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終わりの始まり

 ウォーレン王国の由緒正しき侯爵家、ハミル家。

 妖精と呼ばれるほどの美貌を持ち、社交界の薔薇と呼ばれる母、エディル。

 国の重鎮、王国文官のトップに君臨する父、ランスター。


 そんな夫婦には双子の姫がいた。


 1人は母の美貌を全て受け継いだような、幼い頃から『妖精姫』という二つ名で呼ばれるほどの美姫、ベアトリーチェ。

 もう1人は、ベアトリーチェと同じ容姿ではあるが、顔の左半分を覆う痣をもって産まれてしまったナーサディア。


 ベアトリーチェとナーサディアが物心ついたある頃、両親は眠る2人の姿をじっと見下ろしながら小声で会話をしていた。


「あなた…」

「……ナーサディアに罪はない。だが……」

「『ハミル家の妖精姫と化物姫』だなんて……」

「あぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 憎しみの篭った眼差しでナーサディアを見つめる両親。


 ナーサディアが何をやらかした訳でもない。勉強も礼儀作法も頑張っているし、家庭教師の先生からも褒められている。勿論、成績も良い。

 だが、ただ一つ。顔の痣だけがナーサディアの欠点となってしまっているのだ。


 生まれつきの痣はどうしようもない。それは両親にも分かっている。分かっているつもりであった。だが、どれだけ高名な医者に見せても、『生まれついてのこれに関しては治療の方法がない。せめて、痣を薄く見せられるような化粧をして差しあげてください』と言われるだけ。塗り薬も飲み薬も、効果は無く、侯爵夫妻の心を蝕んでいく。どれだけ努力しても良くならないそれに対して、怒りが膨れ上がってきてしまったのだ。

 怒りを我が子にぶつけるだなんて、正気の沙汰では無いことくらい理解しているが、理解することと『痣を治す術がない』ということは別物だった。せめて痣の範囲さえ狭くなってくれれば。それすらも叶わぬ願いとなってしまった状態で、夫妻の何かが壊れた。


「薄くできるような化粧を、だなんて軽々しく……ふざけないで、そんなもの買えば、すぐにあることない事広まってしまうじゃないの…!社交界を舐めないでいただきたいわ!」

「あぁ。それならば…」

「ナーサディアを、もう社交の場には出さないわ。万が一の為の、愛しいビーチェのスペアだと……割り切るようにしなければ」


「「このような化物、我が子ではない」」


 冷たい二対の眼差しが、幸せそうに並んで眠る2人の幼子の内の片方にだけ降り注ぐ。こうして見ていると、痣の有る無しで見分けが着いてしまうが、痣さえ無ければ一卵性双生児の可愛い可愛い娘たちが眠っている姿だというのに。

 愛しい気持ちと憎い気持ちが相反し、憎しみのみが勝ってしまった侯爵夫妻は、我が子の寝室を後にした。






 ウォーレン王国の民は、貴族でも平民でも魔法が使える。魔力の大きさで差別されることはないが、魔法学院に入学する時のテストで差が出てしまうくらいだ。魔法を得意とする職を志す者にとって、それだけが欠点となりうるくらい。ただそれだけ。

 魔力を増やす方法として知られているのは、限界ギリギリまで魔力を消費し、スッカラカンの状態にしてから就寝すること。

 こうすれば翌朝目が覚めた時にほんの少しだけ、魔力の最大値が上昇すると言われている。上昇するのがあまりに少なく、この方法で最大値を大幅に増やした例が存在しないため、行う者はほぼいない。


 ナーサディアとベアトリーチェ、2人は膨大な魔力に恵まれていた。両親はほどほどであるが、父の父、双子からすれば祖父が王国で数少ない大魔導師の地位に就いており、恐らくその血の才に恵まれたのではないかと両親は喜んだ。


 ゆくゆくはベアトリーチェが、現在空白となっているその地位を継ぐのだと本人にも言い聞かせ、ベアトリーチェには特に魔法の勉強をさせていた。勿論、ナーサディアにも同じように。


―――昨日までは。


「え……」

「お父様、お母様、どうして!?」


 朝食の席で、表面上はいつも通りの両親が告げた言葉に、ナーサディアは愕然とする他なかった。


 いきなり、『明日からナーサディアはベアトリーチェと離れて暮らす。とはいえ敷地内に建てられている蒼の塔なのだから問題は無いだろう』と言われて不安に思わない子はいないとおもう。

 オロオロとするナーサディアにそっとランスターは歩み寄り、肩に手を置いて申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「いきなりで驚いたと思う。だが…ビーチェはこれから王太子妃になるための教育を受けなければならなくなったんだ。先日のパーティーで、王太子殿下に見初められてね…」


 表情も声音も申し訳なさそうなのに、双子を引き離せる事に関しては嬉しさを隠しきれていない両親。ベアトリーチェが何やら雰囲気のおかしい両親の様子に訝しげな顔をするも、話している内容は事実なのだ。

 確かに、数日前に行われた王宮でのお茶会で王太子に会い、『また会いたい』などと色々言われたが、王太子妃候補になるなんていう話は一切聞いていない。もしかしたらベアトリーチェの居ない場で、大人同士で内密に話されたのかもしれないが、それにしても急すぎる。そんなにも早くことが進むのだろうか。

 大切な愛しい己の半分、たった1人しかない片割れ。ナーサディアの代わりになれるような人なんか、この世に存在するわけも無い。

 けれど、王族との婚約を断れるような立場でもない。何せ自分の家は侯爵家。王族と結び付きを得られるのであればそれは何よりも素晴らしき宝となる、と言い聞かせられていたベアトリーチェは、ナーサディアを見た。

ナーサディアも、まさかいきなりこのような事になるとは予想もしておらず、目に涙を溜めていた。


「ナーサディア、お前は聡い子だ。ベアトリーチェのお勉強の邪魔をしないと…誓えるね?」

「…………はい」


 か細い声で呟き、こくりと頷いたナーサディアを優しく父は抱き締める。

 そして、耳元で、小さな声でナーサディアだけに聞こえるようにこう告げた。


「安心しろ、お前もお前できちんと魔法教育から貴族社会の常識、王国史、ありとあらゆる知識を叩き込んでやろう。お前の大好きなベアトリーチェのスペアとしてな」


 ナーサディアからは、父の顔は見えなかったのだが抱き締められた体が離れた時、それが見えてしまった。母の顔もようく見えた。

 ベアトリーチェからは、母の顔も父の顔も見えない。



 だから、ベアトリーチェだけが知らなかった。



―――――――父も母も、歪み切った笑顔を浮かべていたことに。

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