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本当の姿①

 仮面を自然と取り外したナーサディアの美しさに、その場にいた使用人達は息を呑んだ。

 王太子妃となっているベアトリーチェと瓜二つの顔にあったはずの、あの痣が欠片も見当たらない。ぼんやりと窓から見える月を眺めるその姿はまるで、一枚の絵画のようにも見える。

 一人だけ、老執事は唯一ナーサディアの顔を見ても特に驚いていなかった様子だ。何らかの形で知っていたのか?と、他の使用人達は顔を見合わせ、そして、世話役のメイドが恐る恐る問いかけた。


「…恐れながら、ナーサディア様…」


「……?」


「お顔の痣は…」


「消えていたの。…これが現れた時に」


 すい、と手を上げてその場にいる全員に、宿したダイヤモンドを見せた。

 楕円形のそれは、買うとしたらどれほどの金貨が必要になってしまうのか想像もつかない。大変美しいオーバルシェイプで、光の当たり具合によって素晴らしい光を放っている。


「…それって…本物?です、よね」


「…取ろうと思ったけど、取れなかった…。あと、本物…」


 ずん、と真っ青な顔をしているナーサディアの言葉から、どうにかして取ろうとしたであろうことが窺える。朝起きてダイヤモンドが手の甲にあった時の驚きは相当なものであっただろう。また、この幼い主は、何かの手違いで手の甲にダイヤモンドがくっついていると思ったらしい。だが、そもそもくっつくというより、そこに()()のが当たり前のように光り輝いている。


「200カラットほど、でしょうか…。大きさに関して詳しいわけではございませんが…ふむ」


 膝を突いて執事がじっと眺め、考えていた。

 大きさなど、ナーサディアはどうでもよかったのだが、そんな事よりもこれが現れてから家族や自分を虐げていた人達への色々な感情が、ほとんど『どうでもいいもの』となっていたことの方が驚きだ。まるで、このダイヤがいらないものを吸い取ってくれたかのように。

 キラキラと光るそれを、ほう、と感嘆の吐息を零して見つめるメイド二人に、老執事は呆れたような眼差しを向けた。


「はしたないですよ。良いですか、妙なことは考えてはならん」


「宝石はいつでも女性の憧れなんですから!見ていられるだけで幸せなんです!」


「そうですよ!あぁ、ナーサディア様の御手も真っ白で、よくお似合いです」


「似合…う…?」


「はい。そこにあるのが当たり前のような存在感です!」


 言われて、ナーサディアは改めてダイヤモンドを見つめた。

 カラット数が大きければ大きいほど、価値はあるのだろうがこれは普通の宝石ではない。だが、こんなものをこれほどまでに目を輝かせながら見ている二人にわざわざ言って水を差す必要もないのかと、ナーサディアは一人納得する。


「気持ち悪く…ない?」


「何がですか?」


「に、人間にこんな風に宝石がついてるの、って…」


「いいえ。何故かは分かりませんが…でも、ナーサディア様にはそれがあるのが当たり前なんだと、思えてしまっているんです」


 不思議ですよねー、と笑うメイドの笑顔からは嘘は感じられない。

 どうしてこんな自分に優しいのか。

 塔にいた時からそうだった。

 皆、ナーサディアに対して屈託のない微笑みを向けてくれて、大切にしてくれる。逆らったら後で何をされるか分からないのに、エディルや本邸にいる使用人達からも、守ってくれた。


「ありが、とう」


 ぎこちないながらもお礼を言うと、それだけでも微笑んでくれる。

『家族』というものがあるのであれば、こういう物なのだろうか…と、色々な意味で緊張していたナーサディアはようやく落ち着いて数少ない使用人達の顔を見た。

 それに応えるように彼らは笑みを浮かべてくれる。

 あぁそうか、彼らはナーサディアがこうして力を抜いてくれるだけでも嬉しいのかと、塔にいた頃からは考えつかなかった、自分に対して優しい感情をほんの少しだけ、抱けた。


 優しい時間が過ぎる中、数度、ドアがノックされる。


 ぎくりと体を強ばらせるナーサディアを守るようにしてメイドが前に立ち、執事が「わたくしめが」と言ってノックに対しての返事を返し、ドアを開く。

 すぐに笑って、客人をこちらに案内してくる様子にナーサディアはメイドの背後からやってきた人物を見た。


「あ……」


「ナーサディア、大丈夫?嫌な思いはしていない?」


 柔らかな笑みで歩いてくるティミスに、ふるふると首を横に振って言葉にせずとも返答した。


「そっか。良かった!……あのさ、嫌な意味じゃなくて聞いてほしいんだけど」


「なん、ですか?」


「ナーサディア、視覚誤認の魔法、ずっと自分にかけているでしょう?疲れない?」


「えと…」


 確かにかけている。髪と目に。

 だが、顔の痣を隠していると思っている使用人達は、不思議そうにティミスへと問いかけた。


「恐れながら…皇子殿下。ナーサディア様の顔の痣は…」


「違う違う!」


 間髪を容れずに否定したティミスを全員困惑したように見つめ、メイドに場所を譲ってもらってナーサディアの前までやってくると跪いて見上げた。


「ナーサディア、顔の痣はもう無いじゃないか。髪と目、そっちに使っているだろう?」


 ぎく、とナーサディアが体を強ばらせるのと、使用人達が不思議そうにナーサディアを見つめたのは、ほぼ同時だった――。

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