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身内

一話辺りで存在がこっそり書かれていたおじいさま、ようやく登場です。

 ろくでもないことをしてくれたものだ、と大魔導師は苛立ち混じりの溜息を吐いた。自身の孫娘達を差別しながら育て、環境を整えもせず双方を引き裂いたばかりではなく、ベアトリーチェには綺麗事しか伝えなかったせいで、捻じ曲がった思考回路のとんでもない王太子妃となった。

 大魔導師、もとい祖父であるレイノルドはハミル家の現状を聞いて、痛むこめかみをそっと押さえた。どうしようもない頭痛は、あの馬鹿どものせいだ、と。自分が大魔導師として諸国を巡る間、馬鹿息子と馬鹿嫁が好き放題していたようだ。資産を馬鹿みたいにすり減らしたわけではないが、これまでレイノルドや祖先達が積み上げてきた全てをぶち壊し、崩壊させ、張本人達は責任逃れを繰り返し、『許してくれるだろう』と娘に対しての気持ち悪いほどの執着を見せた結果がこれである。

 育て方を間違えたのか、あるいは親としてそもそも頭が足りなかったのか。

 何をどうこう言ったところで、取り返しはつかないのだから。


「…ナーサディアは、逃げられたか。良かった」


 ほ、と安堵の息も零れた。

 己の腹心でもある、古くから仕えていてくれる老執事。彼がナーサディアと共にカレアムに行ったのであれば大丈夫だと確信する。己の目で見たものを信じ、周りの意見に振り回されることのない彼ならば大丈夫だと。さらに、ナーサディアに付き従って侯爵家、いや、ウォーレンから出ていった者の名前のリストを見て更に頷く。


 ベアトリーチェとナーサディアを区別も差別もしなかった者が本邸を追いやられ、塔の使用人となった。結果としては彼らの待遇はより良い状態になり、本邸の使用人達の浅はかさや浅慮さが目に見えてしまうようになっただけ。全てきちんと報告書に纏められている。


「…阿呆どもめ」


「如何なさいますか、大魔導師様。その…これからに、ついては」


「ナーサディアは、儂の顔を覚えておらんだろうからな。行ったところで誰だ、と怯えさせかねん。この国で成すべきことを終えたら、…その時は外遊がてらカレアムを訪れるも良かろうて」


「はい。現当主夫妻はいかようになさいますか」


「生き地獄を味わっておるのであれば、反抗する気も起きなくなるようトドメを刺してやっても良かろう」


「トドメ、ですか…」


 ほほ、とゆったりした様子で笑うレイノルド。そして彼の一番弟子・サルフィリ。女性ながら、魔術を巧みに操り、魔力値の高さからレイノルドの跡を継ぐのは彼女であると囁かれる人物だ。

 サルフィリは昔からよくナーサディアの話を聞かされていた。とても魔法の扱いに長けた孫がいるのだ、と。その話をする時のレイノルドの顔は大変穏やかで、きっとその孫を愛しく思っているのだろうということが容易に分かった。その時は『大魔導師』ではなく『祖父』の顔になっていたのだから。

 いつか会えたらいいと思っていた矢先、不穏な知らせばかりが届くようになってしまったが、なかなかウォーレン王国へと帰ることが出来なかったのでどうしようもできなかった。魔術を使って帰ろうにも山脈を越えなければ帰れないところ、遙か遠くにまで遠征していたことも原因の一つであったが、魔術は万能ではない。何でもかんでも出来るというわけではなかったのだ。

 彼らが行っていたナーサディアへの態度や、日常的に行われてきた精神的、肉体的な虐待について、はっきり言って気持ちのいいものではなかった。幼い子供への数々の虐待の報告を読んで、幾度も顔を顰めた。


「…大魔導師様、その、復讐…は、ナーサディア様が行われたことでは…?」


「お前ならば、耐えられるのか」


「え」


「国中に虐待をされていたようなものだ。…お前は、耐えられるのか?」


 静かに問われた内容に押し黙ってしまう。もしも自分が同じ立場になった時、果たして許せるのだろうかと、考えてしまうが想像出来るわけはない。


「ですが、復讐は何にもなりません!これ以上大魔導師様の御身内を害されずとも…!」


「なぁに、この老いぼれがやるのは復讐などではない。あ奴らと絶縁する、それだけじゃよ」


 何でもないように言われた言葉。

 蜘蛛の糸のように残っていた希望の最後の一本が、ぷつりと切れた。


「どうして…そこまで…」


「馬鹿息子から手紙が来た。手首を落とされたから、くっつけてくれと。ナーサディアに手を伸ばしただけなのにどうして、と。まるで己が悲劇のヒーローじゃな、これは」


「そ、れは」


「何故こやつが、ナーサディアに手を伸ばすようなことがある。先に捨てたのに」


 淡々と、続けられる言葉。


「サルフィリよ、お前は若い。そして……甘い」


 少しだけ辛辣な単語も混ざるけれど、言い聞かせるような優しい口調。


「儂が居れば、ナーサディアをあそこまで苦しめるものは何も無かった。これでも、国お抱えの大魔導師であるからな」


「……っ」


「ランスターの手を落としたのはかの帝国の第三皇子だ」


「ティミス殿下、ですか」


「左様。つまりは彼がナーサディア…いや、宝石姫の魂の番。手を出そうとしたわけではなかろうが、本能で排除されたというだけの話だ。…落とされた右手をくっつけてほしいなど…自業自得にも程がある」


 眺めていた手紙を手の中であっという間に燃やし、灰も残さないようにした。レイノルドはこうと決めたら何がなんでも貫き通す。実の子でも簡単に見捨てる。そうするだけの理由があるのだから。


「何も見なかった、それだけじゃ」


 静かに告げると紙に何かを書き、それを魔術で組み上げて鳥へと変化させた。


「さぁ、お行き。カレアム帝国へ。ウォーレンの大魔導師は、その地位を捨てることとした。覆すことは決してない。ただの爺として、我が孫と面会させておくれ」


 声を載せ、鳥を飛ばした。

 窓から出た鳥は物凄い勢いで飛んでいく。真っ直ぐに、目標の場所へと。

 サルフィリはレイノルドがここまで家族を突き放すとは思っていなかった。ただ話を聞いた限り、どうしてもランスターが悪いとは思いきれなかったのだ。レイノルド曰く、『それがサルフィリの甘さ』らしい。

 手紙が帝国へと届き、開封されると書かれた文字がレイノルドの音声付きで再生される。それを聞いたナーサディアは、記憶の底の方の優しい偉大なる祖父をすぐに思い出した。姿はうろ覚えだったが、何度も肖像画を眺めていたし、読んでいた書物にも『偉大なるウォーレンの大魔導師』として論文と共に絵姿が載せられていたのだ。

 嬉しそうに笑うナーサディアを見て、ティミスも大丈夫だと判断したようで、すぐに迎える準備を帝国の魔導師を集めて行わせた。


「おじい様に会えるんですね…!」


 寄り道をしながら、少しずつナーサディアの体調や精神を回復させた後に帰国し、すぐ届けられた手紙。ウォーレン、という名前に体を強ばらせ、ティミスも警戒したが、開封と同時に聞こえた声にナーサディアが破顔した。

 物心ついた時に数回だけ会った祖父。優しく、何事も平等に接してくれた貴重な人物の一人で、ナーサディアに付き従ってくれている老執事がかつて主としていたハミル侯爵家の重鎮。大魔導師として様々な国へと赴いていることから、接する機会の方が少なかったのだが、その祖父がここに来る。


「嬉しい…。絵姿くらいしか見る機会も無くて…」


「大魔導師の位にいる人だよね?」


「はい。おじい様は大変お忙しい方だと聞いていました。あの人達にとっては喜ばしくなかったと思います。私の痣を無いかのように扱ってくれて、ベアトリーチェと平等に接してくれた、数少ない人です」


「なら、きちんとお迎えしないといけないね」


「わ、私もきちんとご挨拶しなきゃ…!」


 あれ、とティミスは少しだけ首を傾げる。

 これまでつっかえていたナーサディアの言葉が、思ったよりスラスラと出てきているのだ。一番のストレス源であった父母と完全に決別できたことで、何か引っかかっていたものが無くなったのだろうか、とも思う。

 言葉を発する度に、打たれ、黙れとヒステリックに叫ぶ母ももういない。お前がいなければと呪文のように呟く父もいない。どれだけ大きなストレス源だっただろうか。だが、それを本人に言うと間違いなくあわあわしてしまうので、ティミスは敢えて言わないようにした。


「(ナーサディアが話してくれるだけで良い)」


 祖父に会える嬉しさで微笑んでくれているナーサディア。

 ならば、今はその嬉しい気持ちを大切にしてあげた方が余程良い。


「多分、この手紙の開封と同時に何か仕掛けが発動してるね」


「え?」


 問いかけようとした矢先、手紙がふわりと浮き上がり、そこから立体映像でレイノルドの姿が投影された。


「おじい、さま?」


 《おお、繋がったな》


「リアルタイム…?」


 さすがのティミスも驚いたようで、目を丸くして空中に投影されているレイノルドを見上げる。バタバタと複数の足音が聞こえて、ノックも無しに扉が開かれるが、投影されている姿を見て護衛騎士がどよめいた。


「れ、レイノルド、侯…?」

「何故…!」

「今は外国を巡られていると聞いていたのに…」


 複数人の騎士がざわめく。恐らく、皇宮内で魔術の気配がしたために慌てて走ってきたのだろう。害あるものならば勿論対処しなければいけない。そう思って走ってきただろうに、浮かび上がる姿は世界的にも有名なレイノルド。ぽかんと口を開けているものや、慌てて礼を取るもの、人によって反応は様々であった。


「お、おじい、さま?」


 《覚えておるか、ナーサディア。我が孫よ》


「絵姿で、拝見致しておりました。…え、えと、初めまして…ではないし、あの…」


 《そう緊張するでない。隣にいるのが第三皇子殿下であらせられるかな?》


「はい。名を、ティミス・イルグレッド・ルイ・フォン・カレアムと申します。ご高名な大魔導師、レイノルド侯にお会い出来る光栄、身に余るものでございます」


 胸に手を当て、深々と頭を下げる。

 それに習ってナーサディアも慌てて胸に手を当てて同じようにしようとするが、笑いながらレイノルドに止められてしまった。


 《よいよい。さて、我が孫と対面して話したいこともあるので、一度この老いぼれ、カレアム帝国へと参りたく存じますが…宜しいですかな?》


「いつでもお越しください!我が帝国、宝石姫の祖父でもあり有名な大魔導師レイノルド侯の来訪、心待ちにしておりますので」


 《ありがたい。…そうそう、儂は大魔導師の地位など捨て、隠居しようかと思っておりましてな。是非、余生を孫の近くで過ごしたく》


「……ウォーレンにはお戻りにならないので?」


 《戻る必要がどこにありますやら》


 冷えきった声音に変わった瞬間、全員が背筋を震わせた。大魔導師として長年君臨してきたレイノルドの、ナーサディアを見ていた柔らかな眼差しはもう何処にもない。

 ウォーレンという名を出した瞬間冷えきった雰囲気。間違いなくあの国で何があったのかを報告され、理解しているが故に国を捨て去っている。許可など後で取ってしまえば良いとでも言いたげに、冷えきった雰囲気のままで悠然と微笑んでいる。


 《儂がナーサディアの傍にいれば、きっとこのような事にはならなかった…。すまぬ、ナーサディアよ…》


「お、おじい様は、私の痣の事をご存知で?!」


 《知っておった。だが、化粧でもなんでも隠せるものであったろうに、そうしなかったのはアレらだ》


「そう、だったん、ですか」


 《だから、ナーサディアの傍に付けたのだ。彼らを》


 視線の先にいるのは、塔でナーサディアを世話してくれていた使用人達。そうか、と今ここで合点がいった。あんなにも差別や区別をしなかった彼らは、レイノルドの腹心とも言えるべき使用人達だったのか、と納得した。

 守ってくれている人が、いた。心の支えとして、身内もいたのだと分かった途端にナーサディアの目から涙が溢れた。


 《こ、これナーサディア、泣いてはならん!》


「わた、し…ひとりじゃ、なかった…」


 良かった、嬉しい、ありがとう。

 そう呟く彼女の背中を優しくティミスが擦り、執事もメイドも、ナーサディアに駆け寄った。


「…彼らは、貴方が…貴方が育てた者が育成した使用人なのですね」


 《そうだ。何事も公平な目で見られるよう、先入観に捕らわれてはならん、と口酸っぱく言い聞かせた者らだ》


「それを聞けただけでも嬉しく思います。…レイノルド侯、いつでもいらしてください。ナーサディアの唯一の御身内であらせられる貴方様を、我が帝国は全てをもって歓迎いたしましょう」


 《そうですか、では》


 にこ、と微笑んだレイノルドの映像がブレると同時、ナーサディアとティミスの足元を中心に部屋全体にまで広がりそうな魔法陣が出現した。

 どよめく騎士団員だが、迂闊に動くこともできず、その場で立ちすくんでいると直後に眩い閃光が破裂した。


「うわ、っ!」


「……おじい様…」


 ティミスは眩しさで目が潰れないようガードしたが、ナーサディアは不要であったらしい。平気な顔で光が落ち着いていく様子を眺め、一歩、踏み出した。


「…おじいさま!!」


 魔導師の証である黒を基調としたローブを羽織った高齢の男性。口元には立派な髭が生やされているが、髪はすっきりと短く切りそろえられており、長さは所謂ベリーショート。染めることなく白髪のままだが、雰囲気とよく合っている。


「おじいさま!」


 走り出したナーサディアがそのままレイノルドの広げた腕の中へと飛び込んで、しっかり抱き着いた。


「…ようやっと、会えた。…ようやっと、だ」


 ぎゅう、ときつく抱き締め、華奢な体をすっぽりと覆うようにしっかりと腕を回す。泣きながら祖父に抱き着くナーサディアと、同じく泣きながら孫を抱き締めるレイノルド。

 あぁ、これがきっと家族なんだと、そう思えるような光景に、誰も何も、言うことなく見守っていた。

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