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その想いは通ずることなく

 残された人達は、戸惑いの中にいた。

 彼らが立ち去って、既に半時間は経過したというのに誰も動けないまま、揃って床を眺めることしかできていなかった。


 宝石姫が去る時、生み出されたほんの小指の先程の小さな魔法石。

 今もそれは素晴らしい輝きを放っているが、その場にいる貴族たちは明らかにその大きさに対しての不満を持っていた。

 だが、彼らがその不満を口にしたところで、それは何もいい方向には向かわない。それどころか、その原因を作った張本人たちばかりなのだから、不満すら口になどできない。


 かといって、侯爵家に対して怒りを向けてもどうしようもない。彼らは、第三者からすれば皆揃って共犯者なのだから。

 しかも、その共犯者には王家の人間も含まれているというとんでもない醜聞。宝石姫を大切にするカレアム帝国の皇后自ら宣言した『聞かれたら、どうして自分が王国に出向いてまで宝石姫を迎えに行ったのか』については、そう遠くない未来にあっという間に広がってしまう。


「………そもそも、夫人が己の子を差別しなければ」


 誰かが呟いた。


「痣くらい、化粧でどうして隠してやらなかったんだ」


 また誰かが呟いた。


 至極尤もな意見に、エディルは居た堪れなくなるが、己の行動と思考が今のこの状況を招いている。それは、夫であるランスターも勿論含まれていること。夫妻が揃って、ナーサディアを『化け物』だと決めてしまったあの日から、少しずつ狂い始めた歯車。


 そして。


「何故ベアトリーチェ様は己の姉妹を気にかけなかったんだ…」


 それもまた、至極尤もな意見。

 これが一桁の年齢ならばまぁ…というところではあるのだが、もうベアトリーチェも14歳。自分で考えられるだけの頭はあるし、『そもそも影姫として育てるならば同じ環境にいないのか』というところを気にしなかったのか。

 影姫としての役割を果たすのであれば、同じ環境で、同じように育てられるのが常ではないのか、とざわめきが広がる。


「……ベアトリーチェ……」


「……っ」


 咎められているわけではなく、労られているが、王太子のその声音ですら、今のベアトリーチェには恐怖でしか無かった。


「お母様が…、」


「…最終的には母親に責任転嫁か」


 吐き捨てられるように言われた言葉に、かっと顔が赤くなる。


「王太子妃ともあろう人が、いつまでも生家の母にしがみつくとは…何とも幼き思考回路でいらっしゃる」


 クスクスと笑いが広がる。

 いつまでも座り込んで立てないまま、ベアトリーチェは俯いていた。


 ナーサディアからの完全なる拒絶。

 あんなにも仲良しだったのに、と。今色々なことを振り返れば、おかしい事が満載なのだ。

 いつも、母が言うことが正しかったから、などとはもう言えない。そもそも母の言うことは根本から間違っていたのだから。


 痣など化粧で隠せばいいのに、それが醜聞だからと幼い子を隔離する。

 それは単なる育児放棄ではないのか?と、今更になって皆が思う。

 ナーサディアを守り、育てたのは『家族』ではない使用人たち。そして、彼女をあの塔から連れ出して逃がし、今頃平穏な環境を思う存分与えているのは帝国の皇子。

 この国そのもの全てが、ナーサディアにとっては不要なものだと、態度でも言葉でも、教えこまれたような気分だった。まぁ、実際そうなのだが。


 そうやって国全体が間違えてしまったことそのものは無くならず、事実が周りへと広がり、信頼は地に落ちるだろう。

 信頼が地に落ちたとしても、人であるからこそ、生きていかなくてはいけないのだ。

 貴族で領土を持つ者は、己の民を飢えさせる訳にはいかない。民に咎は一切ない。あるのは己たちの傲慢な考えや軽はずみな行動が招いてしまった今この現実の結果のみ。

 事の重大さをようやく理解した国王や王妃も、立場を捨てて逃げたところで何も変わらない。


 悔しさ。

 情けなさ。

 そして怒り。


 様々な感情がその場の人達全員を包み込んでいたが、国王がようやく重い腰を上げた。



「謝ったところで、我らのやったことは『事実』として広まる」



 よく通る声に、ざわめきもすぐに静寂へと変わる。


「失った信頼を回復することが、どれだけ難しいことか。…マイナスに振り切れてしまっては、そもそも回復すらさせてもらえぬやもしれん。だが…」


 ぎりり、と拳を強く握った。


「だが、それでも我らは進まねばならんのだ」


「…綺麗事を…」


 誰かが呟くが、誰も否定しない。


「綺麗事だとしても、だ。………我らが、幼き令嬢にしてきたことが無くなりはせん。いくら謝ろうとも、許されることはないだろう」


『普通にしていれば、鳥の卵くらいの大きさはあった』というファルルスの言葉が頭をよぎる。

 去り際にナーサディアが生み出した、小さな魔法石。

 それをじっと、国王は見つめてベアトリーチェへと視線をやる。


「王太子妃よ」


「……っ、……はい」


「我らもだが、そなたにも無論、責の一部はあると理解しておるか」


「……はい」


「無関心だったわけではないだろうが、そなたは己の環境を無意識に守りきっただけなのだ」


「…はい」


「そなたは日陰におるものに手を差し伸べることは、しなかった」


「……っ」


 時折会っていたのに、ベアトリーチェがしたことはナーサディアに対して愚痴ばかり零していただけ。ナーサディアの話を聞かずに、一方的な会話ばかりしていたことを、ようやく思い出す。

 いつの間にか、ナーサディアは静かにベアトリーチェの話を聞くだけになっていた。自分の話をしなくなっていたにも関わらず、それに気付いたのは今この瞬間。


「ナーサ…っ」


 涙が溢れそうになるが、泣いたところでどうしようもない。己の阿呆らしさに泣きたくなってしまう、それだけのこと。


「さぁ、これからをどうせねばならぬのか、上級貴族の皆は会議室へと向かってくれ。……せめてもの償いができるのであれば、礼を以て尽くさねばならぬ」


 それすら許してもらえるか分からないけれど、やるべき事は大量に積み重なっているのだから。






──────────



 王太子妃として与えられた部屋で、謹慎処分を言い渡されたベアトリーチェは静かに考えていた。


 ナーサディアが、宝石姫でなくなれば、自分の元へと帰ってきてくれるのではないか、と。


 だって、自分達は双子なのだから離れてはいけないのだ。

 魂を分かちあった、絶対の存在なのだから、ずっと一緒にいなくてはいけないのだ。


 捻くれ曲った思考回路と、この数日間で家族の何よりも大切に愛おしんできた己の片割れが手の届かないところに行ってしまったという喪失感は、とんでもなく大きかった。





「ダメよ…………ナーサディアは、私の『はんぶん』なんだから」






 狂気を乗せた微笑みで呟かれた言葉を聞いた者は、誰もいない。

じわりと、こわれていく

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