お化けの少女2
両親にも、心配をかけたくなかった。無視をされて二か月は経つが、堪子は一言も現状を言わなかった。去年、歳の離れた弟の卓哉が産まれたのもあるかもしれない。母はずっと弟に付きっきりで、子どもの堪子から見ても大変そうだった。時々、母からの『学校はどう?』や『友達と仲良くしている?』といった質問は、ただ彼女が安心したいという表れなのだろうと堪子は思っていた。だから、決まって『うん、大丈夫』と答えていた。父は仕事で殆ど家にいないし、いたとしても弟の卓哉に構っていた。父はずっと男の子が欲しかったのだ。堪子には分かっていた。
それでも、堪子には、優等生という武器があった。成績は決して悪くない。寧ろ、五年生で上位だ。塾にも行かず、ちゃんとできている自分は、きっと今後も頑張れるだろうと思っていた。両親もそれだけは褒めてくれて、最後にいつも言うのだった。
『もっと頑張って』
そう――頑張れるはずなのに。
「頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……いけないのにッ……」
ぱらぱらと手の甲に落ちていく雫に、情けなさが募る。悲しさが押し寄せてくる。
そして、何より寂しかった。
誰も自分を見てはくれない。
良い成績を取っても、それ以上頑張っても、今を我慢しても、誰も本当の堪子を見てはいない。
(誰でもいいから……助けて……!)
堪子は目をぎゅっと瞑った。
その瞬間、ふわっと柔らかい風を感じた。
ここはトイレの個室。人気はなく、窓も締め切られているはずだ。
なのに、どうして――
でも、不思議と恐怖はなく、堪子は目をそっと開けた。
目の前は、赤かった。
「えっ⁉」
さすがに驚き、便座から立ち上がった堪子は、その赤に顔を突っ込む形になった。
『ちょっと!』
「へッ⁉」
自分とその赤が重なったかと思えば、今度は声がした。
少女の声のようだ。
堪子は怖くなり、個室のドアを勢い良く開けて外に出ようとすると、また少女の声が聞こえる。
『失礼しちゃうわ』
「……え……?」
個室から体を半分出した状態で、堪子は振り返った。
そこには、赤いワンピースを着た少女が――浮いていた。しかも、少女の体を通して、後ろの壁が見ている。
「えっ……えぇ⁉」
堪子の驚いた声に、少女もまた驚く。が、それは呆れ顔のようになった。
『あなた、「え」と「へ」しか言えないの?』
「へ?」
『ほら、また』
呆れ顔が、今度はにんまりと笑った。
『あたしが見えてんのね』
「え……ええ」
『ほんと「え」しか言わないわね』
腕組をして、少女はふわっと堪子の顔を覗き込んでくる。
『名前は?』
「え……?」
『まさか、「え」って名前じゃないでしょうね?』
眉を顰めるその顔は透けているが、可愛らしい顔立ちだ。でも、どこか大人びてもいた。
「た、堪子……青島堪子って言います」
少女は五年生の堪子よりも年下に見えたが、雰囲気からか思わず丁寧語で答えた。
すると、少女は腕組を解いて、今度は腰に手を当てた。ふわりと揺れる長い黒髪とワンピースはどこか儚げに見えるのに、勝気なそのポーズは様になっていた。
『堪子かぁ。タエでいい?』
「え? あっ、うん」
堪子はまた思わず頷いた。
現状について行けずぽかんとしている堪子に、少女は思い出したように言う。
『ごめんごめん。名乗ってなかったわ』
赤いワンピースが揺れている。
『あたしは、花子よ』
花子は、それから『よろしくね、タエ』と言って、にっこりと微笑んだのだった。