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両手いっぱいの幸せを、君に

 まるで戴冠式のようなざわついた雰囲気に、張り詰めた空気。ぴりぴりと伝わる各所の緊張。そんな中、自分自身も緊張しないわけがなく、ナーサディアは思わず体を震わせる。それを素早く察知したティミスはそっと手を握った。


「ナーサディア、大丈夫かい?」


 緊張故に顔色が悪くなっているナーサディアを心配そうに見つめ、問いかけると珍しく首を横に振られた。


「…ナーサディア?」


「大丈夫、かなって…。私なんかが、こんな…」


「大丈夫だよ。僕も、レイノルド様も、皆ついてる。何も怖いことなんてないよ」


 椅子に座るナーサディアを慰めるため、ティミスはその場に膝をついて座り、微笑みかけた。それをじっと見つめていたナーサディアだが、これまでティミスがかけてくれた温かな言葉や対応を思い出して、少しだけ緊張が解れ、首を縦に振る。

 祖父であるレイノルドがカレアムに来てくれたのは一番大きな心の支えとなっただろう。

 足りていなかった祖父と孫としての触れ合いや会話。他愛のない日常会話が、やっとナーサディアもできるようになったのだ。しかも、祖父からは諸外国の話も聞けるし、貴族としての立ち居振る舞いもしっかりと教えてもらえる。

 大魔導師という立場にあった祖父から、学ぶことは恐らく大変多いだろう。だが、学びながらもナーサディアは楽しそうに笑っていたのだ。

 悔しいけれど、ティミスでは補いきれなかった『家族』としての愛情は、今こうしてレイノルドから溢れんばかりに与えられている。彼自ら育成した使用人達も、勿論ナーサディアの心の支えになっている。

 だが、レイノルドはレイノルドなりに悔しさのようなものを感じていた。最終的にナーサディアが無意識に探し求めるのはティミスなのだから。


「ナーサディア、安心せよ。儂も、ティミス殿下もお前の傍に控えておる。何も怖くはない」


「…はい」


 ティミスとレイノルド、二人からの言葉に微笑んだナーサディアは最後の仕上げのヴェールを纏う。

 以前ティミスからもらったブルーダイヤが中央にあしらわれているティアラは、少しだけ形が変えられてよりナーサディアに似合うように整えられた。それも装着し、プラチナのチェーンブレスも巻いてダイヤモンドを囲った。

 ドレスはエスメラルダが腕によりをかけて作った、これまた特注品。あれもこれも新調しようとしたティミスを必死に止められたと思っていたのに、横からニコニコと笑う祖父が『構わん、儂も金ならあるので遠慮なく作ってくだされエスメラルダ殿』と追撃してきた。駄目だ、これはどうやっても止められないと悟ったナーサディアはある意味諦めも肝心だな、と思いつつ二人の好きなようにさせた結果、割ととんでもない額のドレスやら小物やら装飾品やらが完成してしまったのは言うまでもない。

 だが、どれもこれもナーサディアのためを思い、デザインして作られた物なので、非常に似合っていた。

 外に出て体力作りを兼ねた散歩をしているとはいえ、まだまだナーサディアの肌の色は白い。それが余計に神秘性を増した。


「…うん、綺麗」


 結婚式のような純白のマーメイドラインのドレス。あまり体に寄り添いすぎないようにしているので、かなり細身のAラインにも見える。

 腰元にはプラチナのチェーンベルトが緩やかに巻かれ、ダイヤモンドが着いていない方、左手には肘まで覆うレースの手袋が、首元をさらけ出さないよう顎下から肩までは繊細な模様があしらわれたレースで覆われ、髪は普段とは違い纏め上げられている。

 耳元を飾るのは雫型のダイヤモンドがぶら下がるイヤリング。

 全てが整えられ、静かに目を閉じていたナーサディアは、ゆっくり瞼を持ち上げた。

 目の前にティミスとレイノルドがいて、二人が手を差し出してくれている。


「さぁ行こう。僕の唯一、至高の宝。我が姫、ナーサディア」


「お前の歩む道は、我らが切り開き、守ろう。ゆくぞ、ナーサディアよ」


「はい、ティミス、おじい様」


 右手をティミスに、左手をレイノルドの手のひらに乗せ、導かれるままゆるりとした歩調で歩き出す。

 この日のために皇宮は解放され、ナーサディアが出てくる予定のバルコニー下の中庭には多数の民が駆け付けていた。入らない人々は帝都の中央広場に集まる。そこには帝国の魔導師部隊が揃っており、バルコニーや中庭の様子を、部隊が連携して空中に映像を投影しているのだ。巨大な、所謂スクリーンのような物が魔法で展開され、そこに映像が映し出されている。

 まだかまだかと民がざわついていると、バルコニーの扉が開き、ティミスとレイノルドに導かれたナーサディアが顔を出す。それぞれエスコートしていた二人が手を離し、ナーサディアが一歩ずつ、ゆっくりと前に進んでくる。

 彼女の姿を視界に入れた人々はざわつき、どよめき、一気に歓声を上げた。


「ようこそ我が国へ!!」

「お待ちしておりました!」


 わぁわぁと皆が揃い、歓声を上げながらナーサディアを歓迎してくれている。きっとこれが面白くない貴族もいるだろう。だが、今は歓迎ムードなのだから、皆が笑顔でナーサディアに向けて手を振ってくれている。それに応えるために、真っ直ぐ背筋を伸ばし、ナーサディアからも手を振り返した。

 初めて見る光景、初めての待遇、全て何もかも、嬉しくて泣き出しそうになるが必死に堪える。少しの間、手を振る方向を変えながらそうしていると、普段は姿を見せることのない光の精霊達が、賑やかな雰囲気につられたようにして複数姿を見せた。それと同時に、ナーサディアの頭の中に念話が聞こえてくる。


『ヒメ!嬉しい?』

『ヒメ、楽しい?』

『ねェ、ヒメ。ボクらの愛し子、キミは楽しイ?』


 皆が、口々に問いかけてくる。

 ナーサディアはこれまでに見せたことのない、満面の笑顔を浮かべて頷いてから、精霊達に手を伸ばした。


「うん、楽しい!嬉しい!貴方達も、ティミスも、おじい様や、色んな人が、私は大好き!こんなに温かなこと、今までに無かった!」


 両の手を伸ばした先で、精霊達が嬉しそうに跳ね、飛び回り、ナーサディアの指に留まる。

 自然と涙が溢れるが、泣きながらも、今がどれだけ楽しくて、嬉しくて、幸せに満ち溢れているのか。

 精霊にも、ティミス達にも、伝われば良いと、そう思って遠慮なく大きな声で言う。それにつられるようにして民の歓声は更に大きなものへとなった。

 帝国全体が騒いでいるような雰囲気に、ナーサディアは呑まれることなくそこにいる。

 あぁ、彼女が笑ってくれているのがこんなにも嬉しいのかと、ティミスの目からも涙が零れ、頬を伝った。


「殿下…ありがとうございます」


「いや、…あの子は本当に頑張ってくれたんだ。倒れないように、僕らは支えているだけだ。…レイノルド様、貴方のお孫さんは本当に…強いね」


「そう言ってもらえるだけで、儂もナーサディアも、嬉しいですよ」


「だからこそ、彼女に宿ったのが光の加護であり、ダイヤモンドだったんだろうね」


 もしも、ナーサディアがへし折れていたのならば、ここまで成長も出来なかっただろう。

 だが、折れていなかった。表面的には色々なものを諦めたように見えたのかもしれないが、彼女を支えてくれていた人達がいたから、ナーサディアはあの日、ティミスが迎えに行った時まで耐えきれたし、心の奥底では何も諦めていなかったのだ。そこからは色々な人が彼女の味方になってくれている。

 周りの人達への恩返しなど、今はまだ疲れているだろうから考えなくてもいいのに、ナーサディアは何かを返したいから、といつも一生懸命になってくれていた。


「本当に、…あの子は強いね」


 呟いて、ティミスはナーサディアの隣へと並ぶ。そして、右手を取り指先へと口付けてウインクしてみせた。


「さぁ、ナーサディア。ダイヤモンドを体に宿して光に祝福された宝石姫。皆への挨拶を!」


 ティミスの言葉に更に民は沸き立ち、まるで地面が揺れたかのような歓声が轟いた。あまりの音量の大きさに目をまん丸にしてしまうが、大きく深呼吸をし、改めて背筋を伸ばしてナーサディアはカレアムの民へと向いて右手をティミスに預けたまま綺麗なお辞儀を披露する。


「…初めまして、皆様。そしてティミス殿下には改めて感謝を。覚醒したばかりの私を、ウォーレン王国へと迎えにきてくださり、本当にありがとうございました」


 ひと呼吸おいて、ナーサディアは言葉を続ける。


「皆様全てに、光の祝福があらんことを!道に迷っても正しき道標となりますように。そして、暗闇を恐れる方々の心の支えとなり、作物がたわわに実るための栄養源にもなりますように!」


 言い終わると同時、やって来ていた光の精霊達は楽しそうに笑いながらくるくるとダンスをするかのように回り、そして大量の光の粒子を辺り一面に撒き散らす。

 キラキラと降り注ぐそれは、雪のようにも見え、小さな子らは取れるかもしれない!と手を伸ばす。手に触れるとそこで光が弾ける。昼間なのにそれを上回る眩さが、帝国だけではなくあちらこちらに降り注ぐこととなった。


 ウォーレン王国を除いて。


 彼らは祝福されるべきではない。祝福するべきではないと、精霊たちは判断した。彼らの愛し子、愛すべき存在を徹底的に虐げた国などもう知らぬ、と示されてしまったのだ。宝石姫が残した石はあるのだから、それ以上を望まれても困る、と精霊は嘲笑う。だって、お前達はそれ以上を長い間、愛し子に対してやってきたのだから。

 やられたことをやり返されているだけなのだから、黙って受け入れろという、神にも等しい彼等から声なき宣言は、ウォーレン王国の民達を絶望へと叩き落とす。








 そんな中、ベアトリーチェはナーサディアが宝石姫としてカレアムに向かい、お披露目されているという事実を、追放されたサルフィリから聞いていた。


「へぇ……そう」


「はい…!…ベアトリーチェ様とは雲泥の差のような女でした!」


 ベアトリーチェの地雷を踏みつけたとも知らず、サルフィリは止めることなく喋り続ける。


「ベアトリーチェ様には感謝致します…!私をこうして受け入れてくださったこと、一生の恩人でございます!」


 土下座せんばかりに感謝しているのだが、ベアトリーチェはどこかぼんやりとその言葉を聞き続ける。手のひらの中にあるサルフィリが本来の持ち主である水晶には、カレアムの様子が映し出されている。勿論、泣きながらも幸せそうに微笑む己の片割れの姿もあった。

 にこ、と微笑んで優しく、慈しむように、ナーサディアを撫でるかのように水晶を撫でていたのに、サルフィリは更に無神経な言葉を続けた。


「あの者は、宝石姫というだけで我が師匠にも無条件で愛され、甘やかされております!全く…ベアトリーチェ様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものですね!」


 何を見当違いなことを吠え続けているのだろうか、と思いながらゆっくりとサルフィリへと向き直る。

 彼女は止めることなくナーサディアの悪口を言い続けていた。それが、己を断頭台へと押しやっていることに気付きもせず。


「ねぇ……あなた。誰の身内を馬鹿にし続けているのか、そろそろご理解なさったらいかが?」


「……………え?」


 そこでようやくサルフィリはほの昏いベアトリーチェの微笑みと対峙することとなった。


「あなたが馬鹿にし続けているのは、わたくしの大切なたからもの。愛しき魂の半分。…ねぇ、あなた…」


 ずい、と顔を近付けたベアトリーチェは囁き問う。


「わたくしの質問の意図を理解していなかったようね」


「……………………え、」


「ナーサディアに会ったのなら、どんな様子だったか教えなさい、そう言ったわ。誰が、あの子の悪口を言えといったの?」


 言い終わると同時にベアトリーチェは手のひらに重力の塊を出現させて、サルフィリの髪を掴んで一気に床へと押し付けた。その勢いは凄まじく、顔面から押し付けられたサルフィリは鼻を押し潰されることになってしまい、悲鳴を上げるのだがそれすらさせてもらえなかった。髪を掴んだ瞬間、サルフィリの顔の周りに防音魔法を同時展開していたのだ。


「わたくしもナーサディアもね、こんなことくらいなら出来てしまうの。……お前、いらないわ」


「……っ、ゅ、ぎ……」


 声にならないうめき声が微かに聞こえたが、ベアトリーチェは聞かなかったことにした。


「誰か来てちょうだい!コイツはおじい様の弟子を騙る詐欺師よ!」


 そう言って衛兵が駆けつけてくる程度には、ベアトリーチェの信用はほんの少しだけ回復していた。カレアム帝国への謝罪文に始まり、心を改めるための教会での奉仕活動、並びに孤児院への活動など。休む暇もないくらい、ナーサディアがいなくなってからは必死に動き回り続けた。平民全てに何があったのか知られているわけではなかったが、『何かあるのだろう』ということくらいは知られていた。

 回復した評判はほんの少しだが、必死になり、怒鳴られても邪険にされても食らいついてくるベアトリーチェの姿に絆された者達も少なからずいたからこその、結果。


 サルフィリが送り返されたのは、レイノルドが正確に座標を把握している王宮の大魔導師が与えられていた自室だった。いきなり現れたサルフィリに対して衛兵達が揃うが、それを庇ったのがベアトリーチェだった。

 どこからやってきたのかを問いただし、カレアムから来たと知るや否や、自室へと招き入れてナーサディアの様子を聞こうとしたのだが、サルフィリが話したのは彼女の悪口ばかり。そうでなければレイノルドに対しての愚痴。

 誤算があったとすれば、ベアトリーチェはレイノルドとナーサディアが大好きだった、ということ。大好きな人に対しての悪口や愚痴を喜ぶものはいないだろう。


「ま、…」


「…わたくしのナーサディアや大好きなおじい様の悪口を言うなんて、本当にいい度胸。…どこへなりとも消えなさい。おじい様が大魔導師でなくなった今、貴方に残された価値は何かしらね…?」


 くすくす、くすくす。

 歪んだ微笑みで笑うベアトリーチェは美しかったが、同時に恐怖しかなかった。

 ナーサディアが光ならば、ベアトリーチェは『闇』そのもの。もしくは『漆黒』。こんな人が、ウォーレンの王太子妃なのかと恐ろしくなったが、それを呼び起こしてしまったのは他ならない自分だと改めて理解したサルフィリは、二重の意味で絶望した。

 助けてください、と願っても叫んでも、誰も彼女を助けてはくれない。サルフィリは手を伸ばしてくれていたナーサディアの手を振り払い、レイノルドからも見捨てられ、そしてトドメにベアトリーチェを完全に怒らせてしまった。

 顔を上げると、ナーサディアと同じ顔で、だが、氷のような表情を浮かべて見下ろしてくるベアトリーチェと視線が合った。無意識に体が震え、恐怖が全身を支配していく。鼻からはぼたぼたと鼻血が溢れているが、それを止めることすら忘れ、恐怖を感じるまま見上げていた。


「王宮からたたき出して。放り捨てなさい」


「かしこまりました!」


 部屋を引きずり出される瞬間、扉が閉まる直前でベアトリーチェはこう告げた。


「この水晶を持ってきたことだけは褒めてあげる。短慮すぎる思考回路を頭ごと取り替えたら…来世はおじい様に愛される弟子になれると思うわ」


 さよなら、と手を振るベアトリーチェはとてつもなく美しかったし、機嫌が良かった。手のひらの中にある水晶に映し出された己のただ一人の片割れの姿が見れたのだから。


「…ねぇ、いつか会いに行くわ。わたくしの愛しいナーサディア。離れてはいけないの。……………ずぅっと、一緒にいなきゃいけないんだから」

貴女は、わたくしといなければいけないの

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