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さぁ、役者が揃う②

 少しずつ、景色と周りの雰囲気が変わってくる。

 見えてきたな、とベアトリーチェは密やかに微笑んで、半球状の巨大な結界に覆われた都市を馬車の窓から観察する。

 遠目からでも分かる程の巨大さ。中央にそびえたっている高さのある建物は恐らく宮殿なのだろう。そして周りを取り囲んでいる強固にして巨大な結界。

 結界の巨大さと離れていてもピリピリとした特徴的な空気が感じられ、さすが魔法大国だとベアトリーチェはじっと見つめる。

 ウォーレン王国も魔物の侵入を防ぐなどの意味で結界はあるが、これほどではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と自然に考えて背もたれに深くもたれかかった。


 もうカレアム帝国は目の前だ。


 到着する少し前に着くように、ベアトリーチェは再度ナーサディアへと手紙を出している。

 きっと真面目なナーサディアのことだ、自ら出迎えてくれるに違いないと思って場面(シーン)を想像してみる。ふふ、と笑い声が零れてしまい、向かいに座っているアルシャークが不思議そうにしていた。


「楽しそうだね、ベアト」


「ええ、アル様。とっても」


「…そう」


 アルシャークの表情は少し硬い。

 もうカレアム帝国は目の前なのだから腹をくくってもらわないと困るのだが、もしもナーサディアが出迎えに来てくれていなかったら、と考えるとベアトリーチェの表情も少し硬くなってしまう。

 だが、そんなことよりも馬車の上で、風魔法や光魔法を駆使しつつへばりつきながらも不法入国しようとしているサルフィリの存在をどうにかしないといけない。

 彼女がそこにいるということは、恐らく入国する直前でバレることは必須。素知らぬ顔でいるつもりなのだが、サルフィリを伴って来たと勘違いされないようにだけ細心の注意を払う必要がある。

 きっとサルフィリの魔法は祖父であるレイノルドが看破してしまうだろうとは思うが、もしも祖父がたまたま不在であれば…? そうなったらどうしようかと考えている間にも馬車はどんどんと進んでいく。

 そして、ついにカレアム帝国へ入国するための入口、もうすぐそこに結界があり超えれば帝国内だという地点へと差し掛かった時だった。


「止まれ!!」


 警備騎士の厳しい声が飛んだ。

 ウォーレン王国の紋章が入った馬車で来たというのに、何故そのような厳しい声かけをされねばならないのかと、ベアトリーチェもアルシャークも厳しい顔つきになるが、そもそもウォーレン王国の貴族や王家がナーサディアに何をしてきたのか、全帝国民が知っている。平民、貴族問わず。

 それを、失念してしまっていた。


「…何の用件で来られたのか、お伺いいたします」


 御者も勿論ウォーレン王国の家臣で、きちんと国の紋章の入ったブローチを着用していたが、警備騎士が向けてくる眼差しの鋭さは緩みそうになかった。


「ベアトリーチェはここに残っていて。わたしが対応しよう」


「…はい」


「こちらに到着する前に、きちんと通達は出している。我が名はウォーレン王国王太子であるアルシャーク・フォンウォーレン。馬車内には王太子妃でもあり貴国の宝石姫であらせられるナーサディア様の双子の姉妹、我が国の王太子妃であるベアトリーチェも一緒だ」


 ベアトリーチェの名前を聞いた騎士の表情が険しさを増した。


「ま、待ってくれ! 我らはただ、ナーサディア様にご報告したいことがあって…!」


「…馬車の上に間者を乗せて、か?」


 警備騎士の手が、腰の剣にかかる。

 それを聞いて顔色を真っ青にしたのは、馬車の上で隠れ続けていたサルフィリだ。


「(どうして…! 私の魔法は完璧のはずなのに…!)」


「ウォーレン王国王太子殿下、ならびに馬車内のベアトリーチェ王太子妃殿下に問います。…何をしに、我が国に、いらしたのですか」


 騎士の視線はアルシャークから外れ、馬車の上のサルフィリへと真っ直ぐに向けられていた。ベアトリーチェから聞いていたので、アルシャークも馬車の上に誰かがいることは把握しているも、誰がいるかまでは知らない。このままではカレアム帝国へと侵攻したと取られてもおかしくないような状況になりつつある。

 一方で、『まずい』とベアトリーチェとサルフィリは考えているが、思っていること自体は別々。

 サルフィリは『自分の魔法が見破られるはずはない』という驕り、ベアトリーチェは『ここで追い返されてはナーサディアを連れて帰れない』という焦り。


「さぁ、答えられよ!」


 騎士の声の鋭さが増した瞬間、サルフィリは姿隠しの魔法を解いて馬車から飛び降りる。そして、自分に剣を向けていた騎士に向かって駆けながら手を前に差し出して炎属性の攻撃魔法を放った。


 だが。


「阿呆めが」


 放ったはずの火球は騎士に飛んでいかず、早々に打ち消された。

 誰がこんなことをした、誰がこの私に対してそんな言葉を言った!とサルフィリは殺意の籠る眼差しを向ける。

 そこに立っているのはかつての師匠であるレイノルド。更にはサルフィリが憎んでやまないナーサディアとティミスもいた。

 彼らの背後には勿論ながら、カレアム帝国が誇る魔導師団が控えており、冷たい眼差しでサルフィリを睨みつけていた。

 国の入口を守る騎士に対しての魔法攻撃。これだけでも敵対行為であるが、そもそもサルフィリはかつてナーサディアに対して、相当な態度を取ったことは記録として公式的に残っている。残すように指示したのは当時のレイノルドとティミスだ。

 危険人物としてサルフィリはとっくの昔に帝国に警戒されている。しかも今回はベアトリーチェが連れてきたようなもの。

 だがこれは逆さまに捉えてしまえば好機(チャンス)だ、とベアトリーチェは馬車の中から悲壮な声で叫んだ。


「ナーサディア、助けて! サルフィリ様が…、サルフィリ様が! 連れて行かないとわたくし達を殺す!と脅してきたの! 本当よ!」


「な、っ」


 馬車の窓から身を乗り出してベアトリーチェは叫び続ける。


「アルシャーク様は、わたくしを守るために、今こうしてそちらの帝国の騎士様に助けを求めようとしていたの!」


「…そういうことにしておきましょうか、ベアトリーチェ」


 冷たく、淡々とした声がよく響いた。

 ナーサディアは少しだけ息を吐いてサルフィリへと視線を移した。


「バレバレなんです、サルフィリさま。私は、光の精霊の加護を受けております」


「…それが、なによ…」


「あなたがご使用になられた魔法は光の精霊の力を借りて、屈折率を変えて姿を隠すものですね?」


 淡々とした口調で、あっけなく己の魔法をナーサディアに看破されてサルフィリは目を見開いた。


「そもそも、あなたは光の精霊に歓迎されてないことをご理解していらっしゃいますか?」


 ナーサディアからの問いかけに対して、サルフィリはぎこちなく首を横に振るしかできない。


 魔法を使う際は属性ごとの精霊に力を借りて行う必要がある。

 炎を点けたいならば火の精霊の力を、水を操りたいなら水の精霊の力を、というように。彼らは基本的に気まぐれではあるが人間に対してとても友好的なのだ。その中でも彼ら精霊が特に愛するのは『宝石姫』たち。

 滅多に現れることのない己たちの愛し子。精霊と意思疎通ができ、精霊樹に対しての祈りを捧げ、世界を満たしてくれるとても大切な存在。

 その宝石姫を蔑ろにし、排除までいかずとも良からぬことを考える人間に、誰が力を貸したいと思うのか。


「ま、まさ、まさか」


「願ったんです。彼らに」


 言い終わると同時に、光の精霊がナーサディアの元にふわりと現れ、頬へと突撃しつつ口付けた。


『ヒメ!』


「ありがとう、力を貸してくれて」


「うそ、でしょ」


 体いっぱいを使って精霊は示している。いかにナーサディアを愛しているのか。どれだけ大切に思っているのか。

 ゆるりと精霊がサルフィリを向いたが、その顔に愛らしさは全く存在していなかった。あるのは憎悪、嫌悪、侮蔑、ありとあらゆる負の感情。


『……オマえなんカに、ダレが力を貸しテなどやるモノか』


 ひと言だけ言ってから虚空へと溶ける。

 可愛らしい声なのに、なんの感情も乗せられてなどいなかった。

 精霊に力を借りられないのであれば、魔法は使えない。それが世界の仕組み。魔導師の端くれとしては認めがたい真実にサルフィリの顔は歪んだ。


「他の…っ、他の精霊に力を借りるわ!」


「そうですか」


 冷たく言い放たれる言葉をものともせず、改めて術を行使しようとしてみたのだが上手くいかない。焦りばかりが膨れ上がり、サルフィリは周りが全く見えていなかった。確認すら、しなかった。


 だから、気付くことも出来なかった。カレアム帝国の魔導師団が、ぐるりと彼女を取り囲み、顔を上げた時には既に魔法の展開を済ませた上で魔封じの結界内にあっという間に閉じ込めてしまったことを…。


「出しなさいよ! 出せ! わたしを! 私を誰だと思っている!! ねぇ、助けてレイノルド様!! レイノルド様ァ!!!」


 結界内からばんばんと必死に叩き、破壊しようとするも物理的に破壊などできるわけもない。

 無論、レイノルドに助けを求めても無視されている。弟子のことを助けるのは師の役目でしょう?!と言いたかったが、レイノルドの眼差しに温かな光など存在しなかった。

 更に、結界内に閉じ込められたままの状態でふわりと浮遊させられて帝国内の秘密裏に使用されている通路を進んでいることも驚きだった。

 結界の強度は一切変わってなどいない。維持されたまま、サルフィリを閉じ込めた状態で移動を続けている。周りを取り囲んでいるのは魔導師団。


「どうして…、どうして結界内でこんな強い結界を維持できているのよ…!」


 焦りから、サルフィリは周りを注視できていなかった。

 よく見れば、きっと気付けたに違いない。魔導師団の団員たちが代わる代わる結界の維持をしていることを。そして、彼らが何かの液体を飲んでいるということを。


 魔導師団を率いてサルフィリが連行されていくのを見てから、ナーサディアとティミスはベアトリーチェとアルシャークに向いた。

 二人の眼差しは冷たいままで、アルシャークは迫力のあまりに顔を引き攣らせていたが、ベアトリーチェだけが嬉々として目を輝かせている。


「ナーサディア…! ナーサディア、やっと、やっと会えたわ!! ねぇ、何年ぶりかしら!」


「……………」


「な、ナーサディア?」


 何も反応してくれないのはどうしてだろう、とベアトリーチェは頬を引き攣らせる。彼女のシナリオでは、ナーサディアが『ベアト、落ち着いて?』と優しく宥めてくれているはずだったのに、とナーサディアへと手を伸ばしたが、触れることは叶わなかった。


「触らないでいただけるかな。わたしの、ナーサディアだ」


「……………っ!」


「サルフィリさまはともかく、王太子妃殿下と王太子殿下は普通に、王宮までお越しください」


 行こう、とティミスを促してナーサディアは、自分たちが乗ってきた馬車へと乗り込んだ。

 もっとサルフィリが暴れ回るかと思い、ありとあらゆる場所に多重結界を仕掛け回っていた。それは杞憂に終わってくれたようだが、気は抜けない。

 念の為にこの結界は維持し続ける必要があると、そう思ったからこそナーサディアとティミスの護衛を務める騎士に対して命令を出していた。


 ベアトリーチェを、無視して。


「……どう、して……」


 ここまできて拒否されると思っていなかった、とベアトリーチェは泣きたくなる。

 俯いたベアトリーチェの表情から、一切の感情が消えたのは誰にも見えないままだった。

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