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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第七十五話 夢を語る剛腕

 キャッチボールがしたい。この剛腕が魔弾を放ちたがっている。その溢れる闘志はいつまでも内部に溜めておくものではない。適度に発散させた方が良いに決まっている。だから投げるのだ。

 剛腕のストレス発散にもうひとつおまけの効果が得られれば嬉しい。どうせ球を投げるなら心も投げ合ってそっちのキャッチボールもしたい。一度で二度美味しいお得タイムにするのだ。そのためには球と心を受けて投げ返してくれるお供が必須だ。分かるな?

 

 という独自の体質と趣味を語って畠山は俺を校庭に呼び出した。しかも割と眠い昼休み時にだ。

 キャッチボール相手をやってやるのには仕方なくOKを出したけど、昼飯直後に剛腕から繰り出される魔弾の処理はしんどいから魔力を抜いたゆるい球を放ることを要求しておいた。ていうか当たり前のように用いているワードの「魔弾」て何だよ。


 魔弾は封印の軽い投球でキャッチボールが数回続く。そこで心のキャッチボールも開始された。


「俺さぁ、将来の夢とか考えちゃうんだよね」


 畠山もそういうお年頃である。


「最近は幸運なことに、身内の間で良い話がたくさんあるんだ」


 そりゃ良いことだ。


「そんなおめでたいことがあった際、巷では鯛を食うと言うんだ」


 そういうことも言うが、実際にわざわざ鯛を用意する人はそう何人もいるものではない。


「だがご存知の通り、我ら畠山の一族は巷とは分けられた別世界で生きているわけじゃないか」


 初耳です。


「そんな時俺は思ったんだよね。皆がめでたい時に鯛を食える世界になったら、ハートフルなピースフルワールドが完成するじゃないかってね」


 多分覚えた横文字を言いたいだけなのだろう。


「でも鯛は高い。皆が小遣いを出すのは大変だ。鯛だけにな」


 余計なノイズを挟んできやがった。


「そこで思ったんだ。もっと手軽に鯛を用意できればと。それならせめて鯛を象った鯛焼きを提供できれば良い。味なんてどうでも良いんだ。そこに鯛があることが大事なんだ。鯛の形をした別の食い物でもめでたい時の飾りにはなるだろ?」


 まぁそういうのは雰囲気だから替えがきくなら何を用意しても良いだろう。最近は本物のロウソクでなく、ロウソクの形をした電気もある。ロウソクの先の部分だけ電球で光るやつね。あれみたいなものか。


「だからさ、俺鯛焼き屋になろうと思って」


 えっ、なんで?

 意外な進路だったのでヤツの投げる球の捕球に失敗した。

 いそいそと拾って来たらまたキャッチボールを再開する。


「で、試しに自分が将来作るであろう鯛焼きを買ってきて食べてみたんだ。考えれば鯛焼きすらほとんど食べたことがなかったものなぁ」


 とことん鯛と縁のない人生だったのだな。


「そこで分かったんだ。俺、あんこが好きくない」


 あれっ?そう来たか。

 ボールがすっぽ抜けた。


「おい、ちゃんと投げろよ」


 今度は畠山がボール拾いに走る。

 で、拾った後にはまたキャッチボール再開だ。


「アレルギーとかでもないんだけどなんかなぁ~。不味いわけではなく美味しいとは思うんだけど、どうにもこうにもなんというかさぁ、黒いものから甘い味がするってのに脳が強めな違和感と警戒めいたものを示しているようなんだ」


 なんだそれ?正しい脳の働きなのか。


「その感じで黒飴とかかりんとうとかも駄目なんだ。黒くて甘いものが駄目なんだよ」


 黒くて甘いもの達に同情する。ちなみに今出てきた黒くて甘いものはどれも俺の好物だ。

 

「でもさ、ギャルい従兄弟の姉ちゃんが言うには最近はカスタードクリームが入っているのもあるって言うから俺はそっちで行けば良いんじゃないかって思うんだ」


 上手い方向転換だとは思うが、そもそもお前が食う前提で中身を選ぶことなくないか?


「俺は小豆以外で勝負する鯛焼き職人になる!」


 こうして畠山の進路は確定した。


 それから数年後のことだ。ヤツは確定したルートを真っ直ぐ進み自分の店を持った。自分達にめでたいことがあった時に用意できなかった鯛を今ではヤツ自らの手でいくらでも生み出せるようになっていた。

 ある日のことだ。畠山からお呼ばれしたので俺はヤツの店に行ってみた。


「よぅ、来たな。お前はきっと来てくれると思ったぜ。投げて受けた球は必ず返してくれるヤツだものな」


 そこまで捕球能力に自信があるわけではなかったが、そうも信頼の一言を寄越してくれると悪い気はしない。


「さぁ食ってくれ」


 さぁ食ってやろうじゃないか。


 イキの良い鯛が出来上がった。鮮度が落ちない内に齧った。すると鯛ではない味がした。


「おぉ、気づいたかい。そいつが俺の辿り着いた究極の鯛焼きだ」


 なんだコレ。本来なら甘さが広がるはずの鯛の腹からまったく予想しない食感と甘いどころかむしろ塩っ気のある風味が広がる。


「そいつはさばの塩焼きだ!」


 鯛の究極を求めて鯖に行き着いてんじゃねぇよ!

 鯛の腹に鯖って食物連鎖か。


「カスタードクリームも作ったんだけど、どうにも甘ったるくてさ。で、俺のもっと好きなものについて考えたんだ。その究極がそいつよ!それと鯛って鯖を食ったりするのかい?」


 鯛焼き職人のこいつの最も愛した食物は鯖だった。というかやっぱりお前が好きかどうかで鯛の中身を決めるんだ。


「で、どうよ味は?」


 不味いわ!

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