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平穏なひととき

「……………………ん」


 ぱち、と目を覚ましたナーサディアは周囲の様子を確認する。

 豪奢な天蓋付きのベッドに、ふかふかの寝具。枕の寝心地も完璧だし、初めて使った抱き枕も最高の抱き心地だった。

 寝る前に部屋に焚かれていたお香は安眠できるためのもので、不快感のない匂いでとてつもなく熟睡した。比喩表現ではなく、『あれが熟睡か』と思うくらいに。


「そっか、ここ、カレアム」


 寝過ぎてしまったのかと、ナーサディアはぼんやりと考える。

 というか今何時なのかを知りたかったが、日の高さからして間違いなく朝ではない。朝だとしても相当遅い時間。


「…えっと」


 周囲を見渡して目に入ったのはベッド脇に垂れ下がっている長い紐。何だろうと軽く引くと、『リィン』と澄んだ音が響き渡る。

 すぐに足音が聞こえてきて、部屋のドアがノックされ、入室を許可すれば見慣れたメイド二人がやって来てくれた。


「ナーサディア様、お目覚めになられましたか!」


「もう三日も眠っておられたんですよ…!」


「え?」


 思わず聞き返す。


 確か、カレアムに到着してから、二人の宝石姫とお茶をして…と、ナーサディアは必死に記憶を辿るが、お茶会以降の記憶が一切無い。


「あれ…?」


「きっとお疲れになったんだろう、とティミス殿下が仰っていました」


 たっぷりのフルーツと生クリーム、そして蜂蜜がかけられたパンケーキを食べた記憶は残っているし、めちゃくちゃ美味しかったのも覚えている。だか、それ以降の記憶は一切無い。


「お茶会の後…えっ、と…」


「恐らく、そこでナーサディア様がお眠りになられたかと」


「あ…」


 ティミス達に心配をかけていないか不安になるが、それを汲み取ってくれたらしいメイド達は微笑んでベッド脇に跪いた。


「皆様、心配はされておりましたが…あまりにナーサディア様が心地良さそうにお眠りになっていたので、安心もされていましたよ」


「そんなに…?」


「はい。あの国にいた頃に比べたら、それはもう天地の差ですよ。あんなに熟睡して、しかも幸せそうにお眠りになっていらっしゃるなん、て……っ……」


 涙ぐむメイドを見て、ナーサディアは非常に困惑していた。

 まず、自分の寝顔を見たことがないというのが一つの理由だが、そんなにも塔ではとんでもない厳しい寝顔だったのだろうか、と。


「いつも…っ、眠る時すらお辛そうになさって、…ぅ……うぅ………それが、……それが、あのような幸せそうなお顔で……」


「あ、あの、もうその辺で……」


 感激して泣くメイドに対してどう接していいか分からず、オロオロとしていたが、言われてみればあの塔で過ごしていた日々は安眠したことがないかもしれない、というところに思い至った。

 夜中に父母に起こされることは無かったのだが、日中のストレスは相当なものだった。だから、眠る時はベッドに横になると気絶するかのごとく眠りに就いていたし、起きた時の疲労感がとんでもなかったのだが、今はそれもなく、むしろスッキリしている。


「よく寝た、って…こういうことなんだ…」


「はい……、はい、そうですよ、ナーサディア様」


 うんうん、と何度も頷いてくれるメイドを見て、彼女たちがどれほど安心してくれているのか、本当によく分かった。

 そして、ゆっくりと両腕を上げて体を伸ばして改めて彼女らに向き合う。


「お風呂、入りたいな」


「それではすぐに準備致しましょう。ティミス殿下にもお目覚めになられたことをお知らせしてもよろしいですか?」


「うん、お願いします」


「かしこまりました」


 一人は、恐らくこの部屋から繋がる浴室へと向かってくれたようだ。そしてもう一人は恭しく頭を下げて一旦退室する。


 ベッドから降り、改めて室内をぐるりと見渡した。


 品がいい、と言っても勿論良いのだろう。

 ダークブラウンの落ち着いた色合いの家具、クリーム色とミント色のストライプ模様の生地がぴしりと張られている掛け心地の良さそうな二人掛けソファ、それとお揃いの一人用のソファが配置されたローテーブル。絨毯は毛足が長くフワフワとしているが、非常に歩きやすい。

 ベッドの下に用意されていた室内履きを履いて、部屋の中をゆっくりと歩き回る。が、まず広さがそもそも塔にいた頃の何倍あるのだろうかと考えてしまった。

 あまりに豪華すぎるが、これは客間として与えられた部屋だからなのか、それともナーサディア自身の部屋なのか、そこが不明なので何とも言えない。


 壁際にあるクローゼットにふと視線をやり、何とはなしに興味本位で開く。


 ぎっしり、という表現がぴったりとくるように詰め込まれたドレスやワンピースが大量に掛かっていたので、ナーサディアは見なかったことにしてそっと扉を閉じた。

 次にクローゼットの隣に置かれていたチェストボードの引き出しを開けると、これまた大量の装身具。ペンダントやイヤリング、恐らく大きさ的にはブレスレットまで、多種多様、色々なデザインの、全て本物の宝石で彩られたものがきちんと整頓されて並んでいた。


 ナーサディアはまたそっとそれを閉じる。


「(………客間なら、多分、こんなに色々家具とかアクセサリーとか、無いよね……?)」


 これまでのティミスの行動を思い返すと、タラりと流れてしまう冷や汗。嫌な予感がするが、本人に聞かないとまだ決まったわけではないから、と自分に言い聞かせる。

 だが、ナーサディア用のドレスをあっという間に仕立ててしまったエスメラルダの仕事の速さや、ティミスの性格を考えると嫌な予感は恐らく当たっているだろう。


「ナーサディア様、お風呂の用意が整いましたよ。殿下はいらっしゃいましたか?」


「まだ来てないけど…どうしよう。お風呂、入っていいかな」


「良いと思います。来たらまず彼女が私たちに確認しに来てくれますよ」


「…うん」


 促されるまま浴室へと向かい、準備を済ませてから温かなお湯に肩まで浸かる。

 適温に調整された湯が心地よくて、ナーサディアはふぅ、と息を吐いた。


「温度は大丈夫ですか?」


「気持ちいい…大丈夫…」


 入浴の手伝いを交互にする度、ナーサディアの世話をしているメイド二人は思っていたことがあった。


 別に栄養失調などというわけではないのだが、基本的にナーサディアはとても華奢なのだ。

 塔から出してもらえないことが一番の要因なのは分かりきっている。


 使用人達は、心に決めていたことがあった。


 どうにかして、あの塔からナーサディアを解放してあげられたら、思いきり外を楽しんでほしい、と。


 あまりにあっさりと叶ってしまったが、室内で日々の大半を過ごしていた彼女が外に出たら貧血でも起こしかねない。それに、恐らく。


「ナーサディア様、…余計なことであれば…その、申し訳ございませんが…」


「何?」


 髪を洗ってもらいながら、目を気持ちよさそうに細めていたナーサディアがメイドを見上げた。


「ナーサディア様、外で…遊びたいとか、思われますか?あと、長時間立っていることが、難しいのでは」


「…そう、ね。長距離も多分歩けない。今まで、出たことないからあんまり分からないけど…でも…」


「はい」


「お散歩とか、したいなって」


「是非しましょう。ティミス殿下を誘ってあげたら、きっと喜びますよ」


「…うん」


 ティミスの名前に自然と表情が柔らかになったその変化に、メイドはまた泣きたくなるような嬉しさが込み上げてくるのを感じた。塔に居た頃と比較したら、あまりにかけ離れたリラックスした姿。

 いつも緊張して、強ばっていた顔は次第に緩んでいる。ほ、と安心したように息を吐いてくれ、美味しいものを食べたら顔を明るくさせる。

 そして極めつけは、ナーサディアにとっての『大切な存在』。

 あっという間にティミスやこの国の人たちを、自分の大切な存在として認識し、気を少しずつだけれど許しているのが分かる。


「ナーサディア様…」


「なに?」


「ようやく、始められるのですね…新しい生活を」


「…ティミス様に、お礼を言わなきゃ」


「えぇ… 」


 ぐす、と鼻をすする音は聞こえないふりをして、穏やかな入浴の時間を楽しんだ。




 入浴が終わって戻ると、テーブルには大量の食事やデザート、更には飲み物やフルーツまでもが乗せられており、ナーサディアは目を丸くしたが、ティミスを見つけてすぐに駆け寄った。


「ティミス様」


「おはよう、僕のナーサディア。よく眠れた?」


「…はい」


 向かいの席に腰を下ろし、スープ用のカップにコーンポタージュが注がれる。

 そして、ティミスの問い掛けに、ナーサディアは本当の意味で初めてふにゃりと、心の底から嬉しそうに笑った。


「………………」

「……………………………」

「………………」


 ティミスも、二人のメイドもあまりの驚きに恐らくとてつもなく妙な顔をしていたらしい。ナーサディアが硬直し、サラダのプチトマトを食べたつもりが口には入らずにポトリと落としてしまったのだ。そこでようやく三人は我に返る。



「ナーサディア、今」


「え…?」


「今、ナーサディア様、お笑いに…」


「…………え?」


 自覚はなくとも、緩められた表情。ナーサディア自身は無意識のため理解しておらず、自分の顔をぺたぺたと触っているが、三人が揃って何ともいえない表情をしていることに驚いていた。

 今度こそメイド二人は嬉しさのあまりに泣き崩れ、ティミスも思いきりナーサディアを抱き締めた。


「良かった…っ!…ナーサディア、本当に良かった…!」


「あ、あ、ああああ、あの!!!!」


「何?」


「……むり……はずかしい……!」


 湯気を出していそうなくらい真っ赤な顔で、ティミスの腕の中くたりと力が抜けてしまうナーサディア。

 異性に抱き締められるということが無かった、これがまず一つの理由ではあるが、無意識ながらも一番の大切な人からの熱烈な抱擁。緊張もするだろうし、嬉しさもひとしおなのだろうが…恐らく今感じていたのは恥ずかしさがほぼ全て。


「……うん、可愛いから仕方ない」


「…………は、はずかし、い、です!!」


 ぐいぐいとティミスを押しやるナーサディアとがっちり抱き締めホールドして離さないティミス。二人の攻防は少しの間繰り広げられたが、最終的にナーサディアがある意味諦めて抱き締められるままになっていた。




 なお、後にそれを知られたティミスが護衛騎士から『いきなり過剰なスキンシップをしてはいけません!』と叱られたり、母であるファルルスからは『せっかく穏やかに過ごせるようになったのに、いきなり驚かせてどうするんですか!』と叱られたりもしたのだが、それは今は割愛しておく。

平和でまったりした日々、始まります!

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