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地獄の始まり

 蒼の塔。

 別に謂れがあってこうした名前がつけられた訳でもないが、一説によれば昔は塔全体が蒼く輝いていたためだと言われている。当時、塔を管理していた魔術師である祖先の一人の魔力に反応し、塔を構成している鉱物が蒼く光り輝いたのだとか。

 この塔には魔力封じも施されていない、すきま風が入り凍えることも無い、夏の暑さに泣くことも無い。窓も普通にあるし格子が嵌められている訳でもなく、ただベアトリーチェとナーサディアを引き離したかったのだ、両親は。


 否、『ただ』というより『現時点では』なのかもしれない。


 ベアトリーチェは王太子妃候補としての教育が始まり、家庭教師の数も増やされ、毎日忙しい日々を送っているそうだ。どうして本邸にいないナーサディアが知っているのかといえば、会いに来てくれたベアトリーチェから聞いたから。

勉強の合間に、夕飯の前の少しの空き時間に、ナーサディアの元に駆けて来てくれる双子の愛しい片割れの姿に、いつもナーサディアは救われていた。捨てられたのではないと、そう思えるから。


 ナーサディアは世話役として執事とメイド、そして料理人をきちんと本邸から派遣されているから、日常生活に差し障りが出ることは、ほとんど無い。

 派遣されてきている人達は、生まれた頃からナーサディアの顔の痣を見ても嫌がらず、慈しんでくれた人達。父や母よりも精神的には大切にしてくれた人達だ。だから、ナーサディアも彼らのことが大好きで、そして何かを返したいと思っている。


 彼女が返せるとすれば、ベアトリーチェと同じような水準の教育をするためにやってくる家庭教師達の教育を確りと受け、万が一があったとしても家名に恥じないような淑女として振る舞えるようにすること。

 ナーサディア付きだから、と言われないようにしなければならない。ベアトリーチェに迷惑をかけないようにしなければならない。

 幼くも聡いナーサディアは、色々な事に必死に取り組んでいた。勉強も、魔法の訓練も、礼儀作法も。自分に出来ることを必死になってやっていれば、いつかは父も母も、気にかけてくれるかもしれないと、淡い期待を抱いて。



「え……」

「ごめんね…ナーサディア……わたし、おう、きゅうに…いかなきゃ…」



 平穏が崩れたのはいきなりだった。


 塔に駆けてくるなり泣き始めてしまったベアトリーチェを抱き締め、とんとんと背中をさすりながら必死に事情を聞き出してみた。これからベアトリーチェは、王宮で更に本格的な王太子妃候補として、否、王太子妃としての教育が始まってしまうそうなのだ。あまりに優秀だったがために、数人いた候補は側妃候補へと変わり、ベアトリーチェが更なる教育を受けることになってしまった。

 ひっく、ひっく、としゃくりあげているベアトリーチェをぎゅうっと抱き締めている力を、ナーサディアは無意識のうちに強くする。


「いやだよぉ…!だって、ナーサディア、ひとりに、なる……っ、うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

「ベアト…っ…!」


 つられてナーサディアも泣き出してしまった。

いくら2人がしっかりしており、賢くともまだ7歳の少女なのだ。生まれて今まで離れたことも無く、ナーサディアがこの塔にいるようになってまだ一月ほどしか経っていない。片割れのためを思っていたが、離れるとはいえあくまで家の敷地内。一緒なのが当たり前だった2人にとって、本格的に引き離されてしまうという事実が、胸を抉る。


 わんわんと2人が抱き合い泣き止まないため、困りきった2人付きの使用人たちが本宅に慌てて向かい、茶会から帰宅したばかりの母を呼んできた。


 母がやってきた頃には少しだけ落ち着き、ずび、と鼻をすすりつつ手をしっかりと握り離さない2人の様子に困ったように微笑む。

 その微笑みは何も理由を知らない人が見れば、まるで一枚の絵画のようにも見えただろう。

だが、違和感を既に持ち始めていたナーサディアからすれば、嫌な感覚にしか襲われないものだった。


「まぁまぁ……2人とも、目を真っ赤にして……。さぁナーサ、ビーチェ、お母様のところにいらっしゃい?」


 母であるエディルはふわりと両手を広げる。

ベアトリーチェは素直に、ナーサディアはおずおずとその腕の中におさまった。


「大丈夫よ。…貴方達は双子、魂を分け合った唯一無二の存在なのだもの。それに、ビーチェがいい子にしていればこちらに少し帰宅することも許可してくださると王妃様がお約束してくださっているわ。ナーサ、あなたもいい子にしていればお父様がこっそり王宮に連れて行ってくださるそうよ」


 優しい声で語られる内容に、ベアトリーチェは安心したのかふにゃりと嬉しそうに微笑んだ。


「本当?」

「もちろん、お母様が嘘をついたことがあったかしら?」

「ないわ!ね、ナーサディア!」

「え、えぇ…」


 ベアトリーチェの勢いに頷くも、何処と無くモヤが残ってしまうのは、恐らくこの塔に来る前に父と母が見せたあの顔のせいだろう。実の父母を怖いと思うだなんて。



 母の言葉にすっかり機嫌が元に戻ったベアトリーチェは、離れるのが惜しいとは思いながらも、塔を後にした。

 もちろん、何かあってはいけないからとエディルに着いてきてくれていた護衛騎士に見送らせた。本宅と塔、僅かとはいえ距離があるのだから、念には念をと。



そして、塔に残ったエディルは、ゆっくりとナーサディアに向き合った。



「……ナーサディア」



 冷たすぎる母の声に、ぎくりと体を強ばらせた。


「分かりますね?ベアトリーチェは、大変優秀であるからこそ、王妃様に気に入られ、王太子殿下とも大変、良好な関係を今まさに築いていっています」

「は、い」

「あなたがその邪魔をしてはいけないの」

「……邪魔……」

「醜い顔を持っているだけでベアトリーチェの邪魔になるのが分からないの?」


 エディルの美貌をもってして、冷たい眼差しを向けられれば、普通の人間ならば耐えられない。それ程までに苛烈な印象となる冷たい眼差し、冷たい雰囲気になって我が子に対峙しているのだ。


「わた、わたし、ベアトの邪魔なんか…!」


「うるさいわよ、『化物姫』」


 実の母に、一番呼ばれたくない呼び方で、冷たく呼ばれてしまった。


「お前は、ベアトリーチェが王宮の中で確固たる地位を築くまでここで暮らしなさい。……安心して?貴方は顔の痣の影響で病弱になっているのだから………ねえ?」


 そこまでして自分の存在が疎ましくなっていたのかと、ぽろりと涙が零れる。


「痣さえ無ければ、双子の妖精姫、という呼ばれ方だったのかもしれないわねぇ………だって、お前とベアトリーチェは、一卵性双生児なのだから」


 なにか、なにかを言い返さなければと思うのに喉がひりついて言葉が出ない。


「月に一度、お前の勉学の習熟度合いをテストします。………励みなさい?」


 ではね、と言い残して塔に戻ってきた護衛騎士と共に、母は蒼の塔を後にした。



「好きで……………こんな、あざ、つけてない………っ!!わたしのせいじゃないのに…っ!!!!いやだぁ……!!!!!!!こんなの、いらない!!!!!」



 悲壮な叫びが、塔の天辺の部屋に響き渡る。

石造りの塔から、その叫びが外に零れることは無かったが、ナーサディアの様子を見に来た老執事は何も聞かなかったことにした。

 せめて、幼い姫が少しでも落ち着いてから、親から受けた傷を癒そうと、そう決めて。

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