娘と父1
家に帰れば、母親が蒼褪めた顔で待っていた。
堪子は一言だけ「ごめんなさい」と言って、二階にある自分の部屋に籠った。
ベッドに仰向けになり、白い天井を見詰めていた。
母親は何かを言おうとしていたが、小さく頷くだけだった。何に頷いたのかは分からないが、無理に色々と訊かれるよりはマシだった。
(お母さんも面倒なだけかもしれないけど……)
幼い卓哉が泣いている。
母はそっちに忙しい。小学五年になった堪子のことでは頭を悩ませたくないだろう。
でも、今まで母に報告していたことは嘘だったのだ。そのことに対して、何か言われるのかもしれないとは思っていた。
(訊かれないってことは、そういうことだよね……)
堪子はうつ伏せに体勢を変え、枕に顔を埋めた。
涙が出そうになる。
何も聞かれないことは、確かに煩わしくなかった。
しかし、それでは何も解決しないし、何よりも心が辛かった。
このままずっと無視をされ、嫌なことを言われて、嫌がらせがエスカレートしていくのだろうか。
誰も自分の言葉を信じてくれないのだろうか。そもそも聞こうともしてくれないのか。
それがとても恐ろしい。
(どうすればいいの? 誰か教えて……)
気付いたら、堪子は眠っていた。
カーテンの隙間から差し込んでいたはずの光は、周辺の家々の仄かな灯りへと変わっていた。
体を起こして窓の外を見ると、満月が煌々と輝いている。
「綺麗だなぁ」
花子と窓の外を見たことを思い出した。
(どこへでも行けるって、どこへ行けばいいの?)
堪子は自分がまだ子どもだと思い知らされた。
自分の力では何もできない。
辛いことは、この幼い体と心でただただ受け止めるのみだ。
不意にノックが聞こえた。
母親だろうか。
そう思い振り返ったが、聞こえてきた声は違っていた。
「堪子、ちょっといいか?」
父親だった。
堪子は驚き、時計を見る。が、暗くてよく見えなかった。
ベッドから下り、電気を点けて再度時計を見ると、父親が戻ってくる時間にはまだ早かった。