四角い場所2
『サボっちゃえ』
「え……?」
『嫌な連中と一緒にいたって、何の得にもならないわ』
サボる。それは、堪子にはない選択肢だった。
「そ、それは……」
ルールがある。学校は行かなければならない。行かなければ、誰かに迷惑がかかる。
でも、誰に――?
花子が再び笑った。それは、まるで先ほどの堪子の不安を察したかのような表情だった。
『無理して行かなきゃいけない場所なんて、どこにもないわ。逃げられないことは、ひとつだけあるけどね』
それから花子は、開け放たれた窓の外を見た。小さな窓枠からは、白い雲がぷかぷかと浮かぶ青々とした空が見えていた。
『外は暑いのかしらね?』
「ここも結構蒸し暑いよ」
『そっか』
「花子さ……花子は、暑さを感じないの?」
『暑さも寒さも感じない』
堪子に向き直った表情は笑みを湛えてはいたが、どこか寂しそうでもあった。
「お化けになったら、季節は感じないの?」
『そんなことないわよ。こっからは桜が見えるし、入道雲だって見える。紅葉も木枯らしに舞う木の葉もね。花壇の花だって、季節ごとに変わるじゃない? 学校の中の音だって違う。季節はいろんなとこにあるわ』
「へぇ! そんなこと考えたことなかった!」
堪子は窓へ駆け寄った。
窓を通してだけ見ていたら景色はただ四角かったが、近付けばその向こうに広がる町があった。
花子がふわりと横に並んだ。
『タエはさ、どっか行きたいとこないの?』
「行きたいとこ? そ、そうだなぁ……」
町の方へ目をやって、しかし、この町の中ではないどこかだったら、と想像した。
さっきまで不安と恐怖に押し潰されそうだった心に、ワクワクした感情が湧き上がる。
「大きなお城を見てみたいから、フランスやドイツ……ヨーロッパにある国。テレビや本で見て、行ってみたいって思ってたの」
そこまで言って、堪子は口を閉ざした。
こんなことを誰かに話したことがない。笑われるかもしれない。
また怖くなってくる。
恐る恐る花子の方へ顔を向けようとした時だった。
『思ってた、じゃなくて、行けるわよ。タエなら』
「え……?」
花子の方へ向けば、そこには誰もいなかった。
休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
「……サボっちゃお……かな?」
堪子は自分の頬が少しだけ緩んだことを感じたのだった。