第七話 長谷部高校の幼馴染男女三人組
長谷部高校には様々な境遇にある様々な人間達が日々集まってくる。皆成績優秀な生徒であることは共通しているが、それを除けばここの生徒達一人一人は実に違っていて面白いと言える。
ある日の放課後、屋上に男女三人の姿があった。一人はタケシ、また一人はノゾム、残る一人は可憐なヒロインのカナである。
三人は真剣な面持ちでいる。友人同士でただお気楽に過ごす放課後という雰囲気ではない。三人が見合ってしばらくの間沈黙が続いていた。そんな沈黙を打ち破ったのはノゾムだった。
「僕たち三人、これまで仲良し幼馴染トリオとしてやってきた。やって来たけど……これからもやって行きたいけど……しかしそれを壊してでもないと次のステップには進めない」
ノゾムの言葉にタケシは頷く。タケシは前もってノゾムの心の内を知っていた。カナはというと、まだ事の状態が飲み込めないでいる。
「タケシにはもう話した。カナちゃんにもはっきりさせておこう……」
カナは男子二人の顔を交互に見た。
先に感情を吐き出したのはタケシだった。「俺はカナが好きだ」
カナは心臓への不意打ちを食らって驚くばかり。一語も発することができず、ただ目を大きくしてタケシを見るばかりだった。
「そんで、こいつもそうだって」と言ってタケシはノゾムを指差した。
「おいタケシ、そこは僕に言わせろよ。というわけで、僕もカナちゃんが好きなんだ」
カナの心臓に第二の不意打ちが打ち込まれた。並の乙女なら正気を保てずにKOだろう。しかしこのカナという少女、心臓が剛毛だった。
「そんなの困るわ、いきなり……」
だろうな。そう思いながら男子二人はカナを見つめる。
「私達幼馴染でずっとやってきて、ずっと仲良くやってきたのに、そんなこと言われると……」
「カナ、急に言われて困るのは重々承知だよ。でも、ノゾムの気持ちも分かった以上、それを伏せてこれまで通りってわけには行かない」タケシは慎重に言葉を選んで話した。
恋敵同士が肩を並べ、その真ん中に愛した女を置く。いくら幼馴染でもそんな状態にあれば平静ではいられない。タケシもノゾムも友情を重んじる男であり、これまでの関係を壊すことなど望んではいない。友情だけで結ばる内ならなんてことはなかった。それが愛情へと変わってくると、諸々の理由からこれまで通りではいられなくなる。二人の男は、これまでの友好な関係を壊してでも、人として、恋する男として先に進むしかなかったのだ。
「二人が私を好きだなんて困るの、だって、だって……」カナは答えを持っている。しかしその先を言い淀んだ。
カナは唇を噛み締める。それから目を閉じ、考えを巡らせた。カナの中で次に取るアクションが決まった時、閉じた目はゆっくりと開かれた。
「よしっ!二人が覚悟を決めて話したんだから、私も全て打ち明ける!」
男子二人は何事かと思ってカナに注目した。
「私も二人が好き。好きなの……二人が、二人がカップルだってこと妄想して漫画を書くくらい!」
「は?」男子二人は共に同じ言葉を発した。
「カップル?僕らが?僕と、タケシが?」ノゾムは喋っている途中からも自分で言ってることが謎に思えてきた。
「そう、もうこうなったら……」
カナは学生カバンの口を開き、かなり書き込んだと思われるノートを取り出した。予想通り、そのノートにはカナの世界が書き込まれていた。
タケシとノゾムは二人してノートをパラパラめくって中身を確認した。
「むむ……カナちゃん、これはもしかして、いや、確信かな。BLってやつだね?」
タケシよりも女子文化に、もっと絞ると芸術に詳しいノゾムは全てを察して尋ねた。
「BL?え?それって男と男で……ってやつ?」
「タケシ、察しが悪いぞ。先にカナちゃんは答えを言った。そしてこのノートに書き込まれた漫画だ。本当に書き込んでるよね、上手だよ。で、メインで登場する二人の男子、見れば分かるだろ?これは僕とタケシだ」
「え?俺とノゾム?これが?だってこれ、めっちゃ手つないで、抱き合って、キスして、すごいことになってるぞ?」
「そうだよ。僕とタケシみたいな男子同士がこういうこと、またはもっと先のことをする関係を描く、それがBL、ボーイズラブだ」
ノゾムはパタンとノートを閉じた。
「ここに描かれていることがカナちゃんの理想、夢、求める美、そういうことだよね?」
カナは両手で顔を覆い隠し「キャ!言っちゃった!」とは言ってないものの、言わんばかりのリアクションを取った。
「え~」カナを見ながらタケシが一言漏らす。
別に死に瀕したわけではない。だが、タケシの頭の中では走馬灯のように子供の頃から本日までの三人の思い出が蘇った。コレは彼の恋から湯気が上がらなくなった合図でもあった。愛した女が望んだのは自分との未来ではなく、自分とノゾムが性別を越えて仲良くする世界だったのだ。
「なんだろう……怒り?驚き?ショック?どれもを経由しているような気がするけど、結果どれでもない謎の想いに達している……」タケシは複雑すぎて底が見えない心の内を明かした。
「はっ!」ここでタケシはカナへの質問を思いついた。
「いつからだ?カナ、いつからだ?」
「え?」カナは顔を覆う両手を下ろしてタケシを見た。
「いつから俺とノゾムでその……妄想してた?」
「ずっと……」カナは遠い目をした。カナには楽しく、タケシには全くそうではない時間を思い起こしてのアクションだった。「小学校の時三人でプールに行って、男子の二人が私よりも更衣室から出てくるのが遅った時なんかは、私を待たせている間に二人は更衣室で何をしてたんだろうとか。二人が中学の文化祭で男同士でロミオとジュリエットをやった時とかも……」
ノゾムはジュリエットを、タケシはロミオをそれぞれ経験したことがあった。
「中学の林間学校で三人で肝試しに行った時、暗闇で二人切りにしたら何か起こるかなって思って……私はわざと迷子になったフリをしたの」
「あ!あったねそれ。カナちゃんが夜の森でいなくなって心配したやつだよ。まぁ別にタケシとは何もならなかったけど」ノゾムは古の事件のネタバラシを受けて懐かしく語った。
これまでのしてきた妄想の内容を語るカナの目は輝いていた。その後も、パッとそんなにたくさんの事例が出てくるなと思う程、カナの口から妄想ネタ兼思い出話が漏れ出た。
これを受けてタケシが思ったことがこうである。「おいおい、ヤバいのが出てきたな。短編で終わるには勿体ない濃い設定じゃないか?」言いながらタケシはノゾムを見た。
「は?短編?」ノゾムは何のことだか分かっていなかった。
「で、どうするタケシ?」ノゾムはタケシに問う。
「どうするもこうするもねぇよ。これは終わりだよ」
タケシの恋は熱を失った。むしろ冷えている。
「カナちゃん」ノゾムはカナの顔を見た。「僕はカナちゃんが好きだよ。カナちゃんのこの趣味、いや性癖?だって否定しない。受け入れる」
「ノゾム君!」カナは喜びの声を上げた。
次にノゾムはタケシと向き合う。
「じゃあそういうことだタケシ、僕と付き合おう」
「は?」
今度はタケシが心臓への不意打ちを食らうことになった。
「キャー!キャー!二人、付き合っちゃうの!マジ、スゴ~イ!」カナは酷いテンションで騒いだ。
タケシの記憶の中でカナが最もはしゃいでいたのは、くじでPS4を当てた時だった。今のカナのはしゃぎようはそれどころではない。PS4よりも上の喜びを見た。
「どうした?僕たち二人が大好きなカナちゃんが最も幸せになる道は、僕たちがこの漫画のよう付き合うことだよ。愛した女の幸せを願って行動する、これが愛を知った男の取れる最善の道だろ?」
「お前、どうやらホンモノらしいな」何の本物なのか自分でも明らかではないが、タケシはその言葉を選んだ。
「え~やだ!ちょっとキスしてみてよ。あっ、手、握るくらいでもいいから!」カナはとんでもなくはしゃいでいる。
「うるせぇよバカ女!それからお前とは付き合わないからな!」
タケシが荒れ始めた。
「待てタケシ。僕とカナちゃんへの友愛が本物なら、僕の申し出を断ることは出来ないはずだぞ!」言いながらノゾムはタケシに詰め寄る。
「そうだっ、本当に私が好きならそうするべきだ!」と言ってカナも話に乗ってきた。
「ちょっと待て待て!」タケシは迫りくる二人を一旦退かせた。距離が近い。
「はぁ~。お前達のことは好きだよ。お前が男同士がくっ付くアブノーマルな世界観を持っていても」と言ってタケシはカナを見た。
「そんでお前がそんなアブノーマルなヤツに寄り添うことで、俺にアブノーマルなアプローチをしかけるとしても」と言って次にタケシが見たのはノゾムだった。
「ノゾムは良いやつだ。優しいし、格好良い。お前みたいに良い相棒はいない。カナも優しくて可愛い、いいヤツだと思ってる……腐女子だけど」
「タケシ…」
「タケシ君…」
友人二人は目を潤ませてタケシを見つめた。
「でもなカナ、お前のその趣味というか性癖は受け入れられ……いや、受け入れない」言っている途中でタケシはあえてよりキツイ否定の表現を選んだ。
「だから、お前の告白も受けない」と言ってタケシはノゾムを振った。
「じゃあ幼馴染の友情はどうするのさ?」
「そうよそうよ。どうするのよ」
二人は再度タケシに迫る。
「分かった分かった。カナの望む関係は絶対にない。こうなったら徹してなぁなぁの関係で行く。これまで通りだ。お前達が結構ヤバいってことはわかったが、俺達は向こう三件隣り合ったご近所さんだからこれまで通りやろう。今日のカナの告白と、それを受けてのノゾムの奇行は……忘れたいけどインパクトが強いな。覚えた上で気にしない体で行こう」
「え~!もうちょっとだったのに~。これでもっと漫画が捗るって思ったのに~!」カナは膨れっ面で言った。
「ふざけんな。こうなったら今後のノゾムとの関わり方も考えないと。距離を置かないとカナの妄想の餌食じゃないか」
「僕は気にしないよ。カナちゃんが何を考えても自由だよ。これまでの距離感で行こうじゃないか」ノゾムはタケシの予想以上におおらかだった。
「あ~もう。帰る!今日は帰って寝てやる」タケシは鞄を手にとって屋上を後にした。
「あっ、待ってよ」
残った二人もタケシを追いった。その日は三人で帰った。
互いに心の内を全てさらけ出しておかしなことになったが、それでも三人はその後も変わらず仲良しだったという。