世界は回る。
私が公園に行くと老人が動物と話をしていた。見たところその動物には首輪がついておらず、野生動物のようだ。
「おいしい?…フフフ」
パンの切れ端だろうか?動物は美味しそうに食べている。
老人は満足したようでその場から立ち去った。
ある日の公園、その場に老人はいた。しかし状況は前と違うようだ。
何やら男性と揉めているらしい。
「おい、野生の動物にエサをやるとここらがフンだらけになって困るんだよ。」
「しかし…」
「条例でも野生の動物にエサをやることはしないよう言われてるんだ。だからここでは動物にエサをやるなよ。」
「はい…わかりました。」
そうして老人はとぼとぼその場を去っていった。
私は彼に話を聞いた。
「すいません、あの老人はよくここにくるのですか?」
「そうなんですよ。ここ最近この公園での糞尿に対する苦情が多くて自分たちも注意して回っているんですが、なかなか減らなくて…」
「なるほど」
「人間がああやって餌付けをすると自然に生きていた動物の行動が変わり生態系の破壊に繋がりかねませんからね。もし餌付けをしている人がいたら注意してください。よろしくお願いします。」
「わかりました」
彼はその場を立ち去った。おそらく忙しいのであろう。
ある時、公園に行くとまたそこで餌をやっていた。私はどうしようもなく気になってしまい、話かけた。
「こんにちは、よくこの公園に来るんですか?」
しかし、彼は話を聞いているのか聞いていないのかわからない。
「かわいいですよね、動物。」
少しの時間がたつとエサが切れたのか、顔を上げた。
「あなたは私に注意しないんですね…そういう人珍しいです。」
そういうと近くにあったベンチに腰掛けた。おそらく語りたいのだろう、私もそこで話を聞いた。
「私には妻と娘2人がいて、妻は2年前に、子供は東京でそれぞれ嫁いでいて帰るのは盆か正月ぐらいです…」
「…」
「餌をやり始めたのは昨年の春ごろからです。」
その老人が言うには、春の陽気につられ公園に散歩に来た時らしい。そこで出会ってしまったのだ。
「さみしい人生ですよ。妻もなく子もおらず一人で寂しく過ごす世界。友人もおらず、金もない。癒しと呼べる存在は彼だけです。」
「いっそ、ここで死のうかとも思ったが、問題になっては彼らに迷惑がかかる。」
そういったことには配慮しているのか、常識的なことはわかるようだ
「彼らにエサをやるのはいけないことだとはわかっているんです。わかっているんですが…」
苦悩の表情を浮かべ彼は語り続ける。自分は間違っているがそれを上回る快楽に支配されているのだろう。
「どうしても、どうしても満たされない自分の中の癒しを彼らに求めてしまうんです。わかりますよね?自分が彼らにエサを与えられる唯一の人間。私は彼らであり彼らは私なのです。私がいなければ彼らはいない。彼らがいなければ私はいない。いわば運命共同体なのです。」
彼の言わんとすることはわからないでもないがそれは傲慢だと私は思う。なぜならば老人というエサを与える存在がいなくなった彼らはどうなるというのだろうか…温室から野生に進む生物にはとても高い壁があることは自分で身をもって理解しているだろうに…
「その気持ちもわかりますが、団体の方に注意されないようにお願いしますよ。」
「…ああ、ありがとう。」
老人は去っていった。また来週も来るのだろう。私はこのままこの場に通って欲しいとそう思う。なぜならここは家から一番近い仕事場だからだ。
「家から近い職場ってサイコー」
そうして彼も家に帰るのであった。