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怖がらなくていい

「ほんと、すみませんでした」


「宝石姫様、申し訳ございません。我が主が」


「だ、大丈夫、だから…!」


 正座をし、護衛騎士にゲンコツを食らったのが痛くて涙目になりつつ、しょんぼりと項垂れるティミス。

 大丈夫、とは言ったものの、どうして良いか分からずにおろおろしながら執事と彼を交互に見て『たすけて』と言外に告げるナーサディア。

 なお、ティミスは自分の護衛騎士にたっぷり絞られた後の事である。


「本当にごめんね…君が目を覚ましたと思ったら、いてもたってもいられなくて」


「……」


「ナーサディア、どうしたの?」


「何で、分かったんですか?」


「えーっとね、『分かる』んだよ。僕は」


 盛大に頭の上に?マークが出ているナーサディアを、可愛いなぁと思いながらも、説明をするために立ち上がった。

 そして、ナーサディアの正面に立ち、ソファに腰掛ける彼女と視線を合わせるように膝立ちになって微笑んでみせた。


「ナーサディア、手を出して?」


「……こう、ですか?」


 素直に言われるまま、両の手のひらを上に向けて差し出した。


「そのまま、少し力を込めて光の玉を出してみて」


「…?」


 首を傾げながらも言われた通りに小さな光の玉を出現させる。

 ふわりと浮いている光の玉を、メイドたちは小さく歓声を上げて嬉しそうに見ている。

 満足気に笑うティミスは、自身の服の袖をまくり手首を露にする。そこにあったのは、薄らと光る不思議な形の痣。


「それ…は」


「魔法を解除してみて」


 言われた通りに消すと、その痣も消えた。


「え…?」


 わっ、と更に周りの使用人たちから声が上がった。

 ナーサディアが魔法を使えばそれに反応して光った痣。何もしていない時には光りもせず、そこには何も存在しない。


「君が魔法を使えば、僕の手首に痣が浮かび上がって、こんな風に光るんだ。ある種の共鳴反応、というところかな」


 ふふ、と笑って、ティミスは相も変わらず優しい眼差しをナーサディアへと向けている。


「それとね、君の反応…えーっと、生命活動、的な?うまく言葉では言い表せられないんだけど、そういうのも何となく分かる」


「だから…ですか…?」


「そう。些細な魔力の反応も拾っちゃうから…目が覚めたって分かったのが、嬉しくて」


 ふにゃりと笑うティミスは、そのまま見れば年相応の少年にしか見えない。だが、彼は強大なカレアム帝国の皇子であり、宝石姫の番となる血を引く者なのである。大切なものを害する、もしくは害する意思のあるものに関して容赦ない。

 彼の穏やかな見た目だけに騙され、『わたしの娘を婚約者に!』と鼻息荒く迫ってしまった貴族たちは、尽く返り討ちにされた。

 そんなものは存在しない、と馬鹿にしてしまった者たちは、許されるわけもなくそれ相応の『罰』を与えられた。

 彼らが馬鹿にしたのは帝国が何よりも尊び、大切にしている存在。余程のことがない限り、王族に番のように引き合う、魂で結ばれた存在。

 そんな彼が、ナーサディアが目が覚めたことが嬉しい、と。今こうして全てを使って言ってくれている。

 ほわり、と胸が温かくなるような感じがした。


「うれ、しい」


「うん、嬉しいよ」


「どうして…?」


「僕の大切な人だから」


 躊躇なく言って、ナーサディアに手を差し出す。

 ティミスの顔と手を交互に見て、おずおずと乗せれば優しく握られた。


「…!」


「何回でも、君が安心できるまで言う。怖がらないで?大丈夫だからね。それよりもナーサディア、汗でべたべたしてるだろう。お風呂、入っておいで」


「……ぁ、えと」


「ナーサディア様、お手伝いしますよ!」


 にこにこと笑うメイドに促され、こく、と頷いてから繋がれたままのティミスの手をじっと眺める。温かくて、当たり前だが自分の手より大きい。


「ナーサディア、どうしたの?」


「…ごめん、なさい」


「ん…?」


 突然謝った彼女に、その場にいた全員が不思議そうな表情を浮かべた。何も悪いことはしていないし、妙なことも言っていない。


「…皆が、大切にしてくれてるの、分かるの。…でも、…あ、の…」


「うん」


「う、うまく…言葉に、できなく、て。ごめ、なさ…」


「…ナーサディア…」


「お嬢様、お気になさらず…と言っても、なかなかそうはいかないとは思います。ですが」


「…?」


「先程殿下が仰られておりましたが、もう怖がる必要はありません。それは、揺るがぬただ一つの真実でございます」


 これまで、口を開けば罵倒され続けた恐怖からか、ナーサディアは会話が非常に苦手になってしまっていた。

 塔にいる使用人たちに対してはつっかえながらも話せていたが、そこに侯爵夫妻が現れると途端に無口になっていたのである。

 何か言おうものなら烈火のごとく怒り狂い罵倒された。ベアトリーチェを心配して状況伺いをしただけで『そんなにあの子が妬ましいのか!』と斜め上の怒りをぶつけられた。そんなこと思いもしないのに、彼らの中では『ナーサディアはベアトリーチェが羨ましい』という思いでいっぱいだったらしい。

 だから、彼らとまともな会話があるのではないかという希望を手放し、諦めた。

 頑張れば迎えに来てもらえるかもしれない、という希望はもっと早くに手放した。


 手放したものが多すぎて、ナーサディアは今、どうしていいのか分からなくなっている。


 ティミスや彼の護衛騎士、そして塔の使用人たち。

 皆ともっと話したいし、ティミスからはカレアム帝国の話を色々と聞きたいのに、うまく言葉を紡いで会話にすることが出来ない。

 でも、執事の言葉を聞いて、ようやくナーサディアはほっとひと息つけたような気持ちになれた。


 怖がらなくていい。

 怯えなくていい。


 安心して、つっかえてしまうかもしれないけれど自分の思いを口にして、皆と会話をして、自分をちゃんと知ってもらいたい。


 皆の雰囲気や気持ち、自分に向けてくれる愛情が、想いが、ただ嬉しくて、執事の言葉に大きく頷いた。


「ありがとう…」


 ティミスと繋がれた手に一度だけ力が込められ、ぎこちなくも微笑んでから手を離す。湯浴みをするためにソファから降りてメイドのところに歩いていくと、二人並んで浴室へと向かっていった。

 寝込んでいたのが一週間もあったせいか、よろよろとしている彼女をメイドは時折支えながら歩いていく。二人揃って浴室に続くドアを開け、閉じられたのを確認してから執事とティミス、もう一人のメイド、そして料理人、ティミスの護衛騎士は揃って部屋の中央に置かれていたテーブルに着席した。


 王宮内の貴賓室の広さや設備の充実っぷりに驚く一方で、彼女が寝込んでいる間、この部屋に訪れる人間は少なくない。

 ほとんど部屋の入口でたたき返されている、もしくはティミスに追い返されているので、ナーサディアは高熱を出している間、静かに眠れたわけだが。


「さて、と」


 微笑むティミスは、ナーサディア付きの使用人たちを改めてぐるりと見渡した。


「君たちの目から見たありのままを教えてほしい。ナーサディアにとって、あの家のもの達は、必要か、不必要か。その上で後で彼女にも問おう」


 こく、と誰かが息を呑んだが、料理人がおずおずと手を挙げた。


「いらないと、思います。顔の痣があるというだけで、実の娘をあれほど疎んでいたのに…こうして立場が変われば、手のひらを返すとか、あ、ありえません」


 問われたとはいえ、立場が違いすぎる相手に対して口を開いたことはそうそうない。だが、彼は勇気を出したのだ。自分の作った料理を、いつも『美味しい!』と目を輝かせて食べてくれた、幼い主のために。

 身勝手だ、と思われたとしても、会話に怯えてほしくない。素直な気持ちを吐露できるようになってほしい。


 そのためには、あの家族は、間違いなく不要だ。

 カレアム帝国に向かうのだから、尚のこと不要になるだろう。ここまで蔑んだ娘をこれから大切にするとも思えない。


「そっかぁ。皆も……うんうん、同じ意見だね。分かった。ナーサディアが湯浴みを済ませて、ご飯を少し食べたら聞いてみよう。…侯爵夫人に対する態度を見ていたら、まぁ…何となく想像はできるけど」


 にこにこと機嫌の良いティミスを見て、護衛騎士は背筋を嫌な汗が伝うのを感じていた。


 こんなに機嫌の良い主は、ろくなことを考えていない。

『ご愁傷さまです』と、うろ覚えの侯爵夫妻や、会ったことのない侯爵家本邸の使用人たちへ、憐れみの念を少しだけ送った。

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