身につけるだけの無作為な日々を過ごしていた。教育係は皆、箝口令でも敷かれているのだろう。ナーサディアがどうしてこのような扱いをされているのか、何となく察していても聞くことはなく、騒ぎになるようなこともなかった。ただ、この日々を過ごすだけ。


 侯爵夫妻は思い出したようにやってくるが、顔の痣を隠す魔術を使役するのが段々面倒になったナーサディアが顔の半分を覆う仮面を着けるようになってからは、さらにやってくる頻度は減った。


 塔に遊びに来ると話していたベアトリーチェも、遊びになど来なかった。

 来たとしても、今の自分がいかに忙しく、そして国の貴族令嬢の見本にならねばならないかを自慢するような話ばかり。

 無邪気なだけの子供ではなくなってしまったのだから、立場も考え方も変わってしまうのは仕方の無いことだとは理解しているつもりだった。10歳にも満たなかったあの日、離れるのが嫌だと二人で抱き合って泣きじゃくったあれは、もうベアトリーチェの中では単なる『良き思い出』でしかないようだ。


 髪の色を変えることも、瞳の色を変えることもすっかり慣れてしまったけれど、最近ナーサディアは思っていることがある。己の髪は、己の瞳は、元々()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。しっくりきすぎているのだ、鏡を見れば見るほど。手の甲にあるダイヤモンドも、驚く程に馴染んでしまっている。


(わたしは、何なのだろう)


 正直、分からなくなっていた。


 顔のアザが原因で両親からは疎まれ、大切に大切にしてきていた双子の片割れも今や遠い存在。きっともうこの塔からは出られないまま、万が一に備えて生かされ続けるだけの人生。果たして、それは生きていると言えるのか。いや、生きてはいる。何の楽しみもないまま、無駄な生を、ただただ続けなければならない。

 ある程度経てば、両親はここから出してくれるのではないかという淡い期待をどうやら、ナーサディアは未だ持ちえていたことに、幾度となく味わった絶望をまた味わった。これ以上何かを期待しても無駄だと言うことは()()()()()()()()()()()()()()


 何度も魔法の練習を行い、ベアトリーチェの使い方に近付ける。うっかり誰かに見られたら、『内緒で里帰りをした王太子妃が魔法の練習をしていた』という話で片付けることは、常に言い聞かせられていた。そうまでしてスペアを置いておきたいのか、と思うと笑いすら零れた。


「…バッカみたい」


 今日はどうやら来客があるようだ。ナーサディアが零した独り言は、本邸から聞こえる微かな笑い声でかき消された。誰が来たのかは知らないし、知らされていない。ナーサディアは侯爵家令嬢でありながら、いないモノ扱いだから。




 やけに、塔への声が近く聞こえる。何かあったのかと、背伸びをしてそぉっと窓の下を見てみた。


 父と母が、慌てている。普段はあんなに目に見えて慌てることなどないというのに。一体どうしたのだろう、と薄れきった興味を向けてはみるも、思ったより長引かず窓から離れて読書を再開した。今日読んでいるのは王国に伝わる口伝。ナーサディア達から見て数代前のとある令嬢が、隣の帝国に妃として嫁ぎ、その報酬としてこの国が豊かになった、という話。それは人質ではないか?とも思うが、子供向けの童話として綺麗な話ばかりが描き連ねられ、『そうして、お姫様は大きな国で幸せになりました』で終わるというもの。


「それで終わるわけない…」


 読む度モヤモヤとする。この話に限らず、童話全てにおいて、だ。


「何も知らない人がお姫様になったところで、本当の幸せなんかあるはずないのに」


 読むことをやめて、本棚に片付けていると、下から誰かが登ってくる気配がする。不用意にこの部屋に入ってきてほしくないから、塔全体に感知魔法を張り巡らせている。言ったところで誰にも信用されないのは目に見えているから、話していない。


 足音はどんどん大きくなり、ナーサディアの部屋の扉が数度、ノックされた。


「……はい」


 警戒心をたっぷり声に乗せて返事をすれば扉が開き、不機嫌、というよりは困惑をたっぷりと表情に乗せた母・エディルの姿があった。


「………………何か御用でしょうか、侯爵夫人様」


「帝国の…皇子が、お前を呼んでいるのよ」


「わたくしは、貴族名鑑に載っていないはずです。知られることはないはずでは」


 思っていたより冷たい声が出たことに自分でも驚く。

 その通りの内容にエディルはぐっ、と押し黙りそうになってしまうが、震える声で言葉を続けた。明らかにおかしい様子の母親に、さすがのナーサディアも訝しげな顔になる。


「けれど、知られていたの。……早く、準備をなさい」


「…かしこまりました、侯爵夫人」


 カーテシーを披露して準備にとりかかろうとしたその時。


 いけません!と悲鳴のようなエディルの声が聞こえて、次いで軽い足音、その後を追いかけるような急いだ足音が響き、母ではない人の手で扉が開いた。



「ようやく見つけた!酷いんじゃないかな、侯爵夫人。僕の大切な姫を隠しているだなんて」



 朗らかな声に、エディルは大袈裟なほど肩を跳ねさせ、ぎぎ、と音がつきそうなほどゆっくりと背後を振り返る。



「皇子、殿下」


「いい度胸だ、僕の姫を隠し通そうとするなんてね。あ、ナーサディア!ようやく会えたね!」



 ただ一人だけ朗らかな青年が、明るくナーサディアに話しかける。反射的にカーテシーをする彼女を愛しそうに、宝物に向けるような眼差しを向けた。

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