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生まれ落ちた宝物

「いいかいナーサディア、まず大樹の前に立ったら…」


「目を閉じ、心に浮かんだ祝詞を唱える」


「あと、大樹の前では」


「祈るための姿勢になって、頭を垂れる」




「ティミス殿下、ナーサディア姫はもう儀式については覚えているのだから、いい加減に手をお離しください、な!」


「いった!」


 身分は大切で、重んじなければならない。だが、今この瞬間だけはそうも言っていられないと、ファリミエが、ぺん!と割と容赦なくティミスの後頭部を叩く。

 いつまでもナーサディアの手をしっかり握って離さなかったティミスは、ようやくそこで手を離して抗議の視線をファリミエへと向けるが、思いきり冷たい眼差しを向けられて不満そうにジト目になる。


「ファリミエ…君ね…」


「ナーサディア、こちらへ。ティティール、あなたの姉姫様を大樹の前にお連れして差し上げて」


「ちょっと」


「はぁい。姉姫様、こちらですわ」


「あ、あの、いって、きます!」


 ティミスは文句を言おうとするが、どうやらここ数日ですっかり慣れてしまったらしいファリミエとティティール。

 そして、ナーサディアは頭を押さえながら手を振るティミスと、微笑んで手を振ってくれているファリミエに頭を下げて、幼いティティールに手を引かれ回廊を進み始める。真っ白で、神聖な空気が張り詰めている回廊を歩く度、靴音が響き渡っていた。


「すごい、ね…」


「姉姫様、緊張なさってる?」


「う、ん」


「大丈夫。ディア姉様のことは、大樹も勿論受け入れてくれるから」


『大樹』と呼ばれている、宝石姫だけが入れる祈りの間にそびえ立つ大きな木。

 正式名称は、いつから、誰がそう呼び、伝わったのかは定かではないのだが『精霊樹』。あくまで『大樹』は通称とされている。


 宝石姫として覚醒すれば、カレアム帝国に迎え入れられ、祈りを捧げ、自らの加護の在り方を示し、『精霊樹』へと力を注ぐ。

 遥か昔、一番最初に生まれたと言われる原初の宝石姫が、枯れ果てていた『精霊樹』に力を注ぎ、蘇らせて活性化させたことで、樹を中心として一気に世界へと優しき魔力が一気に満ち渡った。その樹がどうしてカレアムにあったのかは分からないが、伝承としてそのように伝えられている。

 次に生まれた宝石姫も、同じように。また次も同様に。受け継がれ、力が注がれることで、世界へと魔力が染み渡るという。


 そして祈りを捧げ、願うのだ。


『どうか、穏やかに』と。


 宝石姫の扱う魔力の膨大さ故、彼女らは弱い。力が大きければ強いというわけではなく、己の力を暴走させてはいけないと、日常的に無意識に制御をしている。抑え込むのに力を使い続けるからこそ、弱いのだ。

 己の身を守るくらいの魔法は使えるが、攻撃するための魔法は基本的には使えないし使わない。仮に使うとすれば、該当する属性の精霊が、姫の力を借りて、姫に代わり行使する。

 ナーサディアを想い、ある貴族を一時的に失明させた精霊も、その一人だ。

 彼がきっと余計なことを言わなければ、精霊の怒りを買うこともなかったが、もう遅い。


 恐らくこれから、あの国から光の精霊を筆頭に、様々な精霊が去るだろうと予測される。

 光の精霊の去る速度は他の精霊と比較して恐ろしく早いのだろう。彼らの愛する精霊の、否、神の愛し子に対して今までやらかしてきたことがあまりに大きすぎるのだから。


「…出来る、かな」


「姉様、大丈夫ですわ。ファミ姉様と私を信じてくださいな」


 にこにこと無邪気な笑みで、ティティールははっきりと言い切った。幼いながらも己の役割を理解している、とても聡い可愛い子。ナーサディアはそんなティティールがいつの間にか大好きになっていたし、ティティールもナーサディアが大好きだった。

 落ち着ける雰囲気がある、とでもいうべきなのだろうか。宝石姫の二人に囲まれて、皇宮にある庭園でゆっくりと過ごすことがいつの間にか好きになっていた。

 長時間や長距離はまだまだ難しいけれど、少しずつ、歩ける距離も時間も長くなってきた。

 だから、まずはナーサディア自身が出来ることから始めようと決めた。宝石姫としてのまず最初の役割から行って、帝国にいる民への顔見せもまだ出来ていない。それをするには、この祈りを捧げるという神事を行う必要がある。


「…さぁ、姉様。あちらへ」


「ティティール…」


「大丈夫。私はもう少し離れた場所で控えていますから」


 いってらっしゃい、と微笑まれ、不安になりながらもナーサディアは歩みを進める。


 少しずつ、場の魔力が濃くなるのが本能的に分かる。

 息が詰まりそうな感覚に襲われるが、それもほんの少し。


「あ……」


 抜けた、その先。陽の光が当たっていない室内なのに大きく育っている立派な大樹がそびえ立っていた。樹そのものが発光しているかのように、魔力が満ち渡っていることで存在感が然りとあった。


「きれ、い」


 自然と言葉が出てきた。見上げていると何故だか懐かしい気持ちが溢れ、涙が止め処なく零れてくる。ふらふらとした足取りながらも精霊樹へと近寄り、体が操られているかのごとく動いてその場に膝を着いて祈りの姿勢へ。


 《新しい姫ね》


 頭の中に直接響く、高いけれど聞き取りやすい声。


 《貴女は、どう在りたい?》


「──わたし、は」


 自分がどう在りたいのか。

 それを問われ、ナーサディアは少しだけ考える。


 塔に閉じ込められて、自分の意志で何かを成し遂げたことは未だに無い。カレアム帝国に来たのは、ティミスが連れ出してくれたから、行動に移せた。自分一人では、きっと母や父に怯えて、色々なことを諦めて、何も出来なかっただろうから。


「強く、なりたい」


 《どうして?》


「私を助けてくれた人のために、私を支えてくれた人のために、隣に立って、胸を張って生きていきたい」


 ぎゅ、と両手を握って淀むことなくはっきり言い切った。


 《必要とされなくても?》


「それでも、私は」


 いつか、要らないと言われてしまうかもしれないけれど、今からそんな心配をするくらいなら、とナーサディアは自然に、微笑んだ。


「強く在りたい」


 《曲げない、曲がらない、とても強固な意志。好きよ》


 ナーサディアは目を閉じて、すぅ、と静かに息を吸い込んだ。何を言えば良いのか、口が意識しなくとも動いてくれた。




 《ひらけ、芽吹け。強き力よ、意志の力よ。世界に満ち、広がり、満遍なく満たせ。我、金剛の石を満たす光の加護に守られし存在となり、光で照らし、全てを包み込み、──世界よ、穏やかであれ。我、光の宝石姫なり。我、これより此処に在ると誓う》




 ナーサディアの身体の中から途方もない量の魔力と光が溢れ、精霊樹へと吸い込まれていく。

 その光と魔力は枝へ、幹へ、分かれて次々と吸収されていく。目を閉じていても目蓋の裏にその光景が見えた。感覚の共有ともいうべき特殊な現象が今まさに起こり、加えて、魔力を吸われているのに満たされるような不思議な感覚。


 けれど、違和感や不快感は一切無かった。


 どれくらいの時間、そうしているか分からなかったが、光が収束し、ナーサディアの中へと戻り、ようやく落ち着きを見せてきた。

 そぉっと目を開き、視線をあげた先にあるのは精霊樹。祈りを捧げる前は緑豊かな樹、という見た目だったのだが、何やらキラキラとした光の粒がいくつか見えた。祈りを捧げる前は間違いなく無かったのに、あれは一体何なのだろう、と思っていた矢先、それらが降ってきたのだ。


「……宝石?」


 意思を持っているかのようにナーサディアに向かってまっすぐ転がってきた、虹色のような不思議な色合いをした、直径凡そ5cmくらいの丸い石。きらきらと光ってはいたので宝石のようにも見えなくはないが、そういったものではなさそうで不思議に思う。

 自分の前に転がってきたそれらの粒を一粒ずつ拾い、立ち上がって精霊樹へと深くお辞儀をしてやってきた回廊を戻っていく。

 魔力が吸われたはずなのに、どこか軽い身体の感覚に不思議な気持ちになりつつも、見えてきたティティールには手を軽く振った。


「ディア姉様ー、物凄い光でしたわね!」


「ティティール、お待たせ。多分…えぇと、成功した?みたい」


「えぇ!姉様を覆っている魔力がすごく落ち着いて…あら?」


「あ、これ?」


 はい、と手のひらに持っていた虹色の石を見せると、ティティールが今までに見せたことの無い表情になる。


「な、な、なー、さ、でぃあ、ねえ、さま」


「何?」


「こ、ここ、これ」


「…え?」


「精霊姫の雫ー!!!!!!」


 幼いティティールの声は高めで可愛らしい、のだが。叫ばれると大変良く響き渡る。

 精霊姫の雫とは何なのだろう、と首を傾げるナーサディアに、ティティールは勢いよく抱き着き、目をキラキラと輝かせて真っ直ぐ見上げてきていた。


「すごい!!すごいですわ!!こんなにたくさん雫が生み出されるなんて!!」


「……え?」


 嘘でしょう、と言いたかったが、実際手のひらの中にあるそれらは、紛れもなく『精霊姫の雫』。ティティール自身も、祈りを捧げた時、ひと粒だけ生み出せたのだが、こんなにも大量には見たことがなく、普段は宝物庫に仕舞われて厳重に管理されているからまともに見たことは無かったのだ。

 それが目の前にこれだけ大量にあれば、幼くなくとも興奮してしまうのは当たり前なのかもしれない。

 ナーサディアは『祈りを捧げた時に、稀に生み出されることがある』としか聞いておらず、手のひらの中にある石がそうだとも思っていなかったため、抱きついてぴょんぴょんと跳ね、嬉しそうにしているティティールを見ていても実感が薄かった。


「これ、が」


「はい!すごい…本当にすごいです、ディア姉様!さ、早く戻りましょう!」


「あ、あの、ティティール、落ち着いて…!」


「早くー!!」


 ぐいぐいと引かれ、回廊を出て大興奮状態のティティールがティミスやファリミエに報告しつつ、ナーサディアは促されるままそれを二人に見せた。




 反応は予想した通り、というべきなのだろうか。ファリミエもティミスも言葉を無くし、まじまじと手のひらの中の精霊姫の雫を眺め、双方顔を見合わせてうん、と頷き、二人とも同時に通信具を取り出し、更に同時にこう叫んだ。



「精霊姫の雫が有り得ないほど生み出されました!!今すぐ宴の用意を!!」



 ナーサディア自身、一人状況にうまく着いていけず目をまん丸にして喜びを全力で表現してくれている三人を眺めることしか出来なかったのだが、頭の中にふと声が響く。



 《新しい姫、わたしのこども。ほんの些細なプレゼントよ》



 些細じゃない…!と叫びたかったのだが、それはやめておいた。

 精霊姫の雫も大切だが、ナーサディアが精霊樹にも歓迎されたことが、彼女自身は何より嬉しかった。


 そして祈りが終わったと同時に光魔法を展開していた者達の負担が驚く程に軽くなったことや、広がった魔力の多さに帝国民がどよめき、早く新しい宝石姫を見られますようにと歓喜に沸いたのは言うまでもない。

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