本当の自分1
堪子は引き寄せされるかのように、小学校の校門前へ来ていた。
夜の学校は、昼間とは全く違った世界にあった。
三階建ての校舎は音という音、闇という闇を吸収しているかのように聳えている。校庭側の外壁に備え付けてある時計だけがやけに白く、時刻を告げていた。
もちろん校門は堅く閉ざされている。それを確認した堪子の足は、自然と裏にあるフェンスへと向かっていた。
(私、なんでここにいるんだろう?)
思った時には、正面からは見えない一階の窓に手をかけていた。
(開いている……なんで?)
誰もいないと分かっていてもそっと開け、両腕でぐっと体を持ち上げる。自分は案外懸垂ができるのではないかと堪子は思った。
一旦窓枠で腰を下ろし、靴を脱いで、堪子は校内へ下りた。
そこは、外よりもさらに暗く、生きている者を拒んでいた。
急に恐怖が湧き上がる。
(なんでここに来ちゃったんだろ?)
寒くもないのに両腕で自分の体を抱き締めるようにして、堪子は廊下の一番端を見据えた。
満月の光が辛うじて堪子の記憶にある校内を形作っている。
ひたひたと歩く自分の足音がやけに大きい。誰もいないはずなのに、それがまた誰かの足音にも聞こえてきそうで、堪子は身振りした。
「か、帰ろ……」
そっちじゃないわ……
怖さが勝り、入ってきた窓の方向に堪子が振り向くと、か細い声が聞こえてきた。
いや、それは耳からというよりも、頭の中に直接響いたのだ。
「ッ……誰?」
堪子の疑問は闇の中へ溶けていく。
「誰なの? は、花子……?」
此処で自分を知っているのは、彼女だけだ。
こっちよ。
また声がする。
(違う……この声は、花子じゃない)
気付いて再び逃げようとしたが、足が動かなかった。
(なっ、なんで⁉)
堪子の体が、自分とは違う意思で廊下の奥へと進み出す。
(なんなの……⁉)
声が出なかった。
入ってきた窓からどんどん遠ざかる。
こっち、こっち。
手招きしているかのような声に、堪子の体は引き寄せられていく。
堪子はぎゅっと目を瞑った。それでも体は間違えることなく、声のする方へと向かっていく。
(だっ、誰か……助けて!)
自分の手が、ひんやりとしてドアノブに触れたことを感じた。
不意に生暖かい風が、体を撫ぜる。外に出たようだ。
「え……?」
目を開けると、そこは屋上だった。
「ッ……!」
真っ赤な満月が、校舎を見下ろしている。
その冷たい月光に照らされている後ろ姿があった。どうやら少女のようだ。
二メートルはある落下防止のためのフェンスの向こう側に少女はいた。
「あ、あれは……?」
堪子の震える声に、人影がゆっくりと振り返る。
「ひッ……」
堪子の口から思わず悲鳴が漏れた。
それは、紛れもなく自分だったのだ。