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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第七十一話 復活

 先日のことだ。不意打ちで実家の母から贈り物があった。そいつは大きめの段ボールで届いた。

 内容は米とか野菜とかの食い物。そして目には見えない母の愛がいっぱい詰まっていた。

 故郷を後にして久しい。久しすぎて前に帰ったのは一体いつ頃だったか覚えていない。都会の喧騒の中にあって日々忙しくしていたら脳内カレンダーをめくる習慣もストップしてしまう。そうして私の記憶能力もやや不調をきたすようになった。年は取りたくないものだ。

 ごみごみした都会じゃ田舎と違って空が遠い。だだっ広い田舎の野っぱらで見上げるのと違い、ここと来たら背の高いビルや無駄に横長な屋根なんかがあって視界一杯に空を捉えるのにも苦労する。そんなことだから趣味の天体観測で星を見て感じていた私の季節察知能力も落ちていった。というか最近はゆっくりと星を見る時間も取れていない。都会じゃ季節が分からないなんてのはこういう時にこそ感じるものだ。

 それと贈り物の中にあった季節の野菜を食っても改めて季節を感じられた。ハウス栽培で季節に関係なく色々食える都会と違い、田舎から送られてきたのは屋外で作ったその土地のものだ。

 思い出すぜ。あの遠き大地を風を、そして母の愛を。


「ママぁぁ……」

 

 そうして一言漏らした私の心を甘ったれたマザコンマインドだと誰が笑ったり責めたり出来るだろうか。

 ママが精神の防壁となって今の自分をなんとか支えている。母親ってのは精神の支えとなる絶対無敵防壁なのだ。

 大きくなったとはいえ私も生身の人間だ。そりゃ物理的には昔よりしっかりがっしりして来たものさ。でもね、凍てつく社会の風や波やラリアットを食らったら心が摩耗するんだよ。一晩寝れば取れる体の疲れとは違う。心のダメージの回復はそんなに簡単ではない。

 そんな時、母に心のやすらぎを求めるのは息子として当然の心の動きなのだ。


 ここで死んだとばかり思っていた里心が復活した。おかえりなさい我が真の心。

 というわけで私は溜まった有給を惜しみなく使って故郷を訪ねることにしたのだ。

 え?そんなことをしたら現場の数が足りなくて他の社員が困るんじゃないかって?そんなのどうだっていい。あんな風が吹けば倒壊しちまいそうな会社なんて、おまんまを食うためだけに出入りしているのだから。他の社員の都合なんて知ったこっちゃない。就業規則に反することでもないなら後は私の自由で良いってものよ。心はいつだって個人勢の私に組織への帰属意識なんて皆無なのだ。


 久しぶりに降り立った故郷。見渡す限り緑、緑、または山、山。


「マジで何もない田舎だな~」


 思わず漏れる独り言。ここまで緑だらけでコンクリの壁が見えないのは異次元だな。そのくらい都会に目が慣れきってしまっている私ってば、すっかり疲れたソーシャルファイター。

 こうなったらこの休暇でしっかり休んでやる。まずは動く故郷とも呼ばれるママンに会いに行こうじゃないか。


 これといった交通機関も無いし、あっても節約だなってことでトボトボと歩いて実家を目指す。頭の中の地図の更新要らずで良い。ここは数年経っても何も変わっていない。

 しかし、変わるものもあった。それは住んでいる人だ。人は年々変わっていく。今日はそれを思い知ることになる。


 向こうから人が歩いてくる。大人と子供だ。


「あれ?ねぇもしかして……」


 大人が私に話しかけてくる。メゾソプラノな響き。女性だった。


「あ!やっぱり!久しぶり!」


 女性は私を見て納得な一声をあげる。それは私も同じことだった。長らく目にせずとも心で記憶したものなら、再び見ればすぐに思い出の復活が叶う。彼女は私のなんというか、恥ずかしながら昔の女ってやつだった。


「やぁ、久しぶり」

 当たり障りなき挨拶が我が口から自然と出てきた。


「いつぶりだろ。変わんないね~」

「ああ、そっちもね」

 と言ったが、それは私の嘘。私は彼女と別れた後うんとハンサムになったし、彼女は彼女で昔の記憶と照らし合わせてずっと綺麗になっている。が、それは言わないのが華ってやつだ。ここは昔のままの時間間隔で合わせておこう。


 ここで気になる。彼女の足元でうろちょろしているちびっ子だ。小さな男の子。彼は私の人生初登場キャラだ。


「あ、この子、ウチの子なの」

 

 気になっている私にすぐに説明があった。

 そうかぁ。彼女も子供を産む歳になったか。時間が過ぎ去ったものだと強く実感した。


「ねぇ、その子、近くでよ~く見てみて」


 リクエストが入ったので近くでじっくり見てみる。


「なんかさ、似てると思わない?誰かさんに」


 似てる……?

 言われてみれば、このクリっとした目元は……

 ぷにぷにした顎肉の感触は……

 

 子供に顎ぷにしながら私は考え込んだ。そういや私のチビの時には、両親も兄もぷにぷに感が心地良いからって私の顎をぷにっては癒やされていたとか。それに全体として整ったこの顔立ち。未来を待てば中々のハンサム好青年になりそうな期待がどんどん湧いていくる。そう、まるで私のようなハンサムにね。

 あれ……私?私なのか?

 

「君は……私の……なのか?」

 顎肉を弾く手が止まってしまった。


「パ、パ……」

 子供の口から父親を意味する2文字が飛び出る。


 思わず彼女の顔へと視線を移す。

 笑顔だ。しかしその向こうにはただお気楽な想いでいるのとは違う別の感情も見えるような気がする。


 そうか、私と別れたタイミングでなら……怖いことに辻褄が合ってしまう。あの過去が今日の未来に繋がる矛盾がない。なによりも出来上がったこの命の形に私と彼女の人生が見えてしまう。

 私と別れて何年経過した?子供の大きさを見れば3、4、いや5歳も行ってるだろうか。

 その間彼女は一人で……何を想い、何をしてここまで一つの命を育てて守って来たのだろうか。

 見えてくる。1ミリも見たことがない私がいないこの子とその母の人生が。まるで総集編映画のように私の脳内で上映される。


「……認知しよう」


 責任だ。私がここを脱して都会で社会人をする中で最初に学び、貫徹するしかなかった心得、それが責任だった。大人は、中でも男はそれを全うしなければならない。それが出来ない自分を愛せないからだ。責任のない大人の男を心から嫌悪する私には、楽だからと責任放棄する選択を取ることが出来なかった。


 私が人生の岐路を前にして行き先を決めた矢先、少年は私の横を通りすぎて向こうへトボトボ駆けて行く。


「パ~パ!パパ~!」


 少年が駆け寄った先にいたのは大人の男だった。責任感が強そうだ。

 男は少年を抱き上げる。


「え?パパ?」

 あっちがパパか。


「え?どういうこと?」

 彼女を見て問うしかなかった。


「ぷぷぷっ、認知ってなに?あれがパパ。私がママってこと」


 のぁ~~!!さすがにここまで来ると気づく!

 この女、私を驚かせただけだったのかい。そういえば昔からこの手の微妙に笑えないラインのビックリドッキリを仕掛けるのが好きなたちの悪い女だった。まぁそこが嫌いではなかったのだが。


 でもでも、良かったなぁ!そういうことだったのか。ちゃんとパパがいたか。


「良かったなぁか……そういうところだよね。騙されたって怒るよりも、嘘だったことに安心してる」


 あっ、一部が声に出ていた。それを受けての彼女の反応がなんというか、大人っぽく落ち着いた物に見えた。


「ごめんね。黙って出ていったんだから、このくらい許してよね。じゃあね」


 彼女は父親と少年の元へ駆け寄って行った。

 3つの影が仲良く寄り添って私から遠ざかっていく。


 私はそれをしばらく眺めていた。

 そしてフフッっと笑い出してしまった。


 故郷の風の香りがする。そうだ、こういう香りだった。青春の香りもこれと同じものだった。心から懐かしさを感じた。

 着けるのを随分先送りにしていた青春の決着がついた後のこの香りが、今の私にはどうしようもなく心地良い物になった。

 甘く切なくなんだか物悲しい。でも、最後には心が暖かくなる。この極上の感覚は、しばらく生きた大人でこそ味わえるものだ。

 復活。別に死んだままでもよかったそれを覆すなんて事もたまには良い物だ。

 

 このことがあって私は前以上に「頑張ろう」と想えるようになった。 


 その後にはママンに会って心癒える休暇を楽しんだのだ。

 あとあの時には彼女の言葉でその気になって勘違いを起こしたが、今思い返せばあの子供は全然私に似ていなかった。本当に焦った時ならタワシだって我が子に見えるものだとはよく言ったものだ。それも一体誰が言っていた事か覚えていない。私の記憶力や判断力も案外いい加減なものだ。

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