誰かの真実1
現実という時間すら自分を嫌っているのかもしれない、と堪子は思った。
教室に戻りたくなかった堪子は、花子が消えた後、そのまま保健室へと向かった。
授業はとっくに始まっていて、廊下には誰もいなかった。それぞれの教室からは、淡々と授業を進める教師の声や元気に手を挙げているような子ども達の声が漏れていた。
自分はここにいるのに、まるで自分がいない空間のように堪子は感じていた。
保健室の養護教諭である今井裕子には、具合が悪くなったとはじめて嘘を吐いた。今井は、「そう。ならここを使って」と堪子をベッドに案内した。具体的にどこが悪いのかも訊かれなかった。
ただ「落ち着くまでここにいなさい」と優しく微笑んだ。
ここに来た時の堪子の顔を見て、何かを察してくれたのかもしれなかった。
しかし、落ち着くことはできなかった。
横になるわけでもなくベッドに腰をかけて、堪子がぼぉっと揺れるカーテンの合間から校庭を眺めていると、慌ただしい足音が廊下の方から聞こえてきた。
「青島さん……!」
保健室のドアを勢い良く開けるのがはやいか、担任の悲鳴に近い声が堪子を呼んだ。
堪子の担任は、普段は穏やかな教員として知られている。
今井は、少し驚いて息を切らしている担任に近付いた。
「先生、どうされたんです?」
担任は動揺していた。
が、今井に「あ、いえ」と言い、素早く視線を巡らせる。
堪子は、そんな担任をすでに見据えていた。
「青島さん……」
担任の呼び声と縋るように伸ばされた手は、堪子の肩をがっちりと掴んだ。
「どうしてあんなことをしたの?」
「え……?」
サボったことに対してまず訊かれるのかと思っていたが、担任は別のことを責めているようだった。
「あなたが突然水をかけてきたって、……かけられた子は泣いていたわよ」
「ッ……」
言葉が――声が出なかった。
息ができない。
無視をされた時より、授業中に嗤われた時より、水をかけられそうになったその時よりも、心臓が大きく鳴った。
耳鳴りまでしているのに、担任の言葉だけはやけにクリアに理解できる。
「やめてって言ったのに、やめてくれなかったって、……他の子も止めようとして水をかけられたって……なんでそんなことをしたの?」
なんで――?
「まずは、みんなに謝りましょう」