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いっそ殺された方がマシだった

※少しグロ表現含むかもしれません

 違う、という言葉は届かない。それは単純に、『今』のこの状況が違うだけだから。

 王太子妃の実家が取り潰しになるという醜聞などあってはならないし、今ここで潰される訳にはいかない。

 これから先の未来は明るいものだと信じて疑わなかったのに、自分達が子供に言った心無い言葉が、特大のブーメランのように襲ってきてしまった。


「本気なの?!ナーサディア、何とかおっしゃい!!」


「いいか、親子の縁はな、切れないんだ!は、ははっ、我らの家が取り潰しになろうとも、お前がいるではないか、ナーサディア!カレアム皇族の婚約者となったお前が!ベアトリーチェの後ろ盾になれば良いだけの話だろう!」


 血走った目で唾を飛ばしながら叫ぶ父親だった人を冷めた目で見つめていたが、これは本当に人なのだろうかと呆れてしまう。幼い頃、物理的にも精神的にも痛めつけられていた。

『ティミスがいるから胸を張っていられるのだろう』と責め立てられようが、『虎の威を借るなんとやら』と言われても構わない。事実として力関係は今、逆転しているのだから。


「何故わたくしがベアトリーチェ様の後ろ盾に?」


「は?」


「その離縁状、よーく見なよ」


 薄ら笑いを浮かべるナーサディアとティミスに、寒気すら感じて侯爵夫妻は離縁状の文章を舐めるように見る。最後まで読んで、押されている印を見てようやく、ランスターは真っ青になった。


「国王陛下の、印…?」


「お前が主とする人間が、国の頂点が、縁を切ることを認めているんだよねぇ」


 ティミスはテーブルに手を置き、喉元に剣を突きつけられたままのランスターに思いきり顔を近づけて問う。


「お前らが大人しくしていれば、王太子妃にも迷惑がかからなかったのに…親自ら破滅の道を辿ってくれて、どうもありがとう。わたし達は思う存分それを利用させてもらうだけだ。お前達が見捨てた子に、見捨てられる気持ちは如何かな?」


 絶対零度の微笑みと冷たい声音。縋るように、助けてほしくてナーサディアを見ても無表情で座っているだけ。

 よくよく見れば、ティミスもナーサディアも、一切紅茶や菓子類に手を付けていない。何故だ、と思うとそれを察したようにナーサディアが零した。


「毒殺されては敵いませんので」


 そんな事しないといくら言っても、信用すらないのだから言葉は決して届かない。

 ナーサディアやティミス、彼らの護衛から見れば、毒殺もやりかねないと思われているということ。信用も信頼も、何も無い。幼い頃にはこれでもかと虐待を繰り返し、挙句の果てにはネグレクト。成長して痣が消え、利用価値が出来れば手のひら返し。そんな人をどうして信用などできようか。

 それだけの事をしている自覚が一切無かった二人は、ようやくここまで追い落とされて自覚をした。


「どうする、つもりだ…!」


「我が婚約者に対する暴言、また、宝石姫へのかつての虐待。お前たちを殺すことでどうにか我が怒りを抑え込み、我慢してやりたいが、どうにも我慢ならない」


「は?!」


「味わえばいい、地獄を」


「地獄…?」


 ランスターとエディルの背中を冷や汗が伝う。地獄といっても人によって捉え方は様々あるのだが、果たしてどういう状況であれば地獄になるのだろうか。

 金が全ての人間にとっては全ての財産を失うこと。美貌を誇るものは、その美貌が失われてしまうこと。では、それらを兼ね備えたものが失って怖いものは何なのだろうか、ということ。

 家を取り潰したくらいでティミスの気は収まらないが、殺したところで苦しみがもうこれ以上味わえないのであれば、更に意味はなくなる。ならば、どうしたら良いのか。


「最初はこの家系を取り潰そうかと思っていたんだが、それだと色々と周りが困るかな、と思ってね。だから、取り潰しはしないよ。ただ、孤独になってもらうだけだ」


「…………は?」


 社交界の妖精姫と、その夫。

 富も名声も人脈もある彼らは、夜会や茶会で常に話題の中心にいた。エディルはその美貌と知識から夫人達の絶大な人気を誇る美姫、ランスターは王宮にて重要な役割を果たす若き重鎮にして家族を愛する人格者。加えて彼らは王太子妃の父母。

 そんな彼らが、社交界からつまみ出され、誰からも相手にされなくなり話題にも上らなくなれば、精神的なダメージはどれくらいになるのだろうか。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉があるように、この手の輩はいくらお灸を据えても時間が経てばダメージをほとんど感じることも無くなるだろう。それくらい面の皮が分厚いのだから。

 それならば、と。ティミスに対してナーサディアが提案したのは、両親の社交界からの追放と、侯爵家の絶対的な孤立。始めは取り潰しをしようとしていたのだが、それは止めることにした。あえて、取り潰しはしてやらない、と決めたのだ。

 そんな事をしてしまえば、ベアトリーチェを王太子妃として教育し、仕上げた人達の時間や労力に努力、育成にかかった費用など何もかもが無駄になってしまう。また王太子妃候補を選定しなくてはいけない事態になりかねない。

 そんな事をしては、他の人にまで迷惑がかかってしまうから、そうするわけにはいかない。

 父母の性格を熟知していたナーサディア自らの提案に、皇族全員が目を丸くしたが、己の一番自慢としている誇れるものを取り上げられ、弾き出された時の屈辱は如何程のものか。人が忘れたとしても、許してなどやるつもりはない。


 どうやって言い伝えるのか、そんなもの簡単だ。

 噂好きの人の口を思う存分借りてしまえば良い。


 貴族だけではない。一般庶民、更には諸外国を飛び回る商会長。

 世にも珍しい存在である、しかもカレアムで保護されている宝石姫が、まさか実家の家族に虐待され、軟禁されていた。娘は逃げるように家を出たはずなのに、自分の身分が危うくなると分かれば、捨てたはずの娘に厚かましくも縋った、などと聞かされれば数代先まで語り継ぐだろう。

 勿論、王太子妃であるベアトリーチェにも相応のダメージは向かうが、家族を顧みなかった愚か極まりない王太子妃、という話は王家が、国が続く限り語り継がれてしまうことだろう。国王一家もタダでは済まない事態へとこれで発展する。

 ナーサディアは無感情に、それらを告げる。

 真っ青な顔色で、どこか虚ろな眼差しで必死に謝り続ける父母など知ったことではない。だって。


「謝るならば、最初からしなければ良かっただけのお話です」


 そう告げられた二人に与えられた絶望。

 最後までナーサディアに縋ろうと伸ばすランスターの手を、ティミスが捻りあげた。


「ぎ、ぁっ…!」


「触るな。わたしの姫であり、婚約者であり、未来の妻だ。お前達は彼女を捨てたのだから、拾おうとしてくれるな」


 ギリギリと遠慮なく捻り、痛みに悶えるランスターが更に叫ぼうとするもそれを許してやるティミスではない。叫ぼうと口を開いた瞬間に手を離して頬へと拳を叩き込んだ。

 ソファーの背もたれを超えて吹き飛ばされた夫を呆然と見ていたエディルは、どうしたらいいか分からずにただナーサディアとティミスを見るも、そこに答えなどあるわけもない。

 今更ながら余計なことしかしなかったのだと、己の行動を後悔するがもう遅い。最初さえ間違えなければ、きっと今頃は家族として普通に過ごせていたというのに、自分達の価値観を押し付け、捻じ曲げてしまった結果としてこうなった。元に戻そうにもやってきた事の積み重ねが災いして話すら聞いてもらえない。


「ありがとう、お前達が捨ててくれたおかげでわたしはこうして大切な宝物を手に入れられた。お前達は、自分の宝物のベアトリーチェを愛でていれば良いさ」


「ずぅっと、そう仰られておりましたものね」


 うふふ、と笑うナーサディアは、髪色と目の色が違うだけで、ベアトリーチェがそこにいるかのようだった。あの痣が宝石姫としての前兆であることが分かっていれば、と夫人は歯軋りするも、『痣があるから宝石姫である』という事ではない。条件は様々ありすぎてカレアムでも明確にされていないのだからある意味でタチが悪い。

 虐待をせずとも化粧などで痣は隠してやれば良かっただけだったのに、そうしなかった。彼らが守ったのは己のプライドだったのだ。その結果として今、この瞬間があるだけ。

 余計なことをせずに大人しくしていれば良かったのに、ナーサディアに対しての気持ち悪いほどの執着を丸出しにして、『家族』というありもしない魔法の言葉を持ち出せばどうにかなると信じていた彼らと、彼らに仕えている使用人達。


「では、今度こそ本当に永遠にさようなら」


「お前が伸ばした手を今、ここで切り落とさなかっただけ、ありがたいと思ってくれ。それでは、失礼するよ」


 近い内、ハミル侯爵家は潰されないままに彼らにとっての生き地獄が始まる。使用人達も同罪、逃げられるわけはないし逃がさない。

 そもそもティミスとナーサディアは、侯爵家を訪れる前に既に王宮へと立ち寄り、今こうして行っている事の全ての許可を得ていたのだ。国王の印が押された離縁状も、根回しも、全て完了した状態で訪れた。あの時点でランスターが喚こうと、エディルが泣き叫ぼうとも無駄な話であったことはティミスとナーサディア、そして護衛を除けば知っているのはカレアムの皇族達のみ。

 出されたものは何も食べず、何も飲まず、ナーサディアとティミスは立ち上がって客間を後にする、が。不意にティミスは止まって護衛騎士を呼び付けた。


「先に我が姫を馬車へ。乗り込んだら持っている最も強い結界石でシールドを張るように。何かされては嫌だからね」


「かしこまりました。ナーサディア様、こちらへ」


「ティミスは…?」


「少しだけ話があるから、先に行ってて?わたしのナーサディア」


「…は、はい」


 あの人達に一体何の用があるのだろう、とナーサディアは首を傾げるが護衛騎士に促されるまま客間を出ていく。

 残るはティミスと侯爵夫妻。護衛騎士が出たことでようやく首元から剣が離れ、安堵するも流れるようにティミス自身が剣を抜いた。そしてそのままランスターの右手首にひたりと当てる。


「……………え?」


「わたしの大切な宝物に何をしようとしていたのかな、お前は」


「あ、の」


「よくもまぁ、汚い手で触れようとしてくれたな」


 何をされるのか理解し、青ざめる。待って、と言う前にティミスは何の躊躇もなく振りかぶり、下ろした。触れる直前、刃に魔力を纏わせて切れ味をとてつもなく良くしたので、何にも阻まれることなく、手応えもないままにランスターの手首を落とした。


「あああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「あなたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!いやぁぁぁぁ!!!!!どうして!!!!!どうしてわたくしたちがこんな目にあうのよぉぉ!!!!!」


 獣のような咆哮が響き渡り、切られた辺りを必死に力を込めて押さえ止め処なく溢れる血を止めようとするものの簡単に止まるものではない。エディルも狂ったように叫びながら止血するべく治癒魔法を展開させようとしているが、見たことのない出血量に動転しておりうまく発動できなくなっていた。それでもどうにか早く止めねば、と気が狂いそうになる心を必死につなぎ止め、持てる力の最大で魔法を発動させた。


「どうして…って、わたしが愛するものを害しようとしたクズどもに手加減しなければいけない理由はあるかい?右手が無くなろうとも左手があるから大丈夫だよ」


 手首を落としたことが、まるで無かったかのようににこやかに告げ、剣を振り払って血を飛ばす。そのまま鞘へと納め、辛うじて止血できたらしいランスターとエディルは恐怖しかない眼差しをティミスへと向けた。


「そんなに怯えなくとも良いだろう? 両手足を切り落とさないだけ温情だと思え。ナーサディアに伸ばした手だけを落としたんだから。それでは、失礼するよ」


 侯爵夫妻も、ウォーレンの国王夫妻も貴族達も、誰も知らない。カレアムで最も怒らせてはいけないのは他でもないティミスだということを。彼は、己の内側に入れたものが傷付けられたり、悲しくさせられたりすることを一番嫌う。彼が大切にしているその最もいい例がナーサディアだ。

 彼女の事だけは大切に、心地よい環境で優しく、絹で包み込んで愛おしんで、世界の何よりも大切にしてあげたいと思うほどに大きな愛でもって接しているのに。そんな存在を、ランスターもエディルも踏みにじり続けてきたのだ。ティミス曰く、『本当なら五体バラバラにしてやりたいくらいには腹が立つけれど、ナーサディアにそんな自分を見せてはいけない。それは理解しているから、あの程度で済ませたんだよ』ということらしい。

 ナーサディアの乗る馬車には、防音魔法もかけられていた。ランスターの絶叫も、エディルの悲鳴も何も聞こえないまま、時は過ぎた。あまりにあっさりと手首を切り落としたけれど、何事も無かったかのようのティミスは馬車に乗り込んできて、カレアムに戻るべく動き出す。


「あの人達と何を話していたんですか?」


「んー?もう、悪さができないようにしてきただけだよ」


「…?…そう、ですか」


 はて、と首を傾げるナーサディアには何も知らせないまま、ゆるりと走り出した馬車。侯爵夫妻が抗議したが、それだけのことをしたのだろうと相手にもされず、『何事もなかったかのように』色々なことが処理され、終わった。

 元両親を拒絶することは、ナーサディアにとって恐怖心がなかったとはいえ精神的にはかなり疲れることだったのだろう。馬車にティミスが乗り込んできて隣に座ると、無意識にぽすりともたれかかって目を閉じ、眠りに就いた。


「起こさないように、ゆっくり走ってくれ。旅行がてら帝国に戻ろう」


「かしこまりました」


 がたごとと揺れる馬車の振動を感じながら、ティミスは眠るナーサディアの手をそっと握る。


「……次は、王太子妃だ。あいつは何をしてくるか分からない」


 呟いた声は、馬車の走る音に吸い込まれ、消えていった。

きっと、何となく察している。

そうだとしてもナーサディアは彼を咎めはしない。汚れ役を密やかに買って出てくれたのだから。

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