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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第七十七話 初めての面接

 私もこの現場に入ってそこそこの経歴を重ねた。その経歴を信用をされ、遂に私は信用出来る外部の人間を精査する面接官の任を預かった。これは栄誉あることなのだと思う。

 少し前には自分が緊張しながら面接を受ける側だったのに、今はそれとは逆の立場になったわけだ。これを受けて、人生とは何が起きるか分からないものだと思った。まさかあの日緊張しながらここを訪れた私が、数年後には逆の立場になっているとは思わないではないか。

 面接なんて受ける方が緊張するのは当然のことだろうけど、こちらは面接官をやるのが初めてだから、向こうとはまた別の意味で緊張してしまう。今日は落ち着いて面接に臨もう。

 

 私にとって初めての面接対象者が入室した。若く理知的な男性だ。最初の印象はそれだった。

 だが爽やかな見た目と違って気になる要素が彼の経歴に見られてた。

 随分若く見えるが、これで意外にも35歳だった。その年数生きた者にしては、失礼だが寂しい経歴が紙面で確認出来た。

 ストレートで大学を卒業後、今日までの十数年ほどが白紙になっている。どういうことだ。大学を出て以降全く就業経験がないのか。それで今日になってなぜわざわざここに来たのだろうか。聞かねば。


「失礼ですが、大学卒業後は何をなされていましたか?」

「いえ、それを問うのは全く失礼にあたりません。お答えしましょう」

 失礼ではなかったようだ。


「仕事をしていなかったというだけで、あとは極ありふれた人間生活をしていました。語るに退屈なものですが、求められたのならその一切をお話しましょう」

「いえ、だいたいの感じで構いませんので」

 ものすごく話す気満々なので、もう少し熱量を下げてもらおうと思い一言付け足しておいた。


「仕事も学校もなくとも生活サイクルは正しきものを身につけるのが健康的です。日々5時に起床、23時に就寝。その間は主に趣味活動に邁進していました」

「趣味とは主にどのようなもので?」

「映画、アニメ、ゲーム、漫画など、主に何かしらの作品を何でも楽しむのが好きでした。一日中映画館、図書館にいることもしばしばありました。世界的に見てもそういった作品はとにかく数が多いので、今日までこちらを飽きさせることがありませんでした」 

 ものすごく羨ましく、精神を痛めつけない生活を送っていたのだな。


「見て笑って泣いてで終わるのは勿体なく思い、時にはその批評を発信して日々の生活を盛り上げることもしていました」

「それというのは一体どういうことで?」

「いわゆるブログ活動というやつでして、ネットに作品感想をアップするものです」

「ほう、それはまたすごい。立派なことですね」

「時にはネット記事に内容が使用されたり、他には本に内容が公開されたこともありました」

「へぇ、最近はネットでの活動がそうして世に浸透していくのですね」

 知らない世界のことだった。


「で、なんですけどね。なぜ今になって就職する気になったのですか」

「いえ、正確に言うとそれは今ではないのです。就職する気は兼ねてからあるにはありました」


 うむ、なにか面妖な物言いだな。もっと突っ込んで尋ねてみよう。


「私がこれまで働かなかったのは、働く必要がなかったからです」

「それは詳しくはどういった?」

「人が働く理由は、人によって様々あるはずです。その中でほぼ全員に共通するのは、やはりお金を得るためでしょう。これは綺麗事を封じて汚いことを言うのでなく、実際として大事なものを得るための大事な取り組みです」

「確かに。その理由を完全に否定することが出来る会社員はまずいませんね」

 

 なんだか聞き入ってしまい、深く同意してしまった。だって私もお金が欲しいからここにいるわけだし。得られないから出て行くしかない。


「単純なことです。お金が必要になったのです」

「これまでは必要ではなかったのですか?」

「不要なことはないですが、たくさんを求めることはしないで良い。そういう状態でした」


 ふむ、深く尋ねるとプライベートな話になるのかもしれないが、とにかくこれまでこの男には金があった。学校を出て10数年間働かずとも食えるだけのものがあったということだ。変わった経歴だが、とにかく羨ましく思う。


「あとは仕事がしたいとは別に、単純に仕事をしている人間が集まる現場を知りたくも思っています。なにせ自分にはそれの体験がありませんから」 

「それはまた変わった興味ですね」

「実はいつか本を書いてみたいと思っています。本を書くには人間が書けないといけない。日本で当たり前の人間を書くなら仕事をする人、つまり労働者の日常を知っていた方が圧倒的に世界観を広げやすい。本のネタとしてもこの現場を求めたわけです」

「えっ、本のネタに?」

「そうです。でもネタを求めて来たのかと気分を悪くしないで下さい。どこの作家だって自分が生きた人生の景色全部が飯の種になっているわけですから。この私だってどこかの作家のネタのほんの一部になっている。そんなこともあるでしょう。皆が見て楽しむ本や映画なんて、全部誰かが誰かをネタにして出来上がったものなのですから」


 確かにそうかもな。どこの作家だって人生全部がネタ探しのきっかけになっていると言って過言ではないのかもしれない。人生で得た経験、知識から作品を生み出して行くのだからな。経験していないこと、知らないことをリアル性を持って書くことは難しいことだろう。


 このような印象的なやり取りをはじめ、その他には定番の質問をいくつか行い、私の初めての面接官仕事は終わった。

 私が初めて面接した男もまた、人生初めての面接がこの場だったという。にしては受け答えに迷いがなかったな。

 とにかく彼はとても変わっていた。当たり前の基準で計るのに躊躇してしまう。なので同席したベテラン面接官から彼についての意見を聞いてみた。


「ははっ、彼は面白いね。採用!」


 先輩面接官にはとても受けが良かった。まさかの即決採用の声が出た。


「でも良いのですか?だってこれまでずっと無職だったのに」

「そりゃ真っ白な経歴だからなんとも言いようがないが、それを言えば皆ここに来た時には経歴なんて真っ白だったじゃないか」


 そりゃそれまでは学校に行っていた新卒の身分でここに来れば全員そうだけど、彼はちょっと都合が違うぞ。


「確かに悪い点は見られなかったが、果たして受け入れてこちらにメリットがある人材なのか……」

 人を見る上で経歴の浅い私にはなんとも判断がつかなかった。だからこその面接後の検討会なのだが。

 

「まぁそれは誰を見ても入れてみないと分からないが答えだから。君を採った時もそうだよ。採用後の明確なビジョンなんてこちらには見えていないさ」

 

 自分の面接結果の内容を初めて知りました。


「その点彼にはどうなるか見えない面白さ、言い換えれば可能性がある。とりあえず採用してみれば良いじゃないか。後のことはその時になってなんとでもなるだろう。彼に適正があればね」

 

 とりあえず現場に入れてみないと色々なことが分かって来ない。第一印象の段階で、採用するにあたって目立ったデメリットが見えないというのが、面接突破においてはとりあえずのメリットとなるらしい。

 しかし面接官の見極め、判断とはこんなに軽い感じなのか。

 とは言っても、私も彼には言い得ぬ希望というか、とにかく感じの良さを抱いていた。なんだか面白そうだ。

 というわけで、面白さ選考に重きを置いた結果、彼は採用されたのであった。


 その後、彼は現場仕事を問題なく覚え、想像以上にハイペースで十分な戦力に育っていった。どこで培ったのか知らないが、コミュニケーション能力にも長けていたので、社内外を含めた周囲からの受けも良かった。

 そしてそれよりずっと後、彼は本当にここでの生活をネタにして本を出した。それの世間の受けがどんなのかは流行りに疎い私には分からないことだが、私個人が楽しむには十分に面白いものだった。

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