四角い場所1
学校の三階にある女子トイレの三番目の個室には、本当に出るのだ。
かの有名な学校の怪談のお化け――トイレの花子さん。
でも、彼女はただの噂や本の中の存在であり、真実ではないと思っていた。
しかし、どうだろう。
目の前では、体の透けた赤いワンピースの少女が、逃げていく堪子のクラスメイトを見ながらケラケラと笑っている。
お化けは夜だけの存在というのは噓のようだ。
『一昨日来やがれってんだ!』
辺り一面、水が飛び散っていて、鏡までもが大量に付いた水滴でその役目を失っていた。
ついさっきまで、その大量の水が自分にかかるかも、と恐怖していた堪子は、まだその場から動けないでいる。
嫌がらせはエスカレートしている。
今いる三階のこの女子トイレは、五年生があまり来ない所だ。それなのに、わざわざ堪子を追って、クラスメイトの女子数人はバケツに水まで汲んで待っていた。
『臭いから洗ってあげるね!』
『夏だし大丈夫よ!』
そう言って、堪子が個室から出てきたところを狙うつもりでいたのだ。
が、そこに花子がか細くお化けらしい声で『いっしょにあそんでくれる……?』とバケツを持ったリーダー格の女子の前に現れたものだから、クラスメイト達はパニックになった。持っていたバケツをひっくり返し、それは隣にいた子にかかった。
それだけはなく、急に水道からは水が勢い良く出て、全員漏れなくそれを被った。
クラスメイトが悲鳴を上げて逃げていくと、水道の蛇口はひとりでにまた絞められ、水は止まった。
堪子はその一部始終を個室のドアの隙間から見ていた。不思議な光景だったはずなのに、妙にどこか冷静でもあった。
それは、別の不安と恐怖があるからだ。
今回は撃退してもらったが、教室に戻ることが怖い。もしかすると、この仕返しにまた何かされるかもしれない。
堪子に水をかけようとしたクラスメイトを逆にびしょ濡れにした花子が、満足げに振り返る。
『なぁんてね』
堪子に振り返った幼さの残るその顔は、彼女がお化けだなんて思えない生き生きとしていた。
しかし、彼女は正真正銘トイレの花子さんだ。つまりはお化けで、生きていない。
それでも、助けてもらったことには変わりない。
「あ、ありがとう、花子さん」
『花子でいいってば、タエ』
堪子が拳を強く握りながらお礼を言えば、花子はまたにっこりと微笑んだ。
硬くなっていた堪子の表情も、釣られて微かに笑顔になる。