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友人の言葉1

 トランク一個で世界中を旅するようになった今でも、ここでの辛い思い出が消えることはない。

 校庭にあるよく一人で座っていたタイヤは小さく感じ、あの頃は高く壁のように感じた昇降口の下駄箱が、今では楽に上の段まで見える。廊下の窓越しに見える机や椅子には、もう自分が納まりきることはないだろう。


 例え縮こまっている自分の影が見えたとしても――


 十五年という年月が、夏の暑さのように纏わり付く小学校の校内は、堪子にあの頃の記憶をしっかりと思い出させた。


 今は夏休みで、子ども達はいない。校内に響くのは、堪子の足音と外からの蝉の鳴き声だけだった。

 堪子がここへ来たのは、仕事だった。夏休み明けにある子ども達に向けた職業別講演会で、世界を旅するブロガー兼動画配信者として講演をしてほしいとオファーがあったのだ。

 一度は断った。別に良い思い出がなかったから、という理由ではない。それも少しはあったが、場違いだと思ったからだった。他の講演者を訊けば、大手の会社勤めの人ばかりで、自分のように言わば収入が不安定な職に就いている人はいなかった。

 それに、あまり一つの場所に留まることができない。講演が入れば、その分予定していた国へは取材に行けなくなる。それは、堪子のような仕事をしている者にとって死活問題だ。

 事情を説明し断ったのだが、卒業生で珍しい仕事をしている堪子にどうしてもと再度オファーがあった。


(子ども達に夢を、か)


 結局は講演会を引き受け、たった今書類にサインをしてきたところだった。

 受けた理由は、校長の押しの強さだけ、というわけではなかった。

 校内を見て回ってもいいか、という問いに、現校長は柔らかな笑顔で「どうぞどうぞ」と答えた。もちろん、この校長のことを堪子は知らない。


 この校内で堪子のことを知っているのは、三階のトイレにいる彼女だけだ――


 そう思っていた。


「あら、青島さん。体調はどう?」

「え?」


 いつか聞いた問いに振り返れば、そこに今井が立っていた。

 彼女は十五年の月日を柔らかくその表情に湛えていた。


「今井先生!」

「卒業式以来かしら?」

「ご無沙汰してすみません」


 今井は「いいのよ」と微笑んだ。


「彼女に会いに行くの?」

「はい」


 堪子が子どものように元気良く答えると、今井はまた優しく口元を綻ばせた。


「喜ぶと思うわ」


 あの頃から、今井は彼女の存在を唯一理解してくれる人だ。

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