迷子
涼しかった車内から一歩外に出るとそこは思ったより地獄ではなかった。暑いのだが冷たい風も吹いており、心地よい夏の日を感じられる。
「さて・・・ここからが大変なんだよな・・・。」
オレはスマホを取り出し、親父からのメールを見た。
『久しぶり。父さんは行けないが代わりにしっかりとあいさつをしてくるんだよ。迷ったらこの地図を見るんだ。お土産はおいしいもので。』
添付された地図を見るとこの地域が衛星から撮られたであろう写真が写っている。といっても道はわからないし地名も大まかなものだし何もわからない・・・。さすがに10年前ともなると道も覚えていないし、早速窮地に立たされてしまった。
機械音痴の親父を恨みつつ、オレは何となくの記憶を頼りに歩き出した。
————————どれくらい歩いただろうか・・・腕時計を見ると1時間くらいか・・・。周りは何一つ変わることのないひまわり畑。飲み物も底をついてきた。
ふと横を見るとひまわりとひまわりの間に人が1人通れるくらいの細い道があることに気づいた。
「もういいや・・・ひまわりよ、オレを導いてくれ・・・!」
暑さで頭がおかしくなったオレは絶対に違うと思いつつ、その不思議な道へ向かった。
175センチあるオレの背を悠々超えてひまわりが伸びている。観光客でも呼び込めば結構人きそうだよなぁ・・・「映え」とか言って・・・。
気が付くとそこには開けた広場のようなところについた。そこだけひまわりが咲いておらず、雑草が生えている。地元の子どもが遊び場にでもしてたのかな?
オレはとりあえずその広場に寝転がる。草がついても土がついても知るもんか。オレはここで休憩するぞ。
寝転がって空を見上げると突き抜けるような青空。雲1つなく視界が青でいっぱいになる感覚がどこか非現実感を感じさせる。
気づくと暑さなんて忘れ、ただただ空を見上げていた。都会に住む友達は何しているかとか、あの芸能人のスキャンダルはどうなったんだとかどうでもいいことをしばらく考えていた。現実逃避だ。
「青春だねぇ~。」
急にした声に驚きながらもオレは寝ころびながら答えた。
「道に迷っちゃってねぇ・・・もう今日はここで寝るよ。」
「はは、諦めちゃったんだ。でもここ夜になると寒いよ?」
透きとおるような声、声的には16歳くらいの女の子。どこか大人びていて不思議な印象を受ける。
「暑いよりはましだ。涼しくなったらまた歩き出してもよし。」
「でもここ夜は野犬が出て危ないよ?」
「え、噓でしょ・・・?」
本当かと彼女に問いただすため、起き上がり彼女のほうを見る。そこにはバスの中から見た、絵画の中の少女がちょこんとたたずんでいた。風に揺られきれいな黒髪が太陽の光を受け光っている。麦わら帽子はずっと使っているのか、傷んでいるが汚い感じはせず、むしろ彼女の可憐さを引き立たせていた。都会では絶対に見ない純白のワンピースは彼女が本当にこの世に存在しているのか見間違うほどに美しかった。
「あごめん野犬はウソ。信じちゃった?」
彼女は可笑しそうにクスッと笑った。その赤い唇が横に開き、いたずらそうに笑う。オレはただただ彼女に見とれていた。
「ん?お兄さん無視ですか? もしかして私に見とれちゃいました?」
オレは図星をつかれ取り乱しそうになったが平装を装い一生懸命に答えた。
「いや、野犬がいるなら武器を準備しないとと思ってね。キミ、軍用ナイフかM4A1とか持ってるかな?」
「田舎の少女がアメリカ軍特殊部隊の武器を持ってるわけないでしょ・・・。 お兄さんどこの人?」
オレは自分の実家がここにあること。約10年ぶりに帰ってきたこと。道に迷ってることを彼女に話した。地元の子なら道がわかると思ったからだ。
「ほぉ~、わざわざ都会からご苦労ですね~。そのおうちなら私分かりますよ! 近くまで案内しましょうか?」
「ほんとか!助かる!」
オレは彼女とともに広場を後にし、実家のあるほうへ向かう。
道中オレは彼女の後姿をじっと見つめていた。