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母と息子

「よいですか、ティ「嫌です」


「母の言葉に被せて拒否するのはおやめなさい」


 皇帝夫妻の執務室に呼ばれたティミス。今ここには母であるファルルスしかいない。

 食事の席でがっちりとナーサディアを抱き締め、最終的に恥ずかしさに耐えきれなくなった彼女がメイドに何とかしてと泣きついてティミスを引き剥がしてもらい、ばくばくとうるさい心臓を必死に落ち着かせている、という何とも微妙なところに護衛騎士が迎えに来た。

 一体何があったのか、と一人のメイドから聞いて頭を抱えた彼は、『念の為に』と皇帝夫妻に報告しつつ、彼自身も主に対して忠告はした。


 いきなり、色々なものをすっ飛ばしてはいけません、と。


 ティミスと手を繋ぐことは自然になったといえ、ナーサディア自身は人とのスキンシップに慣れていない。

 だから、抱き着かれる、もしくは抱き締められれば体をとてつもなく硬直させてガチガチになってしまうし、声をかけずに肩をぽん、と叩いただけで大袈裟に見えてしまうほど体を跳ねさせる。


 言葉は慣れさえすれば問題ないようで、塔にいた頃からの使用人達に対しては、他の人と比較すると落ち着いて喋れている。ティミスに対しても少しずつ慣れてきたが、それでも塔の使用人達と比べるとつっかえつっかえになってしまっているのに、すっ飛ばして思いきり抱き締めてしまったのだ。ティミス曰く『めっちゃ可愛かったから』ということらしいが。


 ウォーレンを出る時に背後から抱き締めたのはあくまでナーサディアを落ち着かせるためであって、お互いに「さぁおいで」「はーい」と了承を得たものでもないから、あれはある意味ノーカウントで良いだろう。


 まずは人との交流に慣れさせるべきだ、落ち着いた環境でゆっくりと過ごしてもらわねば、と皇族で話し合い決めたところだったのに…と皇后は頭を抱えた。


「ナーサディア嬢のことが大切なのは勿論分かります。貴方の唯一なのですからね。でも、いきなりはやめなさいとあれほど言ったでしょう!」


「とても、可愛かったんです」


「迷いなく言っても母は許しません。貴方に慣れてもらうこともそうですが、他の姫達との交流もあるし、貴族令嬢としてのマナーも….」


「母上、それは大丈夫ですよ。報告書にも書いた通り、国は違えど彼女は王太子妃教育を受けてきていた。しかも、わざとベアトリーチェと成長速度を同じにしてみせた程の才女ですよ?」


「まぁ…それは、そうね」


 報告書に記載されていた驚くべき事項の一つがそれだ。


『ナーサディア嬢の教育速度については、彼女自身が調整した上でベアトリーチェ嬢の王太子妃教育との習熟速度を合わせて行っている』


 ベアトリーチェが出来るようになれば、ナーサディアも。

 ベアトリーチェが出来ないことは、ナーサディアも出来ないように振る舞っていた。


 ナーサディアが出来てしまっては、あのエディルに相当酷い折檻を受けてしまうからだ。


 以前、褒めてもらいたかったナーサディアは必死に頑張り、ベアトリーチェよりも高い成績を取ったことがあった。

『お母様、見て!』と嬉しそうに結果の用紙を見せ、それをエディルが確認して微笑んだかと思えば、髪を鷲掴んでこう言った。


『お前は、無駄なことをしないで』


 鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離で、血走った目で睨み付けながら吐き捨てるように言われた台詞。それだけで済めば良かったが、手を離したかと思えば頬を思いきり叩き、成績表を無惨に引き裂いた。

 たまたま機嫌が悪かったのだと思い、もう一度同じことをすれば折檻の酷さが上がった。

 だから、ナーサディアはもうやめたのだ。ベアトリーチェが大切にされているというのならば、それと同じように学んで、酷いことをされないようにして生きようと思い、そうしてきた。


「基礎は勿論身に付いています。カレアムの基本的な社交の挨拶であればもう出来ますよ」


「……そう。後は何が必要かしら」


「敢えていうなら、僕が公爵位を貰った時のための高位貴族としての振る舞い方のレッスン、でしょうか」


「あら、貴方皇位継承権は手放すの?」


「いつか何かあった時、もしくは万が一の控えくらいの位置で良いです。優秀な皇太子がいて、皇太子妃もいる。これ以上を望めば、帝国が割れかねない」


「控えめな子だこと」


「ナーサディアに関しては控えませんのでご安心を」


「…まぁ、それで良いわ。けれど、現皇太子が皇帝になるまでは、貴方にも、第二皇子にも色々とサポートはしてもらいますからね」


「はい、勿論」


 にこやかにティミスは了承して、礼を取る。

 皇帝の座には、本当に興味がないのだ。ナーサディアを見つけて、彼女を大切にすると、実際に出会ってはっきりそう決めたのだから、それ相応の地位は欲しい。

 皇族で居続けなくとも良いか、と思ったので、公爵位を今のうちに希望しておく。

 自分が引いているのは皇家の純血統。それを利用しない貴族がいないわけでもないが、わざわざ利用されてやるつもりも義理もない。巻き込まれないよう牽制しつつ、ナーサディアを守って幸せに生きていくんだ、とそう決めている。

 皇太子との仲も幸いなことに悪くはないし、もう一人の兄や皇太子妃、宝石姫との仲も可もなく不可もなく、至って普通。

 それならば、自分が持つのは皇族としての雁字搦めになる可能性のある力よりも、もう少しだけ動きやすい地位がいい。とはいえ、あまりに地位が低ければ、あの見た目だけの『妖精姫』が何かしてこないとも限らない。地位だけ見れば、アレも国の王太子妃なのだから。


「爵位については後々に、だけれど…ナーサディア嬢が目を覚ましたのなら、改めて紹介の場を設けなくてはいけないわね」


「そうですね。まだカレアム帝国の皆にお披露目はしておりませんので」


「日程調整はこちらでするわ。貴方はナーサディア嬢に説明を。その時は勿論エスコートは貴方がするのよ?」


「当たり前です。僕以外にさせてしまわれては、僕はそいつを殺さなければいけないところでした」


「(この子は…)」


 あまりにも当たり前のように紡がれた言葉に、皇后は顔色を少しだけ悪くする。

 良くも悪くも、ティミスはナーサディアへの愛が深すぎる傾向にある、恐らくナーサディアの境遇を調べれば調べるほど、それは強くなっていった。

 己の唯一無二の存在が、本来彼女を守るべきである両親、そして姉妹、果ては使用人達からまでも執拗に虐待を繰り返されていた。今まで与えられなかった愛情や温かな思いを、目一杯与えてあげたい気持ちは分かる、のだが。


「そのように言わずとも。ナーサディア嬢も貴方以外のエスコートは言葉にしなくても拒否することくらい理解しております。…今日は午前中は公務に当たるんでしたね?」


「はい。午後から、ナーサディアの体力作りも兼ねて少し皇宮の庭園の散歩をしようかと」


「そうね…。それは大切だわ」


 表現は悪いかもしれないが、ナーサディアはひょろりとしていて、かつ小柄で、細い。ベアトリーチェと並んで立っていたあの現場を見ているからこそ分かるが、双子なのに育った環境が違うせいでベアトリーチェよりも小柄だった。

 塔から基本的に出ることを許されず、出られたとしても日中は人目につくかもしれないからという理由で、許可されたとしても夜、もしくは夕方くらい。日光に当たる時間も少なかったので色はとても白い。運動らしきものといえば、ダンスの練習のために体を動かしたりストレッチや多少の筋トレをするくらい。

 まずは健康な身体作りをし、後々は改めて魔法の訓練や宝石姫としての執務を行っていくように、と。改めてナーサディア付となった料理人を始め、メイドや執事、新しく配属されるナーサディア専用の護衛騎士(女性のみ)に加えて教育係、衣装係と、様々な人員が早々に手配される。

 なるべく、彼女に負担をかけないように。少しずつ整えていく。


「では母上、わたしは公務に戻りますね」


「いってらっしゃい。わたくしは本日ナーサディア嬢に会える時間は無さそうだから、よろしくお伝えしてちょうだい」


「かしこまりました」


 礼をし、皇后の執務室を後にした。


 歩きながら側近から、かの国・ウォーレンのその後…特に王太子妃とナーサディアの実家について調べてもらい、内容について報告してもらう。


「王太子妃は、現在謹慎処分を受けているとのことです」


「妙な動きをしないか、逐一調査して報告を上げるように」


「はい。それと、ハミル侯爵家についてですが…」


「何」


「…ナーサディア様に、謝りたいと」


「……自分達が最初に捨てたくせに?今更?」


「ナーサディア様がこちらに到着されたタイミングで、何通か手紙が届いているそうです」


「どこにある」


「殿下の執務室に全て保管してございます」


「…ナーサディアには見せる必要はない。まぁ、見たとしても…あの子は興味を示さないだろうね」


 呆れたように溜息を吐いた。

 まさか、今になっても尚謝りたいと言うのかと、ティミスは歩きながら苦虫を噛み潰したような顔をする。


「都合のいい夢ばかり見ているんだろう。…手紙を送るのはあいつらの自由だが、そこから先はこちらの自由だ」


 ティミスは自身の執務室に戻って、件の手紙を見つけて中身を確認した。


 内容は大体似ている。

『あの時はただ必死だったから』、『愛していないわけがない、大切な子なのだから』、というようなアホくさい内容がつらつらと書き連ねられていた。

 どれもこれも、ナーサディアが許してくれる前提の、夢物語のような内容ばかり。

 許してもらえると思っているのであれば、頭がお花畑というしかないが、比喩表現ではなく花畑のようだと呆れる。一旦はナーサディアに聞いてみる必要があるため、届いたものの中で、比較的内容がまともに見える手紙だけを選んだ。


「…揃いも揃って能無しばかりでいらっしゃることだ」


 誰に言うでもなく呟いてから、ナーサディアのために用意させた部屋へと歩いていった。

ナーサディアの平和な日々はきちんと続いています。

文中には記載しておりませんが、ちゃんと日付やらその他もろもろ経過中です。

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