第九話 長谷部高校の恋するパンツ泥棒
私はさゆり。長谷部高校の美人女教師として日々働いている。ここの生徒は成績優秀者ばかりで基本的には皆良い子、生徒指導においては問題が少ない。そう、少ないのだけど、ゼロではない。生徒がこれだけいて皆が問題ゼロだとそれはそれでおかしい。
本日これからとっちめる生徒指導対象者は、私の弟の友人であるユウヤである。弟は他の学校に通っているが、ユウヤとは同じ年で未だによく遊んでいる。私は社会人で教師をしている身分であるけど、このユウヤとは幼馴染である。子供の頃には、私とユウヤと弟の三人でつるんで遊ぶことがよくあった。私の年齢は言えないけど、弟と同じ歳の生徒を教えていて、それと幼馴染ってことから大方の予想はつくわよね。
「ちょっとユウヤ」
授業中以外の時間は一体どこにいるのかってくらい休憩時間に捕まえるのが困難なユウヤを昼休み残り10分の段階になってやっと捕まえた。今回のことは学校のことと言うよりも私的なことなので、皆の前で呼び出しコールをかけるのが難しかった。
「何、さゆりちゃん?」
「学校では先生と呼べって言ってるでしょ?」
「ああそうだった。で、何ですかさゆり先生?」
「ちょっと生徒指導室へ」と言って私は生徒指導室を指差した。
「ええ……さゆりちゃん、こんなところに僕を押し込んで何をしようっていうのさ。そんな、そういうアレなことは、学校が終わった後の夕方に僕の部屋でどうぞ」
一体何を勘違いしているのだこのバカは。ユウヤはこんな感じで幼い頃から本日までずっとおかしい。でも可愛い弟分でもあり、大事な幼馴染でもある。そして今は私の生徒だ。
生徒指導室へ入ると、ユウヤを椅子に座らせた。授業開始まで10分しかない。さっさと問題を片付けよう。
「あんた昨日家にきたでしょ?」
「うん。新しいゲームを買ったっていうから」
私の弟は新しいゲームを買い、それを一緒にプレイしようとユウヤを家に誘ったのだ。二人は中学を出て学校が変わっても仲が良い。
「面白かった?」
「すごく!さゆりちゃんもきっとハマるよ!」
目を輝かせて言っている。では、本題に入るか。
「ウチの洗濯物」
「え?」
「洗濯物、あるでしょ?」
「ええ、誰の家だってそりゃあるさ」
この段階ではユウヤは表情におかしなものを一切出さない。
「ないのよ、昨日から」
「何が?」
「洗濯物が」
「へぇ、それはまたどういう?」
ユウヤはポーカーが強い。それは昔から知っている。
「昨日の朝あった洗濯物が、夕方に帰ったらないの」
「さゆりちゃんってばしまったの忘れてんじゃないの~、もうオッチョコチョイ!」
両手のダブル人差し指をこちらに向けたムカつくポーズでユウヤはそんなことを言ってきた。コイツぅ……ここが学校でなかったから拳が飛んだことだろう。
「私が帰宅するまで、家に入ったのは家族を除けばアンタだけ。そしてアンタは、そういうアレっていうか、もう分かるでしょ」
「はぁ?そういうアレとはどういうアレ?それにさぁ、僕だってさゆりちゃんの家族みたいなものだろ。そんな風によそ者扱いすることないじゃないか」
こいつどんな神経をしているのだろう。淀みなきポーカーフェイスをまだきめている。おまけにバカも言っている。冷静とか慎重とかではなく、危機感の察知が出来ないバカなのではないのだろうか。もういい、こうなったら全部言ってしまおう。
「私のパンツ、あんたが持ってるんじゃないの!」
なくなった洗濯物とは、私の、それも割と気合の入った下着だった。
「さゆりちゃん、何を証拠に。友人のお姉さんにして幼馴染、そして僕の先生、そんな人のパンツをどうしようって言うんだよ」
こいつならきっとどうとでもする。私には確信があった。
「私、今日はちょっと早めに仕事上がるの。あんた達生徒よりも早くにね」
「そう、で、僕をデートにお誘いしようと?」
「おばさんに話を通して、あんたの部屋を物色したい」
こいつの家とは家族ぐるみの付き合いだから、ケーキでも持っていっておばさんと話せば自室ガサ入れは簡単だ。
「さゆりちゃん、そんなことしたって何も出てきやしないよ。ベッドの下に隠すような物を僕は持ち合わせちゃいないよ。賭けてもいいね、二万年かけて探してもあの部屋からは何も出てきやしないさ」
べらべら語るのは犯人の癖であり欠点でもある。今の発言にヒントがある気がする。
「へぇ~部屋にないと?」
「うん、部屋にはね……あっ」
語るにズドンと落ちた。こいつ何か知ってる。持ってる。
「あ!さゆりちゃん何するの!」
私はユウヤが持っていた学生カバンの口を開けて中をひっくり返した。
出てきた物は筆記用具、ノートが三冊、ラノベ、パイン飴、定期入れ。落ちた定期入れがパカリと開くとそこには私の写真。
「ああ~」と言いオロオロしだしてユウヤは床に落ちたアイテムを拾い集める。定期入れを一番に拾った。
「何するのささゆりちゃん……」ユウヤは顔を赤くしている。
なんだろう。ちょっとだけ嬉しかったりするかもしれない。
定期入れに私の写真があることは……つまりそういうこと、としか説明出来ない。ユウヤがこの私に抱く感情はちょっと特別なものなのだ。
だが、捜査はまだだ。ユウヤの私に対する想いは曲がったものとなって今回の結果に繋がって行くはずだ。
ユウヤを見る。制服って意外と収納スペースが多いと気づく。学ランのポケット、裏ポケットも確認する。ズボンの前の2つのポケット、尻ポケットにも手を突っ込んでみる。
「ああ~ああ……さゆりちゃん、強引な……」ユウヤはばたりと倒れ込む。
おかしい。真実はこいつにある。その線には自信がある。部屋は安全、学校には持ってきていないのか……。
ユウヤの人となりを考えろ。安全性を、もっとも安全で、そして変人のこいつならではの……はっ!まさか!
「まさか、まさか!」
私は床に倒れ込むユウヤに跨ると、ズボンのベルトに手をかけた。教師としてこれをやることには抵抗がある、というかアウトだからいけないと思うのだが、職務の全うと同じく、事の真実に辿り着くのもまた私にとっては重大なことだった。
「ちょっと、さゆりちゃん駄目だって!そこは、そこだけは駄目だって!そこがどう駄目か教師なら分かるでしょ!」
そこが駄目ということなど教師でも生徒でもその他のバカでも皆分かること。しかし、真実はそこにある。だからやるのだ。
ユウヤがズボンを押さえるなら、こちらは倍の力をこめてずらしにかかる。しばらくの攻防が続いた末、私の力が押し勝ち、ガバっとズボンがずらされた。そして遂に真実が顔を出した。
「……ユウヤ、あんた……」
私の推理が外れていることを願いもしたが、私は頭が切れる、そしてユウヤの人間性に私の推理を裏付けるものがあった。真実はそこにあった。
目の前のユウヤの股間を覆う布は、一昨日まで私の股間を覆っていた物と同じだった。
「ユウヤ!あんたねぇ!何してくれてんのよ!それ高かったのよ!見れば分かるでしょ!」そう、それはちょっとお高いアイテムだった。他人から見えない部分ではあるが、自分磨きのためにちょっと背伸びして購入したアイテム。このバカの授業をしてせかせかと稼いだ分の一部を注ぎ込んで買ったもの。それがどうして私以外の肌を覆うことになったのか。
「確かに……肌を包むこの柔らかく気持ち良い感じ……上等な物だと履いてみればすぐに分かるものだよ」
こいつ、冷静にレビューしにかかっている。
「あんた分かってんの!それって泥棒だし、それよりも前に色々とアレで……もうアレすぎるでしょ!」言いたいことはたくさんあったが、生徒指導では使わない頭、使わない言葉が必要となるため、私は慣れないタイプの説教において「アレ」を多様した。教師をやっていればこんなこともあるのだと思った。
これに対してユウヤは、これまでにない真面目な顔つきになり、目を大きく開いて私を見た。そうして放った言葉がこうだ。
「好きな女のパンティを履きたいって気持ちのどこがおかしいんだよ!」
きっと、きっとどう考えてもおかしいのだろう。いや、いくらかは正当性がある想いなのかもしれないが、人目を気にする一般論としては、まず共感を得ることが出来ないユウヤの愛ゆえの想いがこれだった。だから私は怒ったのだ。
「おかしいに決まってるでしょ!あんたの尻で生地が伸びちゃってるじゃない!」
「そんな事ないさ。さゆりちゃんは安産型なんだから、むしろ僕より大きいんじゃないのか!」
「あんたレデイに、教師によくもそんなふざけた口が叩けるわね」
生徒指導室が騒がしい。それに感づいた男性教師が部屋に入ってきた。
「さゆり先生!どうしたんですか!落ち着いて!」
男性教師二人が取り押さえにかかる。
「とにかく給湯室だ!あそこに連れて行って落ち着かせよう!」男性教師二人はそう言うとさゆりを連れて出ていった。
「君、大丈夫かね?」遅れてやってきた教頭がユウヤに声をかけた。
「いえいえ、何てことないですよ」
「何があったんだい?」
「いえね、ちょっとさゆり先生とファッションのことについて言い合いになりまして。時代柄、価値観の相違というものがありまして、それに僕たちは性別も違うでしょ。僕と先生は幼い頃から知り合いなので、その気安さゆえ、僕が突っ込んだ失礼な発言に出てしまい、あんなことに……言葉選びの配慮が足りませんでしたよ。先生に罪はないのです」
「そうかい、君って子は先生を思って、なんて思慮深い子なんだ」
「ははっ、よく言われます」
ちょっとした珍騒動となったユウヤの奇行だが、さゆりがこれを公表することはなく、なんとか事は丸く収まった。
ユウヤとさゆりの関係はその後もこんな感じのままで、あのパンティは今でもユウヤの股間を覆っている。