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さぁ、役者が揃う①

 がらがらがら、と音を立てて馬車は走る。その中でベアトリーチェは機嫌が良く、アルシャークは強ばった顔のままだ。いつもならば、『ほら、景色が綺麗』とか、『見てごらんベアトリーチェ!』とか、色々と話しかけてくれるというのに何も話しかけてはくれない。今までならば、と思っていたがどうしてこうなってしまっているのかを考えると合点がいった。


 まぁ、それもそうか、とベアトリーチェは向かいに座っている彼に気付かれないよう、口の端をつり上げて薄ら笑みを浮かべた。アルシャークに対して気持ちが無くなった訳では無いけれど、これから会う己の片割れに比べたら正直どうでも良かった。


 ベアトリーチェとナーサディア。きっと、ナーサディアの顔の痣が無ければ呼ばれることがあったであろう『ハミル侯爵家双子の妖精姫』という呼び名。


 それを、これからベアトリーチェは実現させに行くつもりなのだ。

 髪の色が変わっても、目の色が変わっても、双子であることには変わりない。離れてしまった四年間、いつでもナーサディアの事を密やかに想っていたベアトリーチェからすれば、ようやく双子の片割れを()()()()()のだから。


 そして、それに便乗してカレアム帝国に侵入しようとしている人がもう一人。


 走る馬車の上、本人は姿を隠すための隠形の魔法をかけて隠れているつもりなのだろうけれど、微弱な魔力反応は染み出てくる。それを読み取ることは、ベアトリーチェには朝飯前だった。

 ああ、おじいさまの弟子だった愚か者がいるわ、とほくそ笑むと目の前に座るアルシャークは困惑した顔をしている。一体何が、と問いかけようとする彼の唇に、手を伸ばした自身の指をそっと押し当てる。

 限りなく声の大きさを小さくしてからベアトリーチェは微笑んだまま言った。


「(駄目ですわ、アル様。ネズミに気づかれてしまいます)」


「(…ネズミ?)」


 何を言っているんだろうと首を傾げるアルシャークにも分かるように、馬車の上を指さすベアトリーチェ。そして何かを察して顔を手で覆った。

 よりによって、かつての大魔導師の弟子まで便乗してカレアムに侵入しようとしているだなんて、誰も想像しなかっただろう。いや、ベアトリーチェは想像というか予測していたのだが。


 なお、カレアム帝国の中にもサルフィリのやりそうなことを予想している人物は存在する。


 勿論、彼女……サルフィリを弟子としていた人、レイノルドである。

 カレアム帝国内、王宮内に与えられたレイノルドの執務室にて、意識を集中させるレイノルド。閉じていた目をす、と開いて呆れたように溜息を吐き、こちらにまっすぐ向かってきているウォーレン王国の馬車と、余分にくっついている魔力反応を追いかけてからメモに記した。

『サルフィリの侵入は許しても良いが、()()()()』、そう書き記して控えていた侍従へと渡した。


「これを、皇帝夫妻に見せた後、ナーサディアとティミス殿下にもお知らせしてくだされ」


 かしこまりました、と腰を折り言う侍従に頷きで返し、手のひらの上に乗せている魔力反応を感知する小型の魔道具に光る点三つをじっと見る。


「…どこへなりと消えればよかったものを…」


 かつての弟子に、ほんの少しだけ期待したのがいけなかったらしい。

 彼女のひん曲がった思いはやはり変わらなかった。


 ベアトリーチェとサルフィリ、彼女らはよく似ている。一方的にでも大切、あるいは着いていくと決めたら何が何でも覆さないところの性格が瓜二つだ。彼女らに言うと即否定をされるとは思うが、第三者から見た事実なのだからしょうがない。

 ナーサディアにあれほど拒絶されたのにも関わらず追いかけ続けるベアトリーチェの執念にも似た感情はサルフィリとは比べ物にはならないな、とレイノルドは思った。


 双方、それぞれが幸せに暮らしていたらいつの日か、遠い未来かもしれないけれど、大人になって『ごめんなさい』と謝れる日が来たのではないかと思う。

 あの双子は、幼い頃は本当にお互いを大切にして、敬っていたから。

 両親はナーサディアをきちんと愛せていなかったけれど、ベアトリーチェがエディルの言葉を妄信的に受け入れず、おかしいものはおかしいのだと、はっきり言えていれば…と、レイノルドは幾度となくそう思った。

 身内に甘い、と言われようとも彼女らは彼にとって可愛い孫なのだ。

 せめてやり直せる未来があれば、と思ったが、もう遅い。


 レイノルドからの知らせを受けた皇帝夫妻、そしてナーサディアとティミスは『やっぱりな』と溜息を吐いた。

 行方不明とされていたサルフィリが今までどこに居て、何をしていたのかは分からないけれど、どうにかして情報をかき集め、カレアムにやってくるベアトリーチェに便乗しているのは笑いすら込み上げる。


「だからあの時、素直にナーサディアの提案を受け入れておけば良かったんだ。…馬鹿なのか、アイツ」


「…プライド、でしょうか」


 うーん、と大して興味無さそうにナーサディアが呟く一方、出立したその日にカレアムに対して一方的に手紙を寄越し、こちらへとやって来ているベアトリーチェの行動力には思わず感心したくらいだ。

 だが、褒められた行動ではない。彼女はアルシャークとの婚姻を控えた王太子妃。既にウォーレン王国ではベアトリーチェをそう呼ぶ人の方が多い。


「ベアトリーチェに関しては、きちんと私が対応します」


 皇帝夫妻にはっきりと宣言したナーサディアの目に迷いはなかった。

 既に切り捨てた己の半身。

 たられば、の話をしても意味の無いことだとは理解しているが、この瞬間だけは考えてしまった。


 もし、今こんな捻れた関係でなければ、きっと…双子として笑いあえていたのではないだろうか、と。それは、やって来ることはない温かさに満ち溢れた未来の姿。


「あの子は私に固執しています。だからもう、固執しないよう…おじいさまから対処法も学びました。腹も、括りました。あとは…」


 隣に寄り添ってくれているティミスを見上げると、柔らかく微笑みかけてくれていた。


「実行するだけ、です」


 つっかえながらの会話をしていた、他人に怯えるナーサディアは、もうここにはいない。

 今ここにいるのは、『宝石姫』としてのナーサディア。

 心ない人から『宝石姫だから大切にされているだけのお人形さん』などという言葉も浴びせられたけれど、言いたい人には言わせておいた。

 わざわざ同じフィールドに立って言葉を返してやる必要性を感じなかったから。


「ナーサディア、キツかったら僕がやるからね? 君に、無理はしてほしくない」


「無理じゃないです、ティミス。だって、これはケジメだから」


 微笑んで言うと納得してくれたらしいティミスは、もうそれ以上言わず、ナーサディアと手を繋いだ。

 ナーサディアの手を包むくらい大きな、一番安心できるひとの手のひら。温かさや、愛情を惜しみなくくれた、愛しい、大切な人。


「貴方がいてくれるから、私は真っ直ぐ立っていられる。胸を張っていられる」


 だから、とナーサディアは言葉を続けた。


「ベアトリーチェにくっついてきている人も、何もかも、すっきりと関係を断ち切りましょう」


 微笑んで言って、窓の外に視線を向けるナーサディア。


 サルフィリも、ベアトリーチェも、アルシャークも忘れているに違いない。

 ナーサディアが()()()()()()()()()()()()()()()を。


 そもそも、サルフィリが使用している隠形の魔法。光の屈折率をねじ曲げて周りの景色と同化させ、自分の居場所を隠すための魔法であり、よく狩りなどで使用されるものだ。

 だから、光属性のナーサディアにかかってしまえば、その魔法はいとも容易く解除されてしまう。彼女に協力してくれる精霊達は、己らの愛し子を傷付けたもの、これから傷付けようとしているであろうものの気配をとてつもなく読み取ることが上手なのだ。


 更に、ナーサディアを心の底から愛し、慈しんでいる。


 意識せずともサルフィリに関しては、ナーサディアに対して喧嘩を売った張本人であることが妖精の中でも特に有名な『ヒト』として認識されている。

 ティミスはほんの少しだけ、同情した。

 愛する師からの最後通告、そして力を貸してくれるべき妖精からは疎まれたサルフィリ。



 さぁ、舞台は整いつつある。

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