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これからは、一緒

「いやはや、歳のせいか涙脆くなってしまい申し訳ございませぬ」


 あっはっは、と笑いながらレイノルドは、ティミスやナーサディアと向かい座る。

 レイノルドの傍らには、複雑そうな顔のままのサルフィリ。魔術で何でも出来るわけではないのだが、ある程度であれば長距離移動は可能だからと、あっさり転移をした師匠をずっと訝しげに見つめる。

 その間、涙を拭っていたナーサディアはティミスに頭を撫でられ、背も優しく叩かれてからようやく落ち着きを取り戻してきたようだが、今もなお、あやされているままだ。

 一方のレイノルドはナーサディアよりも早く落ち着きを取り戻し、少しだけ恥ずかしそうに微笑んでからティミスに心を許している様子を見て目を細めた。あの両親に囲まれ、愛されてばかりのベアトリーチェと比較され続け、愛情など無いに等しい扱いばかりを受けてきていたが、ようやくそれも終わったようだ。

 全てが終わり、今になってこうしてやって来ていい所取りのような振る舞いをしてしまったことが申し訳なく、レイノルドは深々と頭を下げる。


「…すまなかった、我が孫…ナーサディアよ」


「頭を上げてください大魔導師様!」


「もうそのような呼び方は不要です。儂はもう、そこのナーサディアを大切に思う単なる身内の爺、ですよ」


 慌てて言うティミスと、ゆるりと首を振って否定してみせたレイノルド。

 はは、と笑い、こちらを見てくるナーサディアににっこりと微笑みかけてやると、自分につられたように微笑んでくれる様子が可愛らしく、レイノルドはついつい破顔してしまう。

 実は魔法陣に一緒に乗っかり共に来ていた弟子のサルフィリだが、見たことのない様子の師匠に違和感しか覚えられなかった。普段自分といる時は厳しく、あれこれと小言が多いと思っていたのに、身内だからというただそれだけでベタ甘に接している様子が疎ましいやら妬ましいやら、何とも言い難い感情。

 けれど、見た目にも分かるようにナーサディアは幼い。これまでの様々な要因があるとはいえ、同年代の令嬢と比較しても発育はさほど良くはない。

 この人が話でのみ聞いていた孫か、と思うとあれだけ会いたいと思っていた気持ちが次第に萎むのが分かった。見た目が幼いからなのか、残念な気持ちが大きくなりすぎている。勝手に期待してしまったのは自分だし、それをとやかく言ってもどうにもならないが、心では嫌がってしまうのだ。


(どうして…)


 身内と単なる弟子は違うと頭では理解しているつもりだったが、ここまで嫉妬してしまうとも想像していなかった。魔力の総量はそこまで高そうにも思えない。

 宝石姫だからなんだというのか、と失礼極まりないことを考えていると、ふと視線を感じる。そちらを向くと、じっとサルフィリを見ていたティミスと目が合った。

 軽く会釈をするが、ただ、何も言わずじっと見られている。何なのだろう、と思っていると口パクで短く告げられた。


『嫌なら、去れ』


 一切の表情を消して言われたその言葉に、頭のてっぺんから冷えるような思いがした。まさかそのように拒絶をされるとは思ってすらいなかった。ただ付いてきただけだが、自分が大魔導師の弟子だという境遇に胡座をかいていたのかもしれない、と今ようやく思い至った。

 しかも、宝石姫をこれでもかと大切にしているティミスの目の前で、礼を失してしまった。


「だ、大魔導師、さま」


「何だ、サルフィリ」


「…っ……あ、あの」


「儂はもうじき、正式に大魔導師ではなくなり、ナーサディアの、この子の祖父として生きる。もうそのように呼ばれても困るが……あぁそうか、他の師事先を探してほしいか?すまなかったな、気が付かなんだ」


 レイノルドは様々な報告書を読んだ後、ウォーレンに居る息子夫妻などどうでも良くなった。実の子を虐待していたという事実、しかも屋敷全体のみならず国中の貴族までも。根こそぎ滅ぼしてやりたい気持ちが沸々と湧き上がりもしたが、滅ぼすだけでは足りないと思った。

 大魔導師という立場のレイノルドがいるからこそ、他国への優位性が少なからず保たれていたはずだ。しかもレイノルドは彼らが虐げ続けたナーサディアの祖父ということを綺麗さっぱり忘れているらしい。きっと、これは好機なのだ。

 守れるだけの純粋な『力』が、レイノルドにはある。大魔導師という地位で得られた財も、普通の人に比べればかなり多い方だ。それら全てを持ちながら早々に隠居し、ナーサディアを守りながらどこか遠くの国に行ってしまおうかとも思っていた矢先、宝石姫として覚醒した彼女。しかも保護される先はあの大国、カレアム帝国。

 これで大丈夫だという思いと、今まで一緒にいられなかったのだから、せめて共に、欲を言えばナーサディアの支えの一人となりながら過ごしたいと思った。

 恐らく、サルフィリはそれを快くは思っていない。顔に出ているし、ナーサディアを敵視するような視線まで向けていた。ティミスから睨まれてあっさりと観念したようだが。

 わざわざ自分に拘らなくても、魔導師の弟子になり将来を見据えているのであれば、いくらでも紹介をしようと思い提案したのだが、サルフィリの顔は曇ったままだ。


「…何だ」


「お傍に…いては、いけませんでしょうか」


「ならん」

「駄目だよ」


 レイノルドが拒否すると同時に、同じ事をティミスが言った。


「え…?」


 問い返され、ティミスは微笑んで言葉を続ける。


「お前、さっきからナーサディアに向ける目が物凄く嫉妬まみれだって分かってる?身内を可愛がっているレイノルド侯にも失礼だということが理解出来ていないようじゃないか」


「あ、」


 さぁっと顔色が悪くなるサルフィリを、ナーサディアは見ていた。

 別に、睨まれたところで痛くも痒くもない。今までのようにぶたれたりするわけではないのだから。あまり気持ちのいいものではないというだけだが、ずっと向けられ続けるのも嫌だな、とは思っていたところに二人同時に拒否してくれたことに安堵してしまった。

 サルフィリの気持ちも分からなくもない。ずっと師として慕ってきた人が、いきなりその地位も捨てていなくなってしまうと宣言されたら、同じ気持ちになってしまうだろうな、と感じた。


「…あの…」


 おずおずと手を挙げると、ティミス、レイノルド、サルフィリが一斉にナーサディアに視線をやった。体がびく、と竦んでしまったが、深呼吸をしてから言葉を続ける。


「魔術の訓練も兼ねて、元いた国から、転移でこちらに通ってもらうのは…どうでしょうか…?いきなり離れてしまうのは…」


「ナーサディア…」


 心配そうにティミスが名前を呼ぶが、心配いらないと言わんばかりにナーサディアは微笑む。


「きっと…そちらの…え、ええと」


「サルフィリ、と申します」


「いきなり離れるというのは、サルフィリさまも心の整理が出来ないのでは?と思うんです」


「……」


「その、おじい様さえ良ければ、にはなりますが…そうした形をとってみても良いのではと…」


「…思いやってくれて、どうもありがとうございます。宝石姫様は、大層お優しいことで」


 吐き捨てるように言い終わり、一瞬で我に返った。『やってしまった』、『嫌味がましく言ってしまった…!』と思うが早いか、サルフィリの体にとんでもない重力の塊がのしかかった。レイノルドの傍に立ち控えていたその体勢から、そのまま床へと押し付けられた。


「ぐ、っ…!?」


 やったのはレイノルド。もうその眼差しは弟子を見る目ではなかった。


「貴様の幼稚な思考を、我が孫が汲んでくれたというに…そのような物言いをするとは見損なった」


「す、みま、せ…」


「あの。謝らなくても良いですよ、サルフィリさま」


 特に気にしていない様子で、ナーサディアはあっけらかんと言い放った。思わずレイノルドが重力の塊を解除してしまったほどだ。


「私に対しては何も悪いと思っていない方から謝られても、何も響きません。差し出がましいことを申しまして、こちらこそ申し訳ございませんでした」


 にこやかに見えるが、ウォーレンを出て、両親をきちんと見限ったあの日からのナーサディアは、思考回路を切り替えてしまいさえすれば、とてつもなく冷静な考えが出来るようになっていた。

 それと同時に嫌なものは嫌だ、と言わなければ分からないこともあると自分でも学んだおかげで、こうしてはっきり言うことも戸惑わなくなっていた。

 ほんの数ヶ月の間で、精神的にはとてつもなく成長したナーサディアだが、『無理だけは良くない』とティミスは思っている。

 宝石姫として覚醒してから、ナーサディアはもっとしっかりしなくてはいけないと思い、常に気を張っている。両親を切り捨ててからは尚更だ。

 今もこうして、サルフィリに手を差し伸べてはみたが、言葉と態度で拒否された途端、声から温度を無くした。『心からの善意でこの子は声をかけていたのになぁ、馬鹿だなぁ』と内心呟いて、ティミスはナーサディアに手を伸ばし招く。

 不思議そうにしながらも、もうサルフィリから視線を外したナーサディアは手招かれるまま隣に座っていたものの距離をもう少しだけ詰めた。


「ナーサディア、無理してない?大丈夫?」


「はい、大丈夫です。サルフィリさまのことは、おじい様にお任せします」


 苦笑混じりに言ってから、頭に乗せられた手のひらの温かさに目を細める。優しく、髪型を崩さないように撫でながら、どうしたら良いのか複雑な表情でナーサディアとレイノルドを交互に見ているサルフィリからは視線を外し、気にしないことにした。

 一方で、まさかあそこまで思い切りのいい決断をしてしまった孫を見てしまったことで、重力をかけていた状態を解除し、ぽかんとしたままだったレイノルドは、一度大きく深呼吸をしてから改めてサルフィリへと向き直った。


「ま、まぁ……ナーサディアがあぁ言うたので、儂がどうにかしようとは思う、が」


「は、い」


「お前の失礼極まりない態度、許すと思うか」


「…思って、おりません」


「人として、一度儂の前からは消え失せよ。お前の成長の証が見られたその時は、改めて弟子にし直すことを考え直してやらんこともないが…」


「……?」


「お前のような人間を知っているからこそ、儂から予言をくれてやろう」


 にこり、と笑みを浮かべ、レイノルドの頭の中に思い描くのはナーサディアを虐げたハミル侯爵夫妻。


「お前は、変わることなど出来はせん。故に、消えよ」


「な、っ、……は?!ま、っ、…!待ってください!!!待って!!ごめんなさい!!ナーサディア様にもきちんと謝ります!だから…っ……だから!!」


「遅いわ、阿呆めが。お前も自分のことばかりか」


 ぱちん、と指を鳴らすとサルフィリの体の下に描かれる転移魔法陣。しっしっ、と何かを追い払うような仕草の後、詠唱もなくサルフィリは消え去った。消える直前に『やめて!』と叫んでいたような気がしなくもないが、何も聞かなかったことにする。

 改めてナーサディアとディミスへ、レイノルドは向き直った。


「儂の弟子だったものが、すまなかった。あそこまで分別が無いとは…」


「おじい様のせいではありません。でも、…あの人は…似ていましたね…」


「あのような輩は、変わらん。…何があっても、な」


 苦い顔で呟くレイノルドを見ながら、ティミスは少し前のことを思い出した。

 ナーサディアを幼い頃に勝手な理由で見限った、勝手極まりないあの侯爵夫妻。サルフィリの行動は、まさに彼らそのもの。

 若い分、もしかしたらどうにかすれば性格の矯正も可能かもしれないが、言われてようやく謝るが、一度やらかしたことを繰り返さないとは限らない。

 ナーサディアには、もうすぐ宝石姫としてのお披露目が計画されているのだ。そんな彼女の心の負担を増やしてはいけない。


「レイノルド侯」


「すまぬ、殿下。我が弟子がナーサディアへと負担をかけてしもうた」


「いえ…ですが、貴方は本当によろしいのですか。大魔導師という地位をそのように簡単に捨ててしまって…」


「ウォーレン王国の大魔導師という地位なら、不要だ」


「では」


 そう、ナーサディアの負担を増やしてはいけないのだ。だからそのために、彼女の心を守ってくれる味方を増やしたい。


「我がカレアム帝国の、こちらの宝石姫。…ナーサディアの側付き魔導師として、正式に迎え入れることを了承していただきたい」


「…ほう」


 レイノルド、ティミス双方目を細める。

 この帝国で宝石姫たるナーサディアに対して表立って敵対心を向けるような阿呆はいないだろう。だが、どうにかして皇族と繋がりを持ちたい帝国貴族、諸外国の貴族は多い。

 無論、皇族は彼女をしっかりと守るが、常にべったりでいる訳にはいかない。互いの公務の関係上、常に一緒にいられる保証はどこにもない。

 ならば、新たにナーサディアの近くにいる人を増やすしかない。前々から考えていたことだが、こんなにも簡単に実現することが出来そうだとは思っていなかった。


「ナーサディアは、大好きなおじい様と一緒にいたいよね?」


「え…良いの…?」


「む」


 目を輝かせるナーサディアと、提案を受けようとして戸惑っていたレイノルド。

 してやったり顔のティミス。


「ほら、ナーサディアも期待しておりますよ」


「ぐ、ぬ」


「おじい様…」


「孫の頼みは断れませんな。…この老耄で良ければ、我が魔術全てを使い、宝石姫様をお守り致しましょう」


 ぱっと顔を輝かせるナーサディアには勝てなかったらしく、レイノルドは笑って了承した。

 胸元に付けていた大魔導師の証であるブローチ。中央に嵌め込まれた真紅の魔石を取り外し、手のひらに乗せて魔力を集中させる。魔石に魔力をどんどんと込めていく。込めれば込めるほど魔石の輝きは増していき、赤みも増した。

 どの程度そうしているのか、その場の全員が魔力を込め続けるという光景を見ていたが、不意に『ぱりん』と乾いた音が響いた。


「え」


「魔石が、壊れた」


 ウォーレン王国で作成された、レイノルドが『大魔導師』であるという証が、今ここに破壊された。魔石に込められた魔力は霧散していく。同時に、散った魔力は大気へとどんどん溶けていった。


「おじい様、それは…」


「壊してしもうた。まぁなんだ、身分証のようなものだったからな、これは」


 もういいんだよ、と穏やかな顔で微笑むレイノルドは、魔石が嵌っていた金具をテーブルへと置いた。


「これで、儂は自由だ。あとはこの帝国所属となるだけです、第三皇子、ティミス殿。そしてよろしく頼むぞ、ナーサディア。これからは、儂も一緒だ」


 立ち上がり、深く頭を下げるレイノルドを、ティミスは満足そうに。ナーサディアは嬉しそうに笑みを浮かべて見つめていた。

 その場の騎士は我に返ると同時に慌てて駆け出し、カレアム帝国の魔導師長を呼んできて自己紹介の嵐になったり、新たな魔石や魔導師用の礼服を作成することなど、ありとあらゆることが一気に突き進んだのであった。

ナーサディアは嬉しくてにっこり。ティミスはナーサディアが嬉しいのを見れて、にっこり。

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